第8話 - 鉱石採掘と緑の襲撃者

 翌日、朝食を済ませた二人は宿屋を後にして村を出発した。

 昨日の散策中、この村は例の採掘場で栄えた場所の名残らしい。住民が王都の方へ進出したこともあり、空き家となった家々は全て取り壊して、今の小さな村になったとか。廃鉱までは片道二時間程度歩けば着くと情報を得ることが出来たので、日が暮れない内に採掘を終わらせてこの村に戻ってこようと決めた。

 一時間くらい進むと、道がやや角度が付いた斜面になる。

「ちょっと、角度が……ありますね」

「山、だからな」

 道端には小さな鉄鉱石の破片が転がっており、鉱山だったことが窺える。

 リキュアは足を止め、鉄鉱石の破片を手に取って観察してみた。

「それ、鉄鉱石ですか?」

「の、破片だな。割れ方的に最近のもののようだ」

「えっ、エクシールたち以外にも誰か来てるんですか?」

「廃鉱とは言え、多少は残ってるだろうからな。それに村にも小さな鍛冶屋があったから、誰かが鍛冶用の鉱石を採掘しに来ているのかもしれん」

「なるほどです」

 リキュアは一頻り鉄鉱石の破片を観察すると、ぽいっと投げ捨てた。

「い、要らないんですか?」

「品質が良くない。それにあの破片はあまり鉄分を含んでいない部分だった」

「この当たり一帯の破片もですか?」

「ざっと見た感じ、そんな風だな。使えなくはないものもあるが、王宮兵士用の替え刃と考えると物足りない。というか、どれも小さい。もう少し大きいものじゃないと、武器にすることすら出来ないぞ」

「これよりも大きな破片……ですか」

 さらに言うと目的の鉱石では無い。

 それから廃鉱までの道のりは転がっている破片を観察しつつ進んだが、どれも小さくて回収には至らなかった。

「よし、多分ここだな……」

「はぁ……あぁ……」

 坂道を上り終えると、広々とした場所に出た。木の骨組みがあったり、鉱石を運んでいた際に使われていたトロッコが破壊された状態で放置されていたりと、採掘場だった名残がほんの少し残っている。地面は採掘時の爪痕が残っているようで、段差が激しい。

「こ、こんな所に……何が……あるんですか?」

 坂道を登って息が切れているエクシール。リキュアは「一旦呼吸整えな」と助言し、エクシールは深呼吸を三回程度行って呼吸を整えた。

「それは探してみてからだ。ほら、行くぞ」

「ま、待って下さぁいぃ……」

 廃鉱の採掘場に足を踏み入れ、目的のものを探す。

 段差を下り、登って、また下って、上がって——

 ——そして見つけた。

「わあぁぁ……」

 無意識に感動の感情がエクシールの口から零れる。

 不純な色が一切無く、正に本物の白。雪のようにも思わせる白い岩壁は、黒や茶色の岩肌と違った独特な存在感がある。鉱脈の間がキラキラ光っており、鉱物の結晶も多く含んでいるようだ。

「リキュアさん! い、石が真っ白です!」

「そういうものだからな。白鉄鉱はくてつこうってのは」

「白鉄鉱……ですか」

「おや、あなた方も鉱石の採掘に?」

 少しぷっくりとお腹が出ている四十代くらいの男性に声をかけられた。頭に細長い布を巻き、片手には鶴嘴を肩に乗せて持っている。彼が採掘した白鉄鉱の鉱石だろうか、籠の中には白鉄鉱の鉱石がごろごろと転がっていた。

「あ、はい。ちょっととある依頼で」

 流石に王宮兵士からの依頼だとは言い出せない。

 リキュアは取り繕った顔色で答えた。

「そうでしたか。先程の獣人のお嬢さんの反応を見てる限り、白鉄鉱を見るのは初めての様子ですね」

「はい。何でこんなに白いんですか?」

「白鉄鉱はね、鉄鉱石より魔素が多いんだ」

「魔素が……多いんですか」

「鉄鉱石に魔素が多く取り込まれることで、鉄が過剰反応を起こして白くなる。過剰反応を起こしたせいで白鉄鉱は鉄鉱石より硬く、加工も難しくなっているんだ」

「おお、お兄さんよく知ってますね!」

 男性がリキュアを褒め、パチパチと軽い拍手が鉱脈に反射する。

「ほぇー。ということは、リキュアさんの目的はこの鉱石なんですね」

「そういうこと」

 数百年前までは白鉄鉱を採掘出来る技術や魔術は存在しなかった。誰もが「これを採掘出来たらいいだろうな」と思っていたのにも関わらず、余りの硬さに断念して放置せざるを得なかったのだ。いつしか白鉄鉱の鉱脈は「鉄鉱石とは別物」と判断され、廃鉱になるまでの間、鶴嘴を振るわれることは無かった。

