第04話 篠宮 啓介-しのみや けいすけ-

教師たちが、机を囲んでいる。 


「どう対応すればいいのか」という話し合いが、「正しい答え探し」のように続いていた。


「……ご家族の意向もあり、詳しいことは公表できないが、SNSでのデマ拡散は、防ぐべきです。」


「マスコミには慎重に対応しないと、学校の評判にも影響が出る。」


「生徒たちのメンタルケアも考えなければ……」


――今さらメンタルケア?

生きている時には、そんなこと気にもしてなかったくせに。


「慎重な対応」を行う為の会議は続く。


「霧野さんのご両親は、仕事が忙しくて不在が多かったようです。、特に、ここ一週間ほど家にいなかったとか。思春期の子どもにとって、家庭環境の影響は大きいでしょうね。」


「……いじめの可能性については?」


一瞬、空気が凍った。

みんなが黙る。


誰もが自分の資料に視線を落とし、決して主担任の篠宮と目を合わせようとしない。


――誰かが、わざとらしく咳払いをした。



「現時点では、遺書なども見つかっておらず、そういった事実は確認されていません。」


「でも、SNSではいじめの話が出ていますよ。」


「だからこそ、生徒たちが変に不安を煽られないよう、事実をしっかり管理する必要があります。」


――管理?事実?

どうでもよかったんでしょ?


「担任の篠宮さんがただ把握していなかっただけでは?」


篠宮の表情が硬くなる。

「いじめがあったとは聞いていません。」


すると、校長が静かに言った。


「そのとおりだ。この学校にいじめは、起きてはいない。確認されていない以上、なかったということだ。優秀な君がいじめを見落とすはずがないだろう? なあ、篠宮君。」


「いじめがあったかもしれない」と認めると、学校の責任問題になる。だから、「確認されていません」って言葉で蓋をする。


「彼女から相談を受けたこともなく、他の生徒からも、そのような話は聞いていません。」


篠宮の声は、どこか硬い。


校長は満足そうに頷く。

「そう、話してくれなければ、我々はわからないんだよ。それこそ、今の若い子は、我々の目が届かぬ所、スマートフォンで話をするんだろう。対応がしようがないじゃないか。」



――それで終わり。

そうやって、何事もなかったようにするんでしょ?


教師たちは、次の対応を決めるために話し続ける。

誰も、篠宮を見ていなかった。まるで、彼の問いすら、この場に存在しなかったかのように。


教師たちの顔を、私は眺める。

みんな、一応、深刻そうな顔をしている。

でも、その目は、どこか「決まりきった問題を処理する」ような冷たさを帯びている。


――全ては、「学校を守るため」の会議だ。


私は、ふっと笑う。

例え、この人たちが、どんなに「心を痛めたふり」をしても、もう届くことはない。



篠宮の前に立ち、そっと囁く。


――ねえ、あの時、相談していたこと。

もしかして、もう覚えていないのかな?

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