第21話 - エクシールの応戦

 リキュアや王宮兵士たちが前線で魔術や武術を駆使して戦っている中、子供たちは閑散とした王都を駆けていた。障害物が無く、全速力で駆けるには申し分無い。

「捕まえてみろよカシス!」

「そうだそうだ!」

「へっへーん」

「ま、待てって!」

 カシスは自分より年下でやんちゃな子供たちを追っていた。

 カシスとよく遊ぶ子たちであり、リキュアもたまに手を焼く問題児でもある。

 聖堂に避難した子供たちは、暫くカレドニアの指示に従って大人しくしていたが、聖堂を守っている王宮兵士の元に届く報告や、自分たちも絵本じゃ無い本物のゴブリンを見たいという衝動に駆られて聖堂を飛び出した。カレドニアや王宮兵士が丁度目を離している隙を突いて。

 偶然三人が出て行くのを見たカシスは、止めに行こうと三人の後を追いかけ始めた。子供たちの最年長であり、リーダーとして見過ごせなかったのだ。

(シスターカレドニア……ごめんなさい)

 三人を追いかけながらもカシスはカレドニアに心の中で謝罪していた。

 カレドニアが行う神からの制裁を受ける覚悟も出来ている。

「やーいやーい!」

「こっちこっち!」

「おっせーな」

「は、早く……戻ろう……よ」

 息絶え絶えになりながらも三人に聖堂へ戻るよう言う。

「えー、やーだよ」

「たたかってるとこみたいもん!」

「カシスもみたいでしょー?」

「俺は……別に……」

 見たくないと言えば嘘になるが、今はそんなことを言っている場合では無い。カレドニアが読み聞かせてくれたゴブリンは壁すら上れるのだ。今のカシスたちの立場が安全で無いことは理解している。

 三人を追いかけていると教会に着いてしまった。南西の方角で城壁近くに建っている教会は、カレドニアが泥棒に入られないようにと全ての窓と扉を聖堂へ避難する前に閉めている。鍵はカレドニアが持っており、カシスたちでは開けられない。

「教会、開いてないのか」

「どうしよー?」

「あっちのもんいこ」

「だ、ダメだって……」

 カシスの体力はあまり残っていないのに三人の体力はまだあるのか、南西の城門へ続く通りを走ろうとする。

「くそ……城門だけは何としてでも突破されるな!」

「み、見て下さい! アイツら壁を……」

「ま、マズい!」

 そんなやり取りが城門の向こうから聞こえてくる。

 三人がカシスを煽るような表情を向けて走り去ろうとした時だった。

「ぐぎゃっぎゃっ……」

 通りを塞ぐようにゴブリンが着地してきた。手に持っている短刀には真新しい鮮血が滴っている。

「ゴブリンだー!」

「すげー、ほんものだ!」

「おおー」

 子供たちには恐怖心が芽生えておらず、当初の目的だったゴブリンとの邂逅を果たして目を輝かせている。

「止めておけって! 逃げろって!」

「やだよー」

 無謀にもゴブリンに近づいて触ろうと一人が手を伸ばす——

「ぎゃあはっ!」

「うわっ!」

 と、短刀で伸ばした腕を切りつけた。赤い血が飛び散り、刃に付いた血を舐めて残りの子供たちに狙いを定める。

「「う、うわああっ!!」」

 初めて恐怖心が芽生え、二人の子供は泣き出しそうにカシスの元へ逃げ出した。

 切りつけられた子供は腰が引けたのか、地面に尻もちをついて身動きが取れない。

 切られた腕の痛みすら忘れるくらいに、涙を浮かべてゴブリンを恐れている。

 ゴブリンの短刀が容赦無く子供の脳天に振り下ろされる——

「うわああああっ!!」

「【薙げよ風刃】!」

「がぎ……」

 ——その刹那、ゴブリンの上半身が見えない刃によって両断され、振り下ろされていた短刀は子供の手元にカランと落ちた。緑色の鮮血を吹き出し、ゴブリンはバタリと倒れて動かなくなっている。

「え——」

「よかった、間に合った!」

 子供が呆然としていると、カシスの後ろから風のようにカレドニアとエクシールが駆けつけた。子供たちは二人を見ると心から安堵したのか、カレドニアとエクシールの所へ駆けて抱きつき、泣きだした。

