第9話 - 骨が折れる白鉄鉱加工

 数日間しか離れていないのに、妙に懐かしさを感じる錬金メディルの工房。

 採掘した白鉄鉱の量はとても多く、村から王都へ戻るのは厳しそうに思えたため、馬車の手配をして戻ってきた。白鉄鉱の量からそのまま馬車に乗車すると、あまりの重さに馬車が動かなさそうだったので、リキュアが質量を一時的に変更する魔術を白鉄鉱にかけて運んだ。

 さて、今の錬金メディルの工房は視界を埋め尽くす程の白鉄鉱が棚や床を埋め尽くしている。足の踏み場も一切無い。店のカウンターまで白鉄鉱が転がっているため、未だに錬金メディルは休業中だ。

「じゃあ早速替え刃の製作をするか」

「はい!」

 足の踏み場も無い中で、リキュアは適当な白鉄鉱を鷲掴んで机の上に置く。

 鉱石の隣には王宮兵士が持ってきた武器資料があった。

「でも、ここって鍛冶屋みたいな炉が無いですよね?」

「無いぞ」

「どうやって形作るんですか? 炉もハンマーも無いのに」

「そこは錬金術師の腕の見せ所さ」

 リキュアは自分の腕を叩き、エクシールは呆れたような目でそれを見る。

「替え刃の作り方だが、鉱石に熱を加えて成形しやすくし、後はどんな形のものに成形するかを想像して、それを魔術に乗せる。具体的な形を頭で思い描き、それを現実に形にするんだ」

「え、えっと……?」

 エクシールは困惑し、尻尾もしんと下がる。

「ま、実際に見せた方が早いな」

 リキュアは武器資料から槍の鏃の寸法が記載されたページを開け、白鉄鉱を囲むように両手を添える。

「【浮かべよ陣炎】」

 橙と赤を混ぜたような色の魔法陣が白鉄鉱を置いた机に浮き出ると、それは白鉄鉱を乗せて垂直に宙へと浮き上がった。目線より下の位置まで浮かび上がると、魔法陣がポウッと光り、周囲が陽炎のように揺らめく。

「これ、何ですか……?」

 揺らめく空間に疑問を持ったエクシールが手を伸ばす。すると——

「熱っ!」

 反射的に伸ばした手を引っ込める。

「な、何ですかこの魔術!?」

「焔熱魔術の応用さ。火を魔法陣から直接出すんじゃ無くて、魔法陣そのものを熱台として温める魔術だ。こうすれば火に怯えること無く作業出来るだろ?」

「そうですね……」

「一応気を付けてくれよ。火が見えないとはいえ、今この魔法陣から放たれてる熱は鍛冶屋の炉と同じ温度だ。俺の魔術で店は燃えないよう仕組んであるが、エクシールにはその効果が及んでないからな」

「わ、分かりました……」

 リキュアに忠告され考えてみると、少し工房内の気温が上昇したように感じる。後で窓を開けるけど、それでも暑さが収まらなかったら氷の魔術で工房を冷やそうと決めた。

「それじゃあここからが本番だ」

 捲れていた武器資料のページを槍の鏃が記載されているページに戻す。

 この武器資料にも燃えないよう魔術による細工が為されていた。

(い、いつの間に……)

 助手としてやってきて時間は経つが、一日でこんなにも驚かされたのは錬金メディルで働き出して以降、二度目かもしれない。一度目は働き出して間もない頃だ。

 武器資料から何度も鏃の形を確認すると、リキュアは一呼吸置いてから魔術を唱えた。

「【生み出よ想像】」

 リキュアの両手から魔法陣が回転しながら浮き出た。それは白鉄鉱を包む優しい光を放つ。光が白鉄鉱を包んでいる間、リキュアからは非常に真剣なオーラのようなものが出ており、質問するのも憚られる。

「…………」

 たらりと額から汗が流れる。

 この魔術——リキュアは想像魔術と勝手に呼んでいる——は集中力がものを言う。少しでも想像しているものとは別のものを想像してしまうと、形が歪になり品物と呼べなくなる。さらに一度想像魔術で加工した品物は、もう一度想像魔術で加工することが出来なくなる耐性が付いてしまうため、ミスが許されない。

 鏃の形を思い浮かべ、その中に鋭い刃を取り付ける。

 やがて白鉄鉱が光に包まれながら変形し始め、真ん中が長い三叉の鏃の形が出来上がる。

 白鉄鉱を包んでいた光は空気に溶けるように消滅し、加工された白鉄鉱の姿が露わになる。

「わあぁ……」

 武器資料通りの形をした三叉槍の鏃が焔熱魔術の魔法陣上に現れた。白鉄鉱で作られているため、全面が穢れない白を思わせるくらい白い。鏃の先端は何をも貫けそうな鋭い刃が備わっており、工房に差し込む太陽光に反射してギラッと輝かせた。

「ふぅ……。こんなもんか」

「凄いです! エクシールにも出来ますか……?」

「今俺が作った替え刃を見ながらやってみな。魔素の流れも想像に乗せ、替え刃以外の余計なことは一切考えないように」

「はい!」

「おっと、エクシール、ちょっと待て。一度冷やして強度高めるから」

 焔熱魔術の魔法陣はそのままに、熱を出す操作だけを解除する。

 その隣に魔法陣を二つ設置する。お互い向かい合うよう上下に設置し、魔法陣を起動する。

 ザジャーッ!

