第3話  宴会


 ダンジョンの出口を抜けると、目の前には夕焼けに染まった街並みが広がっていた。初めてのダンジョン探索を終えた俺は、大きく息を吐き、肩の力を抜く。



「……疲れた」



 初めての戦闘、緊張の糸が切れたせいか、どっと疲れが押し寄せてくる。



「さて、ギルドに戻るか」



 足を踏み出しギルドへと向かう。



 ギルドの扉を押し開くと、中の職員たちが俺の方を振り向いた。



「おお、無事に帰ってきたな!」


「初ダンジョン、お疲れ!」



 次々と声がかかる。まるで帰還を祝うかのような雰囲気に、俺は少し照れくさくなりながら軽く手を上げた。その瞬間——



「カテンさん!」



 ラフィーナが勢いよく駆け寄ってきた。そして俺の手を両手で包み込むように握ると、そのままぐいっと引き寄せてきた。



「本当に、無事でよかったです……!」



 それにしてもなんだか近い……いや、近すぎる。俺の腕に、ふわりと柔らかな感触が押し付けられた。



「ちょっ……お、大げさだって。まだ一階層に行っただけだぞ……」



 なんとか取り繕うように言葉を返したものの、ラフィーナは俺の手を握ったまま離そうとしない。



「ほらほら、いちゃついてないで、さっさと戦利品の確認だ」



 いつの間にか隣に立っていたギルド長が、にやりと笑いながら言う。



「い、いちゃついてなんか……!」



 俺が言い訳する間もなく、ギルド長は「はいはい」と手を振りながらテーブルへ向かうよう促した。



「よし、それじゃあ、お前の今日の成果を見せてもらおうか」



 俺は言われた通りアイテム袋の中身をテーブルに広げた。すると——



「えっ……!?」



 ラフィーナの目が見開かれる。



「カテンさん、これ1日で集めたんですか?」



「はい……」



「粒魔石が10個に、ラットモンスターの牙が5本……。粒魔石は1つ100マネー二、牙は1本2000マネー二だから……」



 ラフィーナが指を折りながら計算する。



「合計で11,000マネー二……!?」



 ギルド内がざわっとどよめいた。



「ちょっと待て、ラットモンスターの牙って、そんなに簡単に手に入るもんじゃねえぞ?」



 ギルド長が目を細める。



「普通なら20〜30匹倒して1本出るかどうかってレベルだ。お前、たった10匹しか狩ってねえのに5本も出したのか?」



「お、おう……なんか運が良かったのかもな、ビギナーズラックってやつ? ははは……」



 もちろん、スキルの影響だ。【鑑定】で微妙に重い個体だけを狙って狩った結果、効率的にアイテムを回収できただけだ。



 ただ、それを説明するつもりはない。



「お前、鑑定士やってた頃より日給いいんじゃねえか?」



 ギルド長が呆れたような、感心したような表情で俺を見る。



 その言葉が周囲の冒険者たちにも届いたのか、あちこちでざわつく声が上がった。



「……へぇ、元鑑定士様は運がいいことで」



 嫌味たっぷりの声が聞こえてくる。



「ちょっと稼げたからって、すぐ調子に乗るんじゃねえよ」



 もう一人がニヤニヤと笑いながら言う。



「どうせビギナーズラックってやつだろ? すぐに現実を見ることになるぜ」



 どこか陰湿な響きを含んだ声が、じわじわと耳に残る。



「そんな言い方はやめてください!」



 ラフィーナが即座に俺を庇い、鋭い視線を向けた。



「カテンさんは実力でこれだけの成果を上げたんです。嫉妬するくらいなら、自分の腕を磨いた方がいいのでは?」



 冒険者たちはバツが悪そうに目をそらし、静かになった。



 ……余計な敵を作りたくはなかったが



 こればかりは仕方ないか。



「まあ、なんにせよ、初ダンジョンでこれだけ稼げるなら、今後も期待できそうだな!」



 ギルド長が笑いながらジョッキを傾ける。



「さて、それじゃあ今日はカテンの初ダンジョン記念だ! 終わったらみんなで飲みに行くぞ!」



 ギルド長が豪快に笑いながら宣言し、職員たちが「おおっ!」と歓声を上げる。





 酒場にはギルドの職員たちが勢ぞろいし、大きなテーブルを囲んで盛り上がっていた。すでに酒や料理が運ばれ、皆が好き勝手に食べたり飲んだりしながら談笑している。



 ギルド長が席を立ち、手にしたジョッキを掲げる。



「それじゃあ、カテンの初ダンジョンを祝って——乾杯!」



「「乾杯!!」」



 店内に響き渡る掛け声とともに、ジョッキが打ち鳴らされ、一斉に酒があおられた。俺もグラスを傾けながら、こんなにも自分のために集まってくれたことに少しだけ感動する。



 宴が始まると、皆それぞれ好きな料理に手を伸ばし、酒を酌み交わしながら談笑し始めた。俺も周囲の会話を聞きながら肉料理をつまんでいると——



「おーい、カーテーン!」



 俺の背後から不吉な呼び声が響いた。