「「「う、うわあああん!!」」」

「よしよし」

「全く……」

 カレドニアとエクシールは抱きついてきた三人の頭を、軽く撫でて落ち着かせる。

 ゴブリンから救ったことよりも、無事でいてくれてよかったという感情が二人には芽生えていた。

「怪我してるじゃない! 手、出して。ちょっと染みるよ」

「うぅ……」

 エクシールに抱きついた子供はゴブリンに腕を切られた子供だったので、エクシールはポケットに忍ばせておいたポーションをかけて怪我を治した。

「シスター……エクシール姉……」

「カシス、言い訳は後で聞くから今は聖堂に戻りましょう」

「うん……」

 カレドニアの空いている手にカシスの小さな手が握られた時だった。

 ピチャッ、ピチャッとする音が聞こえ、その方向へ振り向く。

 数匹のゴブリンの集団が城壁から落下して、獲物であるエクシールたちを見据えていた。

「シスター! エクシール姉!」

「分かってる! シスターカレドニア、子供たちを!」

「ええ! みんな、こっちに」

 カレドニアは締まっている教会の片隅に子供たちと一緒に、身を縮こませて避難した。

 カシスを含む子供たちは恐怖のせいか体が震えている。

「エクシール姉、大丈夫かな……」

「大丈夫です。今はエクシール様を信じましょう」

 ゴブリンたちは避難したカレドニアたちから、立ち塞がっているエクシールに標的を変更する。武器を持っている個体はおらず、本能のままエクシールに向かって襲いかかる。

 普通の獣人は自身の身体能力で太刀打ちするだろうが、エクシールは——

「【刻めよ旋風】」

 ——魔術で応戦した。

 広範囲にゴブリンたちを巻き込む強風を巻き起こす。強風はビュオオと轟音を響かせつつ、螺旋のような渦を描いてゴブリンたちを身動き出来なくさせる。藻掻くように風に囚われたゴブリンたちから、エクシールの足下に何かが飛散してきた。

 緑色の血、ゴブリンの血である。

 閉じ込められた風の渦の中では、無数の真空の刃がゴブリンの体を切り刻んでいた。横から上から斜めから。身動きすら出来ない風の渦の中で、ゴブリンたちは為す術も無く刻まれる他無かった。

 ヒュオオ……。

 やがて風が止むと、ゴブリンのものと思われる刻まれた肉片が一カ所に集まっていた。周辺にはゴブリンの血が振りまかれており、エクシールは「あちゃー……」と後ろ髪を掻く。

「エクシール姉、終わった!?」

 教会の隅に避難していたカシスが、顔を出してエクシールに問う。

「うん——待って! まだ隠れてて!」

「う、うん……」

 ゴブリンの集団を刻んだかと思えば、さらに城壁を上って別のゴブリンの集団が顔を覗かせる。武器を持っていない個体がまたいないのが、せめてもの救いか。

『城壁の向こうに誰かいるのか!?』

「います!」

 城壁の外で戦っている王宮兵士の声だろう。侵入してきたゴブリンも「ぎゃ?」と鳴いて声の主を探している。

『すまん、討ち漏らしてしまった。あのゴブリンたちは?』

「私が全部倒しました」

『なんと!? ではすまんが、その侵入したゴブリンも倒してくれないだろうか——』

「「「ぐっぎゃあ!」」」」

 城壁の外の王宮兵士の声を遮って、ゴブリンたちがエクシールに向かってくる。

「【薙げよ風刃】」

 一匹のゴブリンの体が両断される。

 だが、仲間が死んでもゴブリンたちは歩みを止めない。

『俺たちは何とかしてこれ以上入れさせないようにするし、さっき冒険者の援軍も呼んだ。持ちこたえてみせるつもりだ』

「分かりました!」

『頼む』

「がぐぁ——」

「ふっ——」

 ゴブリンの鋭い爪の引っ掻き攻撃を、獣人の身体能力で難なく避ける。

 するりとゴブリンたちの間を通り抜け、教会を背にして、階段の上からゴブリンたちを見下す。白い耳がピンと張り立ち、尻尾も一直線に張り詰めている。

「もうエクシールは怒りましたよ! 【圧せよ風霊】!」

 エクシールは魔術を唱えている最中に上げた腕を振り下ろす。

 その行動に呼応し、目には見えない圧搾された空気の塊がゴブリンたちの中心に落ちる。

 そして——破裂した。

 ギュオオオオ!!

「うわわわわっ!」

「みんな、離れないで!」

 轟音と共に破裂した塊は凄まじい風圧を発生させ、木や草花を薙ぎ倒すような突風を巻き起こす。エクシールやカレドニアたちは、吹き飛ばされないようしゃがんで踏ん張った。

 ゴブリンたちは破裂時に発生した真空の刃によって、全員が胴体を綺麗に両断されていた。

「ぎ? がっ——」

 両断されたことに気付かないまま、突風に巻き込まれて家屋や城壁の壁にぶつかる。

 荒れ乱れる風は、壁にぶつかったゴブリンたちの頭や胴体をさらに押し潰していく。

 肉片が壁に染み、骨が砕け、緑色の血が滴る。

 数秒経過すると風が止み、押し潰されたゴブリンだった残骸はボトリと地面に落下した。

「もういないですよね?」

 付近を確認するが、見かけるのはゴブリンの死骸と、風によって荒れ飛んだ草花やゴミしか無い。侵入してきたゴブリンはエクシールの魔術によって掃討したようだ。

「シスターカレドニア、みんな。もういないよ」

 カレドニアと子供たちはエクシールの言葉を信じ、避難していた場所から出てきた。

「うぅー……エクシール姉、もう少しで吹っ飛ばされるところだったよ!」

「あはは、ゴメンねカシス。ちょっと力入れ過ぎちゃった」

 少しだけ舌を出して謝る。

「さ、シスターカレドニア。早く聖堂へ戻りましょ」

「ええ。そうですね」

 エクシールとカレドニアは子供たちを離さないよう、両手でしっかりと震える手を握って聖堂へ戻る。

「それにしても……エクシール様って本当に獣人なんでしょうか。あんなに強力な魔術が扱えるなんて……」

「リキュアさんの教えが上手だからですよ」

「ふふっ、かもしれませんね」

 二人は笑みを零し、聖堂へ避難を急ぐ。

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