 上の魔法陣から大量の水が噴射し、下の魔法陣に吸い込まれるように流れていく。綺麗な円柱状の水の流れは水滴をリキュアや机の上に飛ばしていない。水を出す際に、辺りに飛散しないよう制御してあるのだ。

 手に耐熱の魔術をかけて激熱の鏃を掴み、そのまま水の中に入れ込んだ。

 鏃はジュオッと音を出して、触れた水を蒸発させる。やがて水によって鏃が持っていた熱エネルギーは全て奪われ、冷えたことを示す。

 水から取り出して、もう一度焔熱魔術の魔法陣の上に。再び鏃を温める。

「冷やしたら終わりじゃないんですか?」

「焼き戻しさ。急激に冷やすと鉄は固くなるが、脆くもなる。粘り強い鉄組織にするために、もう一度焼くことで鉄組織をさらに強固にする。こうすることで折れにくい替え刃になるんだ」

「なるほどです」

 白鉄鉱は普通の鉄と性質はやや違うが、急冷して強度が増して脆くなる部分は同じだ。頑丈な白鉄鉱でも、焼き戻しをしないと簡単に折れる可能性がある。

 焼き戻しを終えると、焔熱魔術の魔法陣の熱を止め、別の魔術を唱える。

「【流れよ息吹】」

 体を包み込んでくれそうな優しい風を鏃に送って全体を空冷する。工房内の空気の循環も少しながら兼ねている。

「ほら、完成だ。エクシールもやってみろ」

「はい!」

 エクシールはリキュアが風で冷やした鏃を自分が見やすい場所に置き、成形していない白鉄鉱を焔熱魔術の魔法陣に乗せる。魔法陣から熱が放出されると、リキュアがさっき行ったように手を囲むように添えて魔術を唱える。

「【生み出よ想像】」

 目を閉じ、リキュアが作った鏃を思い浮かべる。

(こんな感じの大きさに、鋭い刃と——)

 エクシールの両手から魔法陣が浮かび、光が白鉄鉱を包む。暫くすると光に包まれた白鉄鉱が変化を起こし、三叉の鏃に変形した。

 こめかみから緊張感と慎重、そして熱気による汗が滴る。

 目を閉じているエクシールにはいつ変形したのか分からない。だが、魔素が突然にして魔術に乗らなくなったのを感じ取ると、変形出来ているのではと思い、魔術を止めて目を開ける。

 目を開けると、魔法陣上にはリキュアが作った三叉の鏃と同じ形、同じ色をした替え刃が鎮座していた。

「で、出来ました!」

「待て、触るな。まだ熱いぞ」

「あっ、そうでした」

 火傷するところだったエクシールを間一髪のところで止める。

 耐熱の魔術を手にかけて、鏃を持って水で冷ます。持てるくらいまで冷えるとエクシールは自分が作った鏃を持つ。手を切らないよう刃には触れず、そっと持った。

 ずっしりとした重みがエクシールの肩を襲う。触っただけでも分かるこの頑丈さは、白鉄鉱の硬さを引き継いでいるようだ。

「どれどれ……」

 リキュアはエクシールが持っている鏃をまじまじと見つめる。歪なところは無いか、刃はしっかりと付いているか、大きさはどうか等と、王宮兵士に渡しても大丈夫な代物なのかチェックする。

 リキュアが出した判定はというと——

「まずまず、だな」

 可も無く不可も無い判定だった。

「まずはここ。少しでこぼこしてるだろ。この部分の想像が甘い。それで次はここ。刃っぽく見えるが、実際には尖ってない。多分これじゃあものは切れないだろうな。で、さらに——」

 リキュアの指摘はどれも細かいものばかりだったが、エクシールはその指摘を真摯に受け止め、次の加工に生かそうと頭の中に刻み付ける。

「——って具合だ。初めて作ったにしては上出来だと思うぞ。後は俺が指摘した細かい部分を意識してくれればいい。これは俺が少しだけ手直ししておく」

「はい。ですけど……この作業、凄く集中力が要りますね……冷やしたり、もう一度温めたりして。鍛冶屋に人の大変さがよく分かります……」

「疲れたか?」

「少しだけ……」

 エクシールは白鉄鉱に埋もれている椅子に座り、背もたれに体を預けた。

 顔にも背中にも脇にも汗が滲み出ていた。服は汗を吸ってじめじめとしている。

 リキュアが工房の窓を開け、涼しい風が入ってくる。疲れた体に染み渡る天然のポーションのようだと感じた。

「休憩しながら作ってくれればいい。流石の俺も一日で作れる量は五〇くらいが精一杯だ」

「リキュアさんでも一日に大量に作るのは厳しいんですね」

「俺も人間だからな」

 リキュアは「前も言ったけど納品期日は二月後だ。ゆっくりやっていけばいい」と付け加え、エクシールは苦笑して反応を返した。

 エクシールが今作った鏃はリキュアが加工するとのことで、リキュアが工房の片隅に置く。

 二人は今日の分の集中力が切れるまで、白鉄鉱の替え刃製作に取り組んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る