第15話「ウィンナーは焼くか煮るか」
王都の外れに、小さなパン屋がある。
店の名前は《コクーン・ベーカリー》。ふわふわの食パンと、ウィンナーロールで評判の、若い兄妹が切り盛りする店だ。
兄のカイルは、皮がパリッと割れるほど炙ったウィンナーが好み。
一方、妹のティナは、しっかりと茹でて皮が張り詰め、ぷりぷりとした食感を愛してやまない。
「兄さんの焼き方、どうしても焦げくさくてイヤなのよねぇ」
「いやいや、あの香ばしさが旨みを引き立てるんだよ。ティナのは水っぽいんだよなぁ」
こんな風に日々やり合いながらも、二人は仲が良く、パン作りでも互いの得意を補い合っていた。
ある日、常連の商人からとある噂がもたらされた。
「王都の外れに、恐ろしいほど美味いウィンナーを使った、ダークエルフがやってる店があるらしい。そこのパンに挟んでトマトソースかけただけの“ホットドッグ”が、魔法のように美味いって話だ。だが、月に一度のみで、どこかの金曜日らしいんだ。」
その名を聞いたとき、兄妹の目が輝いた。
「陽だまり……? どこそれ?」
数日後、ちょうどその金曜日だと別の商人を問い詰めて、突き止めた二人はパン屋を午前中だけ閉め、こっそりとその《陽だまり》を訪れた。
「いらっしゃいませー、あれ? 初めてのお顔だね?」
店主の明るい声に、カイルとティナは一瞬たじろぐも、すぐに小さく会釈した。噂通りのダークエルフ。そして給仕はおそらく魔族のハーフだ。だが客たちはみな思い思いに笑顔でパン系の朝食を取っている。安全だろう。
「……あの、噂で“ホットドッグ”が美味しいって聞いて」
「はいはい、あるよー。」
「炙りと茹で、どっちがいい?デスカ」
「炙りで」
「茹ででお願いします!」
声が重なり、顔を見合わせた兄妹。店主はクスリと笑って、厨房へ向かって行った。
「あっ、炙りは皮が破れるほどにっ!」
しばらく席で待っていると、それぞれに好みに応じたホットドッグが給仕によって差し出された。
「出来立てでどちらも熱いから気をつけろください」
「いただきます」
――ジュワッ。
炙りのほうは皮が少し破け、香ばしい脂がパンにしみている。
茹でのほうはつるりとした美しい曲線、噛めば熱で張り詰めた皮がぷちんと割れて、肉汁が口に溢れながらも、香りが立ちのぼった。
「……うまっ!」
「なにこれ、うまっ!!」
兄と妹は同時に目を見開いた。
焼き加減、茹で加減。どちらも理想を遥かに超えていた。
パンとの相性も絶妙で、もちっとした生地がウィンナーの存在感を優しく包み込んでいる。
そして何より、シンプルなトマトソースだけの味付けが美味しい。
「このウィンナー……どこの?」
カイルが思わず聞くと、店主は笑いながら首を振った。
「企業秘密ってやつだよーん」
言葉に含みがあって、カイルとティナは互いに顔を見合わせる。給仕も自然と目を逸らして別のテーブルに呼ばれて行ってしまった。
(噂に聞く、秘匿されたダークエルフの里で作られているな。)
このウィンナーを手に入れれば、店の売りはさらに伸びるかもしれない――そう思ったのに。
「……もう一個、食べていい?」
「私も……茹でをもう一個」
二人の口は、そんな言葉しか出てこなかった。
「あっ、マスタードってスパイスのソースかけると更に美味いんだけどどうす」
「かけてください!」
「かけてちょうだい!」
数日後、店に戻って試作を重ねたが、陽だまりの味には遠く及ばない。
それでも、あの味に触れたことで、二人のパン作りへの情熱は強くなっていた。
「兄さん、私も炙り、少しだけ好きになったかも」
「茹でも……悪くなかったよ。パリパリじゃない旨さってのも、あるんだな」
コクーン・ベーカリーには、今日もウィンナーロールが焼き上がる。
二人のこだわりが詰まった、炙りと茹でのハーフ&ハーフは、常連客に好評だ。
そして二人は、ウィンナーだけでなくトマトソースとマスタードの研究にも力を入れ始めた。
月に一度、こっそりと陽だまりの扉をくぐる研究熱心な兄妹の姿が、いつまでも見られるのだった。
いつか究極のウィンナーに辿り着くために。
閉店
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