第4話 初めての勝利
ならば、仕留めるだけだった。
下がる動きを今度は追わず、代わりに手首を回転させ、兄の木剣を巻き取るように跳ね上げた。力はいらない。拍子を合わせ、適切に力を加えればあとは絡み合った木剣自体の剛性が仕事をしてくれる。
高々と宙を舞う兄の木剣。呆然とその光景を見上げる兄。
皆の目が回転しながら飛んでいく木剣を追っている間にも、自分は止まることなく動き続けていた。
遠間での踏み込み、剣を弾き飛ばした体勢からそのまま打ち込みに移行する。ようやく兄がこちらに視線を戻した。いまや無手となり、自身が完全に無防備であることに気づいたのか、あからさまに怖気をふるい両手で頭を庇う。
最後まで、読み易い相手だった。
剣を振り下ろす動きはそのままに、わずかに手首を返す。ほんの少し手元に変化を加えただけで、切っ先の軌道は大きく湾曲する。無様に掲げられた兄の腕を迂回する形で、がら空きになった脇腹に胴払いを叩き込んだ。
くぁ、と苦鳴らしきものを漏らし、兄がその場に膝をつく。体をくの字に折り曲げ、額を地面にこすりつけながら必死でわき腹を抱え込む。首筋に脂汗を浮かべながら腹の奥まで打ち込まれた痛みに耐える姿は、初めてちゃんばら遊びに参加した日の自分の再現だ。
「「切られ役」が立ち上がってきても構わないぞ」
周りの皆は言葉もないようだった。子供たちのリーダーだった少年が、精々半分の上背しかない弟にあっさり敗れた。十数える間もなく決着した決闘の顛末に、息をするのも忘れたように自分と、倒れた兄の姿を注視する。
周囲の視線を無視して地面に転がった兄の木剣に歩み寄った。自分のものよりいくらか長いそれを拾い上げ、ようやく顔を上げてこちらを見た兄の目の前に突き立てる。
「……僕は何度でも、相手になってやる」
倒れた兄を見下ろして告げる。気に入らないのならぶちのめせばいい。諦められないのなら何度でも立ち上がればいい。そして最後に勝ったほうが正しい。
兄だろうが弟だろうが、女だろうが老人だろうが関係ない。皆が手にしたそれは、剣とはそうしたもののはずだと、その頃の自分は本気でそう信じていた。
さあ立て。
剣を拾え。
もっとやろう。
自分の考えが伝わったのか、兄の顔色が変わった。
顔に怯えの色を浮かべた兄はこちらに背を向け、ふらふらと立ち上がるとそのまま歩きだす。
強く口を噤んだまま、覚束ない足取りで歩く一の兄の肩を、駆け寄った二の兄がそっと支える。そのまま振り返ることもなく歩き去る二人の姿を、皆が無言のまま見送った。
三の兄がいつもの不機嫌な顔で周囲を見回し、ふんと鼻を鳴らした後数人の少年に何事か伝えると、こちらを見もせずに兄たちの後を追った。
やがて残った子供たちもばらばらと散っていき、最後に残ったのは自分だけになった。
皆がいなくなった後、自分は兄が拾いもせずに帰った剣を、寂しそうなそれを引き抜くと、自分の剣と一緒に担いで家に帰ったのだった。
家に帰るやいなや父親に殴られ、飯を抜かれて外で寝ろと言われたが、そんなことは気にもならなかった。軒下に座り込み、土壁に体をこすりつけるようにして寒風を凌ぎながらも、胸に抱えた剣を握りしめるだけで、自分は正しいという確信と勝利者であるという誇りが腹の底から湧いて胸を満たした。
そのまま眠りもせずに空が白むのを眺めていた。名も知らぬ星々の煌めきを数えながら、誰に誓うでもなく決めた。
己の生き方を──剣を極め、最強の騎士になることを。
次の日から、ちゃんばら遊びに自分の役はなくなった。一の兄はこちらに目を向けようともせず、家でもまるで自分がいないかのように無視するようになった。
三の兄はいつも通りの仏頂面で黙り込み、二の兄はしきりに自分から一の兄に詫びをいれるように勧めてきたが、正直もう遊びのことも兄のこともどうでもよかった。
それ以降、自分は子供たちの輪の中に入ろうとはせず、たった一人で剣を振り続けることになる。
そんな日々が続いたある日、自分はあいつに出会ったのである。
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