「でも、鉄鉱石より硬いんでしたら、普通の鶴嘴だとすぐに壊れそうです。おじさんの鶴嘴は何か特別な加工でもされてるんですか?」

 エクシールが男性の鶴嘴を指さし、不思議そうに聞いた。

「はは、これはね白鉄鉱で作った鶴嘴なんだ。知り合いの鍛冶屋に壊れにくい加工も頼んだから、こうやって採掘しても壊れにくいんだよ」

 エクシールに見せるように男性は白鉄鉱の鉱脈に鶴嘴を振り下ろした。白鉄鉱の鉱脈に小さな傷が付いたが、鶴嘴の方は壊れる雰囲気が無い。

「よし、俺たちも採掘するぞ」

 リキュアは服の袖を捲り、採掘をする体勢に入る。

「お兄さんたち、採掘道具はあるのかい? 見た感じ鶴嘴すら持って無さそうだけど」

「ああ、ご心配なく。俺たちは魔術でやりますので」

 リキュアは白鉄鉱の鉱脈の前に立つと、鉱脈に手を当てて魔術を唱えた。

「【砕けよ衝撃】」

 ドオォン!!

 瞬間、リキュアの手が触れていた範囲の白鉄鉱の鉱脈が爆発した。ピシピシと鉱脈にヒビが入り、水晶玉のような大きさの鉱石がごろっと地面に落下する。リキュアが触れていた範囲の鉱脈にはぽっかりとした穴が出来上がっていた。

「おおっ、これは凄い! お兄さん、魔術師なんですね!」

 男性がリキュアの魔術に感動し、興奮して近寄ってくる。

「いや、ただのしがない錬金術師の店主ですよ」

「そんな凄い魔術を使える錬金術師なんて見たこと無いですよ! 私も上手に魔術が扱えたら鶴嘴を振るうことも無かったのでしょうね」

「物事には得手不得手があります。俺はたまたま魔術の扱いが得意で、おっさんは鶴嘴を振るうのが得意。そう魔術が使えないからって卑下にするのは違うと思いますよ」

「おお……何か救われたような気がします」

 男性は清々しい表情になり「私もまだまだ頑張りますよ!」と言って鶴嘴を振るい始めた。

「エクシール、これと同じ大きさくらいに採掘してくれ」

「でもエクシール、今の魔術の要領が全然分からないんですけど」

「大丈夫だ。採掘しながら教えてやる」

 リキュアたちも魔術を駆使して採掘を始めた。

 初めは小さい鉱石しか採掘出来なかったエクシールだが、リキュアからの助言を一心に学んだことで、十分くらいで魔術をものにした。

「リキュアさん、エクシールも出来ました!」

 リキュアもエクシールの成長速度には驚かされ、隣で採掘していた男性もエクシールが魔術を使っていることに大層驚いていた。

 こうして白鉄鉱の採掘に夢中になっていたのも塚の間——

「うわあっ!」

「何だ!?」

 突然男性から悲鳴が立ち上がり、リキュアたちは採掘を一時中断した。

 男性は白鉄鉱の鉱脈に背を預けて怯えたように腰を下ろしている。鶴嘴を地面に落として左肩を右手で押さえており、隙間から赤色の鮮血が流れ出ていた。

 男性は自分の目の前にいる存在に向かって「来るな、来るな!」と叫んでいた。

「ぐぎゃぎゃ……」

 鳴き声とも呼べないその声の持ち主は、男性にしか目を向けていない。

 リキュアとエクシールはその存在に目を疑った。

「ゴブリン!? 何でここに……」

 人間の子供くらいの背丈に、気色悪い濃緑の肌を持っている二足歩行の生物。毛のようなものは一切無く、鋭い耳や歯から人間では無いことが窺える。四本指の手にはナイフのような銀色に光る短刀を握っており、刃から血が滴り落ちている。あの血は男性のものだろう。

 ゴブリンという種族はエクシールのような亜人種あじんしゅであり、危獣として世界から認定されている。世界各地の大陸に存在し、人や動物に危害を加えることが非常に多い。知能は殆ど無く、本能の赴くままに行動し、暗闇を好む習性がある。人間の言葉を理解することは出来ず、逆に人間もゴブリンの言葉を理解することが出来ない。

