第22話 - 将を貫きて集結を
ゴブリンの数が減ってきている。終戦は間近のようだ。
甘露草とミントの合成水を少し飲み、気を休めて状況を確認した。
「暫く店しかやってきてないから、少し堪えるな……」
魔術を何度も唱えた疲れが見えてきたが、まだある程度は戦える。
怪我をしていた冒険者が復活してゴブリンとの戦闘を続けているということは、リキュアとエクシールが作ったポーションを使ってくれたのだろう。ポーションを使ってくれて少し嬉しくなった。
「リキュア、あれ……」
隣を任せていたラムが指をさして前方に見えるゴブリンの小集団を示す。
個体数はそこまで多くない。リキュアの広範囲魔術があれば一掃出来る。
ところが、二人の視線はあるゴブリンの所有物にあった。
「剣……だな。豪華な装飾付いてるが」
集団の真ん中にいるゴブリンが、宝石みたいな装飾が施された豪華な剣を所持していたのだ。北西の村には絶対に無い代物のように見えるので、元の持ち主は盗賊だろう。
その周りにいるゴブリンたちは、装飾付きの剣を持っているゴブリンを囲って、崇めているように見えた。
今までのゴブリンたちは北西の村や盗賊から奪った武器を使っていた。装飾付きの剣程豪華では無く、一般的で貧相なものだ。
ゴブリンにものの価値は分からない。しかし、装飾付きの剣を悠々と掲げ、周りが崇めるように慕っているのを見ると、ある考えがリキュアの脳内に閃いた。
「核……か」
「ええ。私もそうだと思う」
核——この大集団を率いている頭領、ボスのような存在だ。
率いているという表現は「実質」と保険を掛けた方が正しい。この侵攻は統率が取れていないのだから。
それでも今まで見て来たゴブリンの中で一番ふてぶてしく、傲慢に満ちている。王国に住んでいる貴族と思う程に。
であれば、核を叩けばこの侵攻は終わるはず。
リキュアは一歩進み、核への狙いを定めた。
「やるの?」
「ああ。首を取った後はお前に渡せばいいか?」
「嫌よ、気色悪い。リキュアが高らかに言説すれば?」
「はぁ……仕方ないか。王宮兵士でも冒険者でもない、ただの錬金術師が首取って言説するのもどうかと思うが」
「いいじゃない。私は聞きたいわよ」
からかってくるラムに向けて小さめの氷弾をぶつける。ラムは「痛っ」とぶつけられたところをさすり、リキュアに向かって頬を膨らませた。
頬が膨らんでいるラムを無視し、リキュアは血で濡れていない草原に手を合わせる。
「【創せよ魔鎌】」
地面に魔法陣が浮かび上がり、リキュアの手を地面から徐々に引き上げると、黒光りする棒状のものが出てくる。やがて棒状のものは湾曲した刃を引っ提げて真の姿を現わす。
魔法陣から出てきたのは、御伽噺に登場する死神が持っている大鎌だ。
「流石ね、リキュアの錬金術は」
この魔術は対象物の元素を操り、構築を分解してから再構築するという錬金術の一種である。今回の場合で言うと、リキュアは地面を対象とし、地殻内や戦闘中に地面に染み込んだ鉄や炭素等を一度分解し、鎌状の形に再構築して創り出したものだ。
命令式を変えず、魔術内容さえ変えればポーションのガラスの瓶だって作れる。錬金術の要素を極めるに当たって重要な魔術だ。
肩に鎌を持ってくるとブォンと風が鳴く。
ゴブリンに向けて風の魔術を使わずに走り出す。
速度は一般男性と同じくらい。ゴブリンには普通に気付かれる。
だが——
「【駆けよ光速】」
駆けていたリキュアは速度が増し、刹那で光の筋となる。
目だと一条の軌跡しか映らない。
光はゴブリンの集団を駆け抜け、一瞬にしてラムの元へ帰還する。
戻ってきたリキュアの手には大鎌と装飾付きの剣。
そして——まだ意識があるゴブリンの頭が握られていた。
首元から切断されて。
「ひっ……」
ラムも何匹という数のゴブリンを倒して斬ってきたが、意識がある首だけを見るととても不気味だ。
断面からは夥しい量の緑色の血がボタボタと落ちている。
「ぎ——」
やがて自分が切断されたことに気付いたゴブリンは、顔を歪めると動かなくなった。
小集団の方を見ると、残った胴体は草原にばたりと倒れた。崇めていた頭領の首が無くなっていることに気付き、ゴブリンの集団は少しパニックに陥っている。
「は、早く言説したら?」
「分かったよ」
リキュアは魔術を唱え、城壁の上へ。
そこを陣取っていた狙撃隊が「何事だろう?」と不思議に思うと、握られているゴブリンの頭に驚いた。
大鎌を自分の足下に置き、装飾付きの剣とゴブリンの頭を掲げて高らかに言説する。
リキュアの素の声量では届かないので、拡散の魔術もついでにかける。
「聞け! ゴブリン共よ。お前たちの頭領の首は討ち取った! これ以上さらに侵攻を続けるのであれば、我々も容赦せずお前たちを駆逐する! 繰り返す! 頭領の首は討ち取った!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
王宮兵士や冒険者たちから沸き上がる歓喜の雄叫び。
リキュアの言説に力が湧き出たのか、鍔迫り合いをしていた冒険者は一瞬の隙を突いてゴブリンの胴体を薙ぎ払った。
「ぎ、ぎぃ……」
「ぐががぁ……」
「びぃ! ぎぃ!」
頭領の付近にいた一匹のゴブリンが大きく何かを発した。
ゴブリンたちにはその発した何かが理解出来たのだろう。武器を持っていたゴブリンはその場に武器を捨て、踵を返して逃げ出した。
まるで周りに釣られるかのように、一匹が逃げ出すともう一匹、さらに一匹と背を向けて逃げ出していく。負傷し、上手く走れないゴブリンは王宮兵士の手によって処理された。
瞬く間に数秒前までいたゴブリンの集団が見えなくなる。
「勝った、勝ったんだあ!」
誰かが歓喜する。勝利を確信した喜びは周りの王宮兵士や冒険者、狙撃隊へと伝染し——
「「「うおおおおおおおおおっ!!」」」
王国民が避難している聖堂まで聞こえるくらいの声量で、各々が歓喜する。
武器を掲げ、肩を酌み交わし、魔術で祝う。
リキュアもこの歓声を聞いて、ゴブリンによる侵攻が終わったんだと安堵した。
「……終わったか」
そして手に持っていた装飾付きの剣を握りしめ、ゴブリンの首を放り上げる。
自由落下で落ちてきた首に向けて剣先を突き出し——
——首を串刺しにした。
嫌と言う程に輝く太陽にそれを向け、魔術を唱えて炭化させる。
頬を撫でるような風が吹き、首ははらはらと風に乗って散っていった。
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