おちる
ヒグチケイ
おちる
気づいたら、わたしは落ちていた。
目の前はとても暗くて、背中からすごい風を受けていた。何も着てなくて、何があったのかも分からない。でも、今わたしは落ちていて、きっとこのまま死ぬんだろうなってことだけは分かった。
ずっと黒い空を見ているうちに、下には何があるのか知りたくなって体をひねった。でも、体勢が全然落ち着かなかった。風にあそばれてあっちを向いたり、こっちを向いたり。黒い空と白い雲が代わりばんこに見えた。
腕と脚をうんと伸ばすと、ようやく下を向いていられるようになった。風が強くて、目を開けていられない。上を向いてたほうがずっと楽だ。だけど、それじゃあ黒い空しか見えない。わたしは頑張って目を開けて、涙をあふれさせながら下を見ていた。
そのうちに、目を開けていられるようになった。白い雲の先には青い海が透けて見えて、雲の切れ間からは緑の大地もちょっとだけ見えた。あそこはどこなんだろうなって考えたら、急に楽しくなってきた。きっとわたしが行ったことのない場所だって思ったら、行ってみたいって素直に思えた。わたしはそこにぐんぐんと近づいてるんだ。
雲の中に入っちゃった。遠くから見たときはふわふわしていて柔らかそうだったのに、中は寒くて、不気味なほどに白だった。何もかもが白くて、どっちを向いてるのかも分からない。わたしはただ落ちるだけだった。
ようやく雲を抜けると、色にあふれた世界が迎えてくれた。なんだかすごくほっとした。広い海は五万色の青で、大地は十万色の緑だった。体の制御もだいぶ慣れてきて、動きたい方向に動く事もできるようになっていた。でも、今思えば体が暴れちゃってたときも、それはそれで楽しかったなって思う。
下にはまだいくつも雲があった。薄い雲も、厚い雲も。全部を避けることは難しそう。なるべく薄いところを目指して落ちたけど、それでもどうしても避けられない厚い雲もあった。何度通っても真っ白な世界には慣れなくて、どうしようもない不安でいっぱいだったけど、それでもいつかは抜けられた。そしたらまたカラフルな世界が見えた。
だんだん地上のディテールが見えるようになってきた。緑だった場所にはいくつもの茶色い場所があって、時々きらきらと光っていた。
あぶない! 飛行機だ! もー、危ないな。でも向こうが避けるのは難しいか。それにしても、飛んでる飛行機を上から見たのって初めて。落ちてみるものだ。
そろそろ地上も近いんだろうな。そう考えたら、なんだかドキドキしてきた。地面に落ちちゃったら片付ける人が大変かも。誰かに当たっちゃったら寝覚めがわるいし、今のうちに海の方に移動しておこう。
他に何かやることは無いかな。ああ、もっと上にいる時にしっかり下を見ておけば、もっと面白そうなところを探せたのにな。暗くなってる方も見てみたかったかも。でも、ここを通ったから飛行機を見られたんだし、楽しかったよね。
さてと。いよいよクライマックスだ。ここまで来るともう落下のベテランだ。頭を下にして、一気に行っちゃえ。
なんだか地球を見上げているみたいだ。両手を掲げると、その手に大きな地球が乗ってる。なんだ、結構可愛いじゃん。地球。わたしをこんなに引き寄せて。そんなに会いたかったのかい。
やっほー! ただいま! わたしが遠くに行ってて寂しかったか! 帰ってきたよー!
おちる ヒグチケイ @higuchinovel
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