第8話 顔合わせと理由
「やっぱり異常だよね、一人一棟の高層マンションがもらえるってさ」
「そうだね、住み込みで何百人も私たちのために働いてるんだからね。そりゃ外に出たら噛み合わないわけだよ。あとで私の家も案内する」
「……凛もここに?」
「あれ、言ってなかったっけ? 私、第三なんだ」
彼女はさらりとそう言って、まっすぐに前を見て歩き始める。彼女がここに住んでいるというのは嘘ではないようだ。大体の人間はこの異様な光景を見て、あちこちを見渡しながら足を止める。だけど、ここを住処としている人間は彼女のように、いつもの日常のようにしている。
「第三か、結構強いんだね。ちなみに学年は?」
「ん? 今は二年になったところかな、晶は三年だっけ?」
「二年でそれって相当強いんだね」
「いや、他が弱いだけだよ。別段私は自分のこと強いって思わないし」
ずいぶんな物言いではあるが、こういう天才肌は今までに何度も会ってきた。もちろん、その後は僕にやられたり別の人にやられたり、はたまたそのまま上位で卒業したりと色々ではあるが、こんなことを何も悪気がないのという様子で言うのが、余計に反感を買う。
すれ違った生徒たちが目を合わせないようにしてたのは、精一杯の天才に対しての反抗だったのかもしれない。僕もそんなことをやられた記憶はないことはない。嫌なやつだった。今もそうかもしれないが。
「そういえば晶は第零になったことがあるんでしょ?」
「……あんまりしたくないけどね、その話」
「戻ってきたから? 大丈夫だよ、人生一度や二度は大きな失敗はするものだし」
「ずいぶんと達観してるね、後輩かどうかも怪しいところだ」
「人生経験が違うから」
彼女についていくうちに、このエリアの終着点とも呼べる場所へ辿り着いた。第零になった人間のみ住むことを許される、大型商業施設と同じくらいの敷地内に、巨大な平屋の家が一軒のみ立っているという何とも奇天烈な空間。
一回だけ入ったことはあるが、どこに行くにも遠すぎて外出すら億劫になってしまいそうだった。とはいえ、この敷地で学園内の方向性等が決められる重要な会議も行われるため、まあまあ人の出入りは多く退屈はしなかった記憶はある。
「さて、着いたよ」
「言われなくてもわかるよ」
巨大な寺院を思わせる巨大な門。周りは全て塀で覆われており、こんなにも閉鎖的だったか、と自分の記憶を少し疑いたくなった。もう少し開放的な気がしていたが、思った以上に実物は冷たく無機質だった。
飾り程度についているインターホンに手を伸ばした瞬間、重く響くような音と共に門はゆっくりと動き出した。少しずつ隙間ができてくると、そこに人が立っていることに気がついた。
「叢雨さん、連れてきたよ」
「ありがとう、凛。あとは大丈夫だから、今日はもういいわ」
「りょうかーい、じゃあまた明日ねえ」
凛はあっさりと背を向け、鼻歌を歌いながら去っていった。少し先で、こちらに手を振ってマンションの一棟へと姿を消す。彼女が見えなくなるまで手を振っていた叢雨は、姿が見えなくなった途端に浮かべていた柔らかい笑みをなくし、僕の方へと顔を向ける。
「改めて挨拶。初めまして、樺咲さん」
「……僕としてはあまり会いたくないんだけどね。僕と仲間になるとかなんとかりんから言われて、とりあえずついてきたって感じなんだ。だから、さっさと話を聞かせてくれないかい?」
「復讐のために去った古巣に帰ってくるのは、なかなかできることじゃない。やっぱり選んでよかったわ」
「選んでよかった? まるで君が僕を何かに選んだみたいな口ぶりだ」
「私が選んだの。今の学園に、スコアに必要な人材として。詳しい話は奥でしましょ。お互い疲れてるでしょうし」
彼女はそう言って奥へと進んでいく。ついて行くか少し迷ったが、ここで引き返すのも何だかいい気分はしないので、ついていくことにした。僕が敷地内へ足を踏み入れると、まるで待っていたかのように門は閉じ始め、退路は断たれた。
彼女は止まることなく進んでいたが、隣や少し後ろを歩くのも癪なので、今の距離を保ったまま進むことにした。歩き始めて三十分ほどで建屋に入ることができたが、とても無機質な空間、というのが第一印象だった。
「何もないけど、どうぞ中へ」
「……本当に何もないね」
「あまりものを持ちたくないの」
促されるままに客間に案内され、日本らしい低いテーブルを挟んで向かい合って座る。常駐しているであろう腰の曲がった女性が表れたかと思うと、湯呑みを二つと和菓子を置いて何も言わずに去っていく。
「よかったらどうぞ」
「……何を話したくて僕をここに呼んだの? お茶がしたかったとか、そんな理由じゃないよね」
彼女は何も言わずにお茶に口をつけると、音を立てないようにゆっくり湯呑みを置いて、こちらをまっすぐに見据える。赤と黒のオッドアイが何とも言えない様相で、目があった瞬間に思わず息を呑んでしまった。数秒の沈黙の後に彼女は静かに口を開いた。
「樺咲くん、この学園を私と一緒に救ってくれないかしら」
「……学園を救う? それってどういうこと?」
「あなたはここを出る時、後悔はあった?」
「急な質問だね、たまに少し考えたことはあったよ。坂平もいたし、美由紀とかもいたから会えなくなるのはさびしかった。ただ、あの時はそれよりも外への憧れが強かった。だから、後悔はないけど寂しさはあったかな」
「今、決闘に後悔を残した人間が、それを晴らそうと学園に入ってきてる。通称『残火』と呼ばれる、その時代の決闘上位層だったけど、名を残せずに去っていった人たちが、徒党を組んで学園に反乱を起こそうとしているの」
「そんなことあるわけないじゃん、おとぎ話にしてもあまりにも荒唐無稽だ」
「……私は基本どんな戦いでも人を殺したりはしない。だけど、あなたの家族との戦いでは対戦相手を殺した。理由はわかる?」
「まさか、富野さんがその『残火』ってやつだからとか?」
「その通り。亡霊たちに私は学園を渡したくない。だから私は、あの決闘を受けたの。カバサキグループなんて本来は協力しようだなんて思わない。だけど、あなたを呼び戻すためにわざわざ引き受けた。一緒に戦って欲しい」
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