第2話

ほとんどの観客が駐車場へ向かい、フロアがオレとマイクだけになっても、オレはまだ泣いていた。


オロオロしながら隣にいたマイクが、さすがに痺れを切らし


「え…オマエ泣きすぎじゃね?大丈夫かよ…」


と声をかけてくる。




「…この事誰かに話したらっ(ヒック)コロすからなっ(ヒック)。」しゃくりあげながらマイクを脅す。


「いや、言わねーよ。言わねーけどw、マジでどうしたの?そんなに感動した?」


「エイリアン…」


「は?」


「最後の曲で、あいつらエイリアンにしか見えなくなったんだよ!!」


「…は?」


しばらく無言になったあと、「なにそれ〜!」と爆笑するマイク。




「笑うなよ!!」言ったあと、どれだけ自分がバカに見えているかに初めて考えが及び、死にたくなった。


何もかも!何もかも!どうせオレの人生なんてクソだっ!!


怒りがMAXになり、涙も枯れ果てた頃、


「もう帰ってね、時間だからね〜。」とセキュリティスタッフが追い出しに来た。


ゴツいジェイクくらいの年のヤツ。




勝てそうもないから、オレは大人しくマイクを無視して出口へ向かう。


「ホントにどうしたんだよ!話してみろよ!」と後ろからマイクが駆け寄る。


知るかざまあみろ。


そうして、オレに追いすがるのがお似合いだ。


4時間も運転したのはオレなんだからな!




出口を抜けた所で、突然声をかけられる。


「ちょっと待って君たち。」


振り返るとヒョロリとした、ムンクの叫びに肩までのヅラを被せたみたいな男が、声をかけてきた。


キモっ!


10代の男子を狙う変態もいる。


オレはもう18だけど、10代には違いない。




オレは無視して、フーディーの裾でケツ周りをさり気なくカバーしながら早足で車に向かう。


「待って、Neon disguise(ネオンディスガイズ)のメンバーに会いたくない?」


「え…?」


こうやって拉致ってヤル手口か…と思いながら、1%のまさかって気持ちに逆らえず、つい歩みを止めてしまう。


「ネオンディスガイズの…?」と言ったつもりだが、泣き腫らした鼻声のせいで「ネホンテスカイズの?」に聞こえる。


自分が嫌になる。


「そうよ〜、ほら、私スタッフ。」としなやかな手つきで、首から下げているIDを見せる。


 


…こんな物、幾らでも偽造できるだろ。オレだって偽造IDで今日ビール買えたん…


「マジっすか!!会いたいっす!!」


とマイクがキラキラした目で即答する。




コイツは昔からそうだ。なのにオレより女にモテる。


思慮深いオレの方がモテるべきじゃないか?




「ホントですか?なんでオレたちに?」クールに聞いたつもりが、泣き腫らしたせいで情けない鼻声しか出ない。


悔しい。




「あなた号泣してたでしょ〜?ステージからでも良く見えたわよ。そんなに感動してくれるファン、中々居ないからメンバーに会わせてみたいなって。でも帰りの都合もあるだろうから、大丈夫だったらで。」


「大丈夫っす!」とマイク。


あぁマイク…オマエは運転しないから大丈夫だろうよ。


「そ、じゃ着いてきて!」とムンク野郎はオレの返事も待たずにさっさと歩き出す。




「すっげーラッキーだな!オマエが号泣してて良かったよ〜!」と無邪気に肩に軽くタックルしてくる。


バカにされた気がして、マイクが嫌いになった。


駐車場に戻ったら置いて帰ってやろうか…。




撤収作業に忙しい舞台やら音響やらの沢山のスタッフを横目に、細長い廊下を通り、幾つかあるスタッフルームの前に来た。


ドアに「ネオンディスガイズ」と書いた紙が絶妙に斜めにテープで止められている。


これ貼ったヤツは、平衡感覚とかないのか。




コンコンとノックしたあと、返事も待たずにムンク野郎はガチャリとドアを開ける。


「連れてきたわよ〜!思ったより若いわ!」


マイクにイラついて忘れかけてたけど、そうだコイツらエイリアンに見えるんだった。




ライブの時と違って、各々カウチに腰掛けたり、鏡張りの壁の前のデスクに腰掛けたり、テーブルに足を乗せたりしてリラックスしている…ように見える。


そしてまだ全員エイリアンに見える。


…心の底からキモい。1ミリもカッコよくない。




「うぉー!信じらんねぇ!マジで?!マジで?!人生最高の日っすよ!!」とはしゃぐマイク。


一方、オレはドア口で固まっていた。




「緊張してるの〜?w いいから入っちゃって!」とムンクに背中を押され、「じゃね〜!」と後ろ手にドアを閉められる。




オレは目を閉じ、これは幻覚だ…これは幻覚だ…と自分に言い聞かせる。


「コイツ、さっきから、バンドメンバー全員がエイリアンに見えるぅ〜!とか言ってんすよ〜、だろ?!」


だろ?!じゃねぇ。


本当に見えるんだ。




「エイリアンってどんな?」ボーカルのジェイコブが…ジェイコブだったはずのエイリアンが、タダでさえゴルフボールみたくデカい目を見開いて聞いてくる。




「あ…いや…酒飲んだんで、なんかバーで薬とか入れられたのかも…。皆全員、なんか緑色の…キモめのエイリアンに見えるんすよ…。」クソ…まだ鼻声すぎでカッコ悪い。いやそんな場合じゃないか。まずこのエイリアン事情どうにかしたい。




「キモめの…緑?」ギタリストのネルソンだったはずのヤツが、そう繰り返して、メンバーを見回す。


「…もしかして、目とかデカく見えてる?」ドラムのトムがデカい口を更に耳までガバッと開いて聞く。


「あ、ハイ、そうっすね。口もなんかデカく見えてて…」

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