「短刀か、あれ……?」

「ゴブリンって短刀使えるんですか?」

「分からん。だが、あの形状と鋭さを見る限り人間が作ったもので間違い無いはずだ」

「じ、じゃあ——」

 ゴブリンが短刀に付いた血をぺろりと舐め「ぎゃぎゃぎゃ」と高笑いしている。

「とにかく今は考えてる暇が無い。エクシール! ゴブリン頼んだ!」

「任せて下さい!」

 リキュアはすぐに男性を介抱しようと動く。

 その時だった。

「ぎゃ——」

 ゴブリンが短刀を振りかざし、紫色の舌を見せつけて飛びかかってきた。

「う、うわああっ!」

 男性は恐怖を覚え、両腕で顔を塞いで目を閉じる。

「【薙げよ風刃】!」

「ぐぎ——」

 飛びかかってきたゴブリンの胴体が、エクシールが放った見えない刃で両断された。

 そのままゴブリンの胴体は地面にぼとりと落ち、夥しい量の緑色の血を流す。筋肉あたりはまだ意識が残っていたのか、微妙に動いていたが、やがて動かなくなった。

「あ、ありがとうございます——いったた……」

「大丈夫ですか!?」

「え、ええ……ここをやられたようですが」

 男性は押さえていた右手を離し、リキュアにその傷口を見せる。短刀で切られた傷跡は内部の筋肉までは至っていないものの、出血の量が多い。

「エクシール、昨日宿で作ったポーション出してくれ」

「はい」

 村に到着するまでに採取した薬草や水は、昨日リキュアが寝る前に全てポーションに変えていた。

 エクシールはポシェットからポーションの入った瓶を取り出し、リキュアに手渡す。

「少し染みますよ」

 リキュアは瓶の蓋を開け、ポーションを男性の傷口に注ぐ。

「うぐ——っ」

 傷口にポーションが染みるからか、男性は苦痛な表情を浮かべる。やがてその表情は徐々に薄れていった。

「おお……あの傷がもう見えません。ありがとうございます」

 男性は無くなった傷口を右手でさすり、塞がったことに感動した。

「いえ。ですが、少し鶴嘴を振るうのは止めておいた方がいいかと。塞いだ傷口が開いてしまいますから。あくまで応急処置と思って下さい」

「分かりました。明日になれば大丈夫ですかね?」

「大丈夫だと思います。今日の夜は栄養のあるものを食べ、よく寝て下さい」

「分かりました。それなら今日はもう下山しようと思います」

 男性は「よいしょ」と立ち上がり、白鉄鉱が入った籠を背負う。リキュアたちに再度お礼を言ってから去っていった。その背が見えなくなるまでリキュアとエクシールは見送った。

「…………」

 リキュアはポケットから採取用の布を取り出し、ゴブリンが持っていた短刀に付いている男性の血を拭った。鉄っぽい臭いがハンカチを包み、赤く染まっていく。

 ゴブリンは人間の血を好む。少量の血の臭いですら嗅ぎ分ける鼻の良さを持っているため、血を流した後はしっかりと拭いて処分しないとゴブリンに襲われる、と昔から語り継がれている。

 先程倒したゴブリンが短刀に付いた血を舐めて高笑いしていたのは、人間の血がゴブリンにとって美味だからである。

「【帰せよ焔熱】」

 リキュアはぼそりと魔術を唱えると、ゴブリンの亡骸が炎に包まれた。激しくゴブリンを炎が燃やすと、ゴブリンの胴体はぼろぼろに黒く炭化し、廃鉱を吹き抜ける風に流されて飛んでいってしまった。

「……後始末、ですね」

「ああ。他にも白鉄鉱を採掘しに来る人はいるだろうし、死体があったら採掘もままならなそうからな」

 炭化したゴブリンが飛んでいった方向を見つめ、リキュアとエクシールは呟く。

 リキュアは炭化したゴブリンが落とした短刀を手に取る。

 短刀は鋭い銀色の光を反射して放っていたが、刃は手入れされている様子が無かった。刃こぼれが数カ所あり、血が刃に付いて固形化しており、持ち手の部分は錆が少量出来ていた。

 刃には小さく制作者らしき人の名前が刻まれているが、固形化した血で隠されてしまっており、読み取ることは出来なかった。

「人間が作ったもので間違いなさそうだな」

「ですね。でも、何であのゴブリンはこれを持っていたんでしょう?」

「さぁな。狩人とかが落としたものを偶然拾ったのかもしれん。血の処理が為っていないのを見ると、何かしらの動物に刺してそのまま放置してたからかもな」

 ゴブリンにとって動物の血は人間の血よりあまり好まれていない。処理が疎かなのも、動物の血は舐めるに適さないからだろう。

「ひとまず、これは俺が預かる」

「はい」

 懐にゴブリンの所有物だった短刀をしまう。

「さて、気を取り直して採掘再開するぞ」

「はい!」

 廃鉱に響く衝撃音が大地を揺らす。

 リキュアとエクシールは籠が埋まるまで採掘し、一杯になったところで村へと戻った。

 廃鉱付近の警戒も兼ねて、リキュアとエクシールは数日間廃鉱に通い詰めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る