第9話 片割れはどこへ
「なんだかよくわからないな、本当に」
連れて来られて、一方的に話を聞かされて今僕は帰路についている。なぜか使用人達が急に入ってきて、僕を部屋から追い出した。こうも変な扱いを受けると、流石にいい気分のまま出ることはできない。
しかし、冷静に考えると、美由紀の言っていた事と叢雨の言っていた内容は、なんだか切れない関係にある気がしてならない。考えながらエリアを抜けて、自室に戻ろうとしたところでふと思い出した。
「ギア、壊れかけたままじゃん」
美由紀との戦いで勝ったはいいものの、液状になるまで損傷を受けてしまったら、次に展開をした時にはいつものように戻らない。つまり、何か起きた時のためにも早急に修理をしなければならない。となれば行く場所は一つだ。
今は夕方の四時手前、あの二人は寝ているかそろそろ起き出す時間だ。僕は急いで開発学科の棟へと向かった。
「なんであたしも一緒なんだよ。一人で行けばいいだろ」
「僕は美由紀のギアを壊してるからさ。ちょうどいいじゃん、旧友に会いがてらギアも直してもらおうよ」
「……さっきは悪かった、変なこと言って」
「頭の中でずっとぐるぐるしてるよ。叢雨はもっと変なこと言ってたから、もう何が何だかわからないのが正直なところ」
開発棟は僕たちの顔を見ると一様に道を開けてくれる。ただ、彼らの顔からは尊敬や羨望というよりは、忌避や不干渉みたいな様子が見て取れる。要は関わりたくないのだ、僕らとは。
階段を登って最上階の六階の一部屋についた。開発学科は成績が優秀な生徒に、自室とは別で最上階に研究部屋を与える。そして、この場所は僕は本当によく覚えている。ノックもせずにドアを開けると、気怠そうに椅子に座って両足を机に乗せたまま、棒付きの飴を三個も口に含んでいる男がいた。
長い白髪を一本にまとめて細い小さめな丸眼鏡をしている、病的に色白で細いその男はこちらを見ると、口に含んでいた飴を全てゴミ箱に捨てて、妙な笑みを浮かべる。
「帰ってきたとは聞いてたけど、マジだとは思わねえじゃん。よお、亡霊」
「ごめん、恥ずかしながら帰ってきちゃった。久しぶり、串木野(くしきの)」
「なんだ? 美由紀がお守りか。第八にもなったのに苦労が絶えないね、お前」
「あたしも用があってここに来たんだ。こいつにギアを壊された、修理して欲しい」
串木野は立ち上がってこちらにくると、何も言わず手を差し出す。美由紀は自分のギアを渡すと、彼はそれを色々な角度から見てため息をついた。
「えらい派手に破壊されてるな。一週間はかかる」
「隣のバカにやられたんだ。あたしもかなり破壊してやったけどな」
「まさかお前もギア壊れてるから直してってか?」
「そうだね、できれば腕のメンテナンスもお願いしたいけど」
「欲張りだねえ、まあデータ収集に大いに貢献してもらった事実はあるからな、やってやるよ」
僕はギアを取り出して彼に向かって放り投げた。彼はそれを片手で掴むと、ちょっとだけ見てゴミ箱へ投げてしまった。金属同士が派手にぶつかる音が部屋に響く。
「ちょっと、僕は修理して欲しいんだけど」
「あんなゴミ修理するわけねえだろ。伊賀咲(いがさき)じゃあるまいし」
串木野はそう言って美由紀のギアを作業台に置き、色々と準備を始めた。僕が彼の手を掴むと、不服そうな表情でこちらを睨んでくる。持っていた工具を落として僕の手を振り払うと、椅子に雑に座って棒付きの飴を乱雑に自分の口へ放り込んだ。
「あれは僕の大事なギアだ。扱いがひどすぎないか? それに、今までそんな乱雑にギアを扱ったことはなかったはずだ。流石に今の態度は僕も怒るぞ」
「うるせえな。こっちはわざわざ義手まで作ってやったんだぞ、なんの見返りもないのに。それにいきなり帰ってきて昔の関係を出されてもね。お前は仮にも新入生だ、そう易々と来られたら困るんだよ」
「……この学園に起きてる何かのせいで、串木野はそんな風になってるのか?」
彼は少し反応したが僕を見る目は変わらない。そして、飴を追加で口に運んだ。この所作をした時は、決まって僕と戦うという意思表明の合図だ。
「知ったかぶりすんじゃねえよ。お前に話すことなんて何もない。美由紀のギアだけは治してやる。お前のは知らねえ、腕もどうでもいい。さっさと出てけ」
「……なんだよ急に」
「喧嘩ふっかけたのはお前だ。出てけって言ってんだろ!」
僕はそれ以上は何も言わず、彼の部屋を後にした。少し遅れて美由紀が来たけど、どうしても僕は話す気にはなれなかった。彼女もそれを察したのか、何も言わずに開発棟を出るまで黙って僕の隣を歩いてくれていた。
「今日は色々あったな、本当に色々あった」
「だね」
「せっかくだから、伊賀咲にも会っておきたかったな。まあ、あの様子じゃしばらく会わせてもらえないだろうけど」
「伊賀咲はさ、いなくなったんだ」
「……どういうこと?」
伊賀咲佳美(いがさきよしみ)、串木野と共にギアの開発学科に入学して、ギアの開発において凄まじい業績を叩き出した正真正銘の天才。彼女はメタの流動性や、装備の数を飛躍的に伸ばして近代の戦闘を大きく変えた。そこに串木野の天才的なギアとメタの回路設計等も相まって、二人はコンビとして広く知られている。
そんな二人はいつも一緒にいて、ケンカなどはよくしていたがそれでも離れてどこかに居るというのは見たことがなかった。だから、とてもじゃないがいなくなったという話は信じられない。
「突然姿を消したの。晶が居なくなって、二ヶ月くらいした時かな」
「でも、ここは孤島だし本土とのやり取りは陸路がない。食料品なんかの運搬は全部空と海だけ。だから、どうやっても学園内を出ることは不可能だ。いなくなるなんてあり得ない」
「だけど本当にいなくなったの。どれだけ探してもいないし、伊賀咲の端末は部屋においてあったまま。完全に連絡をする手段もない。だから、神隠しだなんて言われてるけど、それから串木野はギアの開発を一切しなくなったし、私たちにも悪態をつくようになった」
自分の半身のような関係だった人間がいなくなるというのは、相当な苦痛だろう。想像しかできないが、そういう背景があればあの態度は納得ができる。だが、純粋に疑問に思うことが増えた。
「……僕がいない間に一体何が起きてるんだ」
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