永遠の100

@Under_ber

第1話 復讐を果たすために選んだ復学

 視界に入ってくるのは、大型モニターを前に膝から崩れ落ちる親父と泣き崩れるお袋。少し下の弟と妹は部活で家にはいなかった。画面には大きく二人の人間が映し出され、一人は凛とした立ち姿で天を仰ぎ、もう一人は対照的に地面に伏したまま動かない。

 地面に伏しているのが、僕の家族が決闘をお願いした戦士だ。腹部には鋭い刀が一本刺さっており、鎧として身に纏っている形状記憶合金液、通称メタと呼ばれるものの隙間から、とめどなく血が漏れ続けている。

 僕らの負けを意味していた。


『決闘(グラディアル)の決着がつきました! 勝者は伊賀島叢雨(いがしまむらさめ)戦士、現スコア内で第零を冠する、期待の大型新人です! 大ベテランである富野(とみの)戦士もなす術なく敗れました』


 増えすぎた戦争を強制的に止めるため、全世界が合意の上で作った代理戦闘の仕組み、それが『決闘』だ。当初の思惑は、大量の死傷者を出すことなく国家間の問題を解決するためだったが、徐々に企業間、個人間の問題にも使用が可能になり、今やスコアと呼ばれる代理戦闘を行ってくれる戦士の養成学園まで作られるようになった。


「どうして、どうしてだ、富野さん』


 そう言って泣きながら地面を何度も殴る親父を、お袋は必死に止めている。親父は小さいながらも製造業の会社を経営しており、それなりに順調だったが親父の家系は異常だった。

 決闘によるM&Aを行い、カバサキグループとしてあらゆる事業の第一線を張る、そんな一族で親父は四男として生まれ、家族のやり方が受け入れられず、一人で起業した。


「ごめん親父、僕が出られれば」


「……なんてことを言わせてるんだ、俺は」


「晶、そんなこと言ったら富野さんにも失礼でしょ!」


「ごめんなさい」


 樺咲を名乗るものは、身内に必ずお抱えの戦士を持たなければならないということで、僕が養子として数年前に迎えられたが、あろうことか親父はなんとかして僕を辞めさせようと動いた。そして、僕は昨年にスコアを離れ、正式に樺咲家の一員として穏やかに過ごしていた。

 だが、カバサキグループの長である祖母さんはそれが気に入らなかったようで、無茶苦茶な理由で決闘を親父に申し出て、知人の伝手で富野さんが出てくれた。


「富野さんも精一杯やってくれたのよ、富野さんは悪くないわ」


 勝つとは思っていなかった。叢雨という人間は知らないが、僕も一年前まではスコアと呼ばれる戦士の養成学園にいた。富野さんはスコア内でも名の知れた戦士のはずだったが、ほぼ瞬殺と言ってもいいくらいにあっさりと彼は敗北した。

 そして、僕は不謹慎にもこう思ってしまった。


 僕が出ていれば勝っていた。


 かくして、僕たちは家も何もかもを奪われた。だが、同時に僕の人生に目標ができた。奪われたものは奪い返せばいい、いや奪われた以上に奪えばいい。色々な手続きが始まって数日後、家を引き払う前日に僕は家族に申し出た。


「スコアに復学!? 絶対に駄目だ、あそことはもう縁を切ったはずだろ?」


「晶(あきら)、私たちなら大丈夫。あなたたちには辛い思いはさせないわ」


「親父、お袋。僕は樺咲(かばさき)家の一員にしてもらえたし、智樹(ともき)や綾香(あやか)と兄弟にまでしてもらえた。ずっと恩返しがしたかったんだよ」


「駄目だ! 家のことなら心配ないって言ってるだろ! お前は普通に過ごせばいいんだ」


「親父、僕は悔しいんだ。富野さんは確かに強いって話は聞いてたし、第一線で活躍してるすごい人だった。でも、僕はあの動きを見て思っちゃったんだよ、勝てないって。そして、僕だったらあの戦いには勝てたって。僕が戦士になれば、全部取り返せる」


「そんなことしなくていいの! 晶はもう普通の高校生になったんだから、わざわざ戦わなくていい。傷つかなくていいの!」


「僕は戦士になって、カバサキグループを潰す。そして、親父みたいな人間が正しいってことを証明したいんだ。お願い、復学を許してほしい」


 そして数日後、僕は巨大な白い壁に覆われた孤島の端に一人で立っていた。大量の荷物は全て昔馴染みの用務員さんに運んでもらい、持てるだけの荷物を持っている。

不意に壁に備え付けられている出入り用の扉が開いた。


「おお、これはこれは。お待ちしておりました、樺咲様」


「やめてよ色井(いろい)さん、そんなかしこまって」


「樺咲家の方ですから、昔のようにはいきませんよ」


 薄緑の作業着を身にまとい、少し腰の曲がった白髪だらけの初老の男性、色井さんがこちらへと向かってくる。


「お久しぶりです、またお世話になります」


「聞いた時は身震いがしましたよ。また、凄まじい戦いぶり見せてください」


 色井さんは満面の笑みを浮かべて、荷物を渡すように手をこちらへ差し出した。

あまり気分は良いものではないが、渡さないとひったくるように持っていかれるので、丁寧に荷物を渡す。軽く頷いて、彼は扉の方へと歩みを進め、僕はその後についていく。

 ただいま、スコア。そして、改めてよろしく。

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