黒ギャルなあたしが異世界で朝食屋やるってマジ?

風来坊セブン

第1話「オムレツって意外とコツがいるし」

 日が登って森を照らしたと同時。あたしの一日は始まる。

 だいたい朝6時くらいってところ。店の鍵を内側から開けると、開店前から並んでいた5〜6人が我先にと席に着く。その中で、メニュー表も見ずに、一目散に注文を叫ぶばあちゃんがいる。


「ダークエルフ!オムレツ!ライス大盛りでケチャップぎっとり!バターは無しだ!一番でおくれよ!」


 私は卵を割りながら、「言われなくてもリンダばあちゃんのはもう作り始めてるから大人しくしてろ!つーかダークエルフじゃねえって何度も言わせんなし」と返す。これはほぼ毎日繰り返す問答。周りの客はもう気にも留めない。


 彼女は魔法使い学校の教師だったというリンダばあちゃん。ほぼ必ず毎朝一番に来て、オムレツを二つ食べていく。


 あたしは、ぼやきながらも卵二つを丁寧に溶き、砂糖と少しの塩、そして野菜粉末をひとつまみ。そして熱したフライパンを一度濡れたタオルに押し付け冷やす。そしてまた熱している間に油を敷いて、卵を流す。すぐに焼けてくるから、箸で全体に丸を描くように崩して、フライパンを持ち上げてトントンと手元を叩きながら側面の反りを利用して楕円形に整える。

 こうすると中は柔らかい、ふんわりしたオムレツができる。


 なんて準備をしている間に、

「私はプレーントースト3枚とハニーとバター。コーヒーのセット」と静かに頼む窓際のエルフの少女や

「味噌おにぎりと焼き味噌おにぎりと味噌スープを!」と豪快に叫ぶトレジャーハンターや

「僕はやっぱり目玉焼き定食かな」と目の下に酷い隈の若い女の医者。

 そして「ワシはナットー定食!」とドワーフのおっさんが、床に届かない足をバタバタとして呼びかけてくる間にも、またお客が来店する。


「くっそ。マジでバイト雇わねえとキツイぞこれ〜。」


『いきなり』:宮城訛りで"とてつもなく"という意味と、"突然"という二つの使用方法がある。今回は前者。


 あたしの店に来るやつらは基本、朝は決まった物しか食べないやつが多いから手際よく順番に作っていけばなんとかなる。なんとかなるけど、ほぼノンストップで調理だから頭も目も腕も疲れるっつうわけ。


「はい、オムレツのライスセットね!ケチャップはもう好きにかけろよな。」


「ほほー!これこれ!これが毎朝の楽しみでな。」


 魔法使いのリンダは口から出そうになるよだれを飲み込み、ケチャップを開けた。ツヤツヤと黄金に輝く焦げのないオムレツに、爽やかな酸っぱさとほのかな甘みのケチャップをかけていく。


「ダークエルフ!いつものおかわり作っておきなよ!さてさて、まずはこのオムレツの端っこから…」


 スプーンでケチャップのかかっていないオムレツの端っこを掬い取る。ここは火がよく通っていて、固め。それをライスと合わせて口に頬張った。


「ん〜、うまい。シュガーとソルトだけでなく野菜のブイヨンが入ってるってのが、妙にライスに合うからいじらしい。」


 次にリンダはケチャップが多くかけられた真ん中を大きめに掬った。


「これをライスに乗せて…ふむ。うまいっ!」


 口の中にケチャップの酸味と、その後にオムレツの柔らかい食感とあまじょっぱい旨み。ライスを噛むことで、シュガーとは違うほのかな甘みが口いっぱいに広がるのだった。


「はい、味付けなしのオムレツ置いてくね!」


 リンダばあちゃんは必ずオムレツを二つ食べるけど、なぜかおかわりは味付けなしを注文してくる。そして大好きだというケチャップもかけない。


「手間、かけさせたね。」


 リンダは優しく微笑みながら味付けなしのオムレツを頬張った。


(懐かしい味だねぇ。)


 リンダは貧困に悩まされる時代に生まれていた。家庭は裕福でなく、苦しかった。しかしそんな生活の中でも唯一の楽しみがあった。


 それは週末には出稼ぎで遠出している父が帰ってきて、必ずお土産に卵をたくさん買ってきてくれるのだった。それを母が味付けなしのオムレツにしてくれて、家族で一緒に食べる。そんな小さな幸せが嬉しかった。


 そしてリンダは、とあるきっかけから魔法使いとしての才能を見出され、その道を教鞭を取るほどの立場まで突き進んできたのだった。


「人生あと数十年。これがいつまで食べられるか分からないけれど、あの世にオムレツを持っていく魔法でも研究してみるかね…ふふ。」


 せかせかと忙しそうに働く絵留の背中に、幼き日に見た亡き母の面影が重なっていた。


「どれどれ、孫達に魔法を教えに行かなければ。ダークエルフ!代金はテーブルに置いていくからね!」


「はーい…ってリンダばあちゃん!いつも多いんだって!?」


「歳取ると銭勘定が面倒なんだ!それにあの世に銭は持って行けん!余ってるなら卵の仕入れに使っておくれな。……今日も美味かったよ。」


 いつもうるさいくせに。ふいに見せる優しい顔が、あたしは嫌いじゃなかった。


「っ…ど、どーもありあとーっした。」


「ありがとうございましただろうがい!」


「んだよもう!?はやぐ帰れこの!」


 こんなやりとりをしながら、朝の忙しい時間は過ぎていく。一人でやっているから、めっちゃしんどい。だから客が途切れる3時間後くらいにはもう閉店なわけよ。そしてあたしはまた明日のために材料を買いに行く。


 だから、うちは朝食屋なわけ。さて、明日もきっとうるさい客が来てくれる。


 ってことで、今日は閉店。

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