「……っ!?」



 次の瞬間、がしっと肩に回される力強い腕。



「ほーら、祝いの席なんだから、もっと飲めって!」



 ギルド長だ。すでにかなり酒が回っているようで、顔は赤く、目がとろんとしている。それでも腕の力は驚くほど強く、俺の体は完全に捕まえられていた。



「いや、俺、そんなに強くないし……」



「細けえことは気にすんな!」



 そう言いながら、ギルド長は俺の肩を抱き寄せ、強引にジョッキを押し付けてくる。



「ちょ、待っ……!」



 無理やり飲まされそうになり、なんとか抵抗しようとするが——



「よーし、こうなったら特別サービスだ!」



「は? 何が——」



 次の瞬間、ギルド長の腕が俺の首に回され、強引に引き寄せられる。



「——ぐっ!? ちょ、待っ——!」



 ガシッと決まるヘッドロック。あまりの力強さに逆らうこともできず、俺の顔はギルド長の胸元に押し付けられる形になった。



「んんっ……!?」



 ——柔らかい。



 いや、それどころか、ほぼ埋まっていると言ってもいい。温かく、弾力のある感触が押し寄せ、脳内に警鐘が鳴り響く。



 ——いやいや、これはまずい! いろいろとまずい!!



「ふふん、どうだ? これが特別サービスってやつだぞ?」



 ギルド長は上機嫌に笑いながら俺の頭をぐりぐりと押し付けてくる。



「ちょっ……! く、苦しい……!」



 なんとか抜け出そうとするが、ギルド長の腕はまるで鉄の枷のように固く、びくともしない。



(……さすが、元凄腕の冒険者だっただけある……!)



 普段は飲んだくれの姿しか見ていなかったが、現役時代の実力をこれでもかと実感することになるとは思わなかった。

 


「ギルド長……離してあげてください……!」



 冷たい声が響いた。



 視線を向けると、ラフィーナが俺たちのすぐ横に立っていた。表情は笑顔だが、その目はまったく笑っていない。



「あー? いいじゃねぇか、今日は祝いの席なんだしよ〜」



「ダメです。カテンさんが迷惑そうです!」



 ムスッと頬を膨らませながら言うラフィーナ。その次の瞬間——



「ふんぬっ!」



「うおっ!?」



 俺の身体がぐいっと引っ張られ、ギルド長の腕から解放された。



 ——が、次の瞬間には、別の柔らかい感触が腕に当たっていた。



「カテンさんは……私が守ります!」



 俺の腕にしっかりと抱きつきながら、ラフィーナが宣言する。



「っ……!!」



 二の腕が沈み込むような感触。さっきとは違うけれど、これもまた刺激が強い!



「……ラフィーナ、もしかして酔ってる?」



 俺が恐る恐る尋ねると、ラフィーナは顔を赤らめながらこくんと頷いた。



「カテンさんの……カテンさんの隣は、私のものです……!」



 ——なんか、めちゃくちゃグイグイきてる!?



「おいおいおい! 何勝手にカテンを独り占めしてんだよ!」



 ギルド長がムスッとした顔で俺に手を伸ばす。



「カテンさんは、もう私のものです!」



「何ぃっ!? ふざけんな、お前よりあたしの方が付き合い長いんだからな!」



「それは関係ありません!」



 二人は俺を挟む形で、互いに腕を引っ張り合う。



「……って、痛い痛い痛い!」



 俺の体が左右に揺さぶられ、いい加減限界を感じた俺は周囲に助けを求めようとした。



 ——が、視線を向けた瞬間、絶望する。



 男性陣は鬼のような形相でこちらを睨みつけていた。



「……あれ、俺も冒険者になればワンチャンあるんじゃね?」


「いや、あいつが特別なんだよ……夢見るな……」



 悲しげな表情を浮かべながら、彼らは酒をあおっている。



 ——そして女性陣は、ゴミでも見るような冷たい目でこちらを見ていた。



 ……これは、ダメだ。誰も助けてくれない。



「おら、せっかくの祝いなんだから、もうちょっと楽しもうぜ〜」



 ギルド長が俺の顔を覗き込みながら、ふにゃりと笑った。



「……ん? なんか酔ったら、カテンって可愛く見えてきたな〜……」



「ちょっ!? なんの話だよ!?」



 まさかと思った次の瞬間——ギルド長が俺の顔をぐっと引き寄せ、唇を近づけてきた。



「わっ!? ちょ、待て、ギルド長——」



「それは、絶対にダメです!」



 寸前のところでラフィーナがギルド長をぐいっと引っ張り、俺の顔を解放させる。



「お、お前なにすんだよ……」



「カテンさんの唇は、渡しません!!」



 バチバチと火花を散らす二人。その場は完全に戦場と化していた。



 ……こうして、俺の初ダンジョン記念の祝宴は、思っていた以上に濃密なものとなっていったのだった。

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