第1話 - 凄い錬金術師と凄い獣人
アドヴァス大陸の南東部に位置するネクタト王国。自然と山脈に囲まれたこの王国は、豊富な資源に恵まれている。草花や鉱石、それらを食とする動物。ネクタト王国の王国民は豊富な資源に感謝をし、国をさらに繁栄させている。いつしかネクタト王国は『
ネクタト王国の大通りにあるこぢんまりとした店舗。
名を『錬金メディル』と言う。
カランカラン。
「毎度あり」
青銅で出来た鐘が楽しそうで軽快な音を店内に響かせる。扉の先には「また来るよ」と言って店から出て行く一人の男性の姿があった。
カウンターに頬杖を付いている男性——リキュアは店から出て行った男性から貰った銀貨と銅貨を手に取って眺めていた。
錬金メディルと書かれた濃緑のエプロンの下には、泥や埃で汚れた作業に適した服を着ている。あまり整えられていない黒髪は、彼の清潔感を奪っていた。
硬貨を眺めているリキュアの隣に、温かい飲み物がカタッと置かれた。
「リキュアさん、どうしたんですか?」
「ああいや、少し汚れてるなって思って」
飲み物を置きに来た白髪の少女——エクシールは金属で出来たお盆をカウンターに置き、リキュアが眺めている貨幣を一緒に見た。ぴょこぴょこと獣人特有の頭から生えている耳が動き、尻付近から飛び出している毛皮の尻尾も同様だった。
エクシールもリキュアと同じような濃緑の錬金メディルと書かれたエプロンを着用している。その下は泥や埃で汚れていないとても清潔感のあるブラウスのような服に、シワが見当たらないひらっとしたロングスカートを着ていた。
「汚れ……ですか」
リキュアが手に持っている銀貨には、確かに汚れが見える。泥や埃のような汚れでは無く、人間の垢によるものだろう。硬貨に描かれている紋章もどことなくくすんでいた。
「銀貨が汚れてると何かあるんですか?」
「銀貨に限らず、硬貨は人から人の手に渡る物だろ?」
「そうですね」
「つまり汚れている硬貨ってのは、それだけ多くの人と人の間を行き来してきたんだよ。長旅による勲章と言っちゃあ聞こえはいいかもな」
「あっ、エクシール聞いたことあります。アドヴァス大陸よりさらに東にある国に『金は天下の回りもの』だって。お金が回るから国が回るってことですよね?」
「正解。勲章は勲章でちょっと残しておきたいと思うが、ここまで汚れてたらな勲章も台無しだ。綺麗にしておこうか」
リキュアはカウンターに汚れている硬貨と汚れていない硬貨とを分けた。
そして硬貨一つ一つに指を乗せて、何かを唱える。
「【落ちよ洗浄】」
リキュアの指先がポウッと水色に光り出し、水色の光が硬貨を飲み込んでいく。
幻想的な光景にエクシールは「わあぁ……」と無意識に感動していた。
数秒間、水色の光は硬貨から空気に溶け出すように消えていく。光に包まれた硬貨は何事も無かったかのようにカウンターに転がっている。
何事も無かった訳では無い。きちんと硬貨に何かがあった。
「凄い……まるで新品みたいです!」
エクシールは綺麗になった銀貨を手に取り、窓から差し込む太陽に光に翳した。ギラッと輝く銀貨にはさっきまであった垢の汚れが一切無い。汚れていた銀貨は太陽に翳しても反射しなかっただろうが、綺麗になった銀貨は太陽の光をこれでもかと言うほど反射している。
「やっぱり、リキュアさんの魔術はいつ見ても凄いですね」
「そんな褒められるようなものじゃ無いさ」
魔術、ネクタト王国が繁栄するのに欠かせない世界の根幹を成す奇跡の産物。今のこの世界において、魔術は人々の生活に深く根付き、無くてはならない存在となっている。その力は絶大で、今のような魔術もあれば、戦争を引き起こして厄災を放つものへと変化する。各国による平和条約が締結された今日では、戦争も起こってなければ厄災も起こっていない。
「第一、俺の魔術が凄いって言うなら、俺はお前の方が凄いと思うぞ」
「えっ? エクシールが?」
器用と言うべきか、エクシールの尻尾が「?」のように弧を描いた。
「魔術は基本人間しか使えないもんだ。だけどエクシールは俺からの教えで魔術を身につけただろ? 魔術を身につけた獣人なんてネクタト王国中を……アドヴァス大陸中を探してもいないもんだぞ」
「リキュアさん程じゃ無いですよ……」
魔術は人間が使えるものだと広く認識されている。人間には魔術を放つ際に使用する
だがエクシールは獣人が持つ高い身体能力を持ちながら魔術まで操れるという、獣人の中でかなりイレギュラーな存在だ。勿論このことは錬金メディルで働いている以上、国王に報告してある。国王からは『外部にその情報が流出しないよう十分注意してくれ』と言われた。
魔術の根幹を担う物質、それが魔素だ。分子レベルにまで小さく、水や植物、鉱物、空気といった形に紛れて世界中を漂っている。体内に魔素が入っても害は無いが、大量の魔素を一度に接種すると中毒症状を引き起こす。魔術は体内の魔素と空気の魔素の両方をコントロールすることで放つことが出来るのだ。
「それを言うなら、リキュアさんだって凄い錬金術師じゃないですか!」
「そこまで凄く無い。俺程度の錬金術師なんかこの王都中に数多といる」
「いいえ! エクシールはリキュアさん以上の錬金術師をこの王都で見たことありません!」
ネクタト王国の資源を有効活用し、人々の生活を助けるものを製作する者、それが錬金術師だ。錬金術と呼ばれる魔術を応用し、素材本来が持つ力を最大限に生かして、更なるものを製作する。リキュアは錬金術によるもの作りを人々に分かち合うために『錬金メディル』という店舗を開設した。
リキュアは手をパンと鳴らし、綺麗になった硬貨とそのままにした硬貨の両方をエクシールに渡した。自分はエクシールが入れてくれた飲み物を飲む。
「とりあえずこの話は終わり。この硬貨仕舞って置いてくれ」
「はーい」
カウンターに置いてあったお盆も忘れずに持ち、店の奥にある硬貨が入っている木箱に硬貨を入れる。この木箱には盗難防止用に魔術によるロックをかけてあるが、エクシールは特に何も難しい表情をすること無く「【開けよ錠鍵】」と言って木箱を開けた。
窓から見える太陽の昇り的にもうすぐ昼時だろう。エクシールを連れて王都にあるどこかの飲食店で昼食を取ろうかなとリキュアは考えた。
「エクシール、どこで食べたい?」
「リキュアさんにお任せします」
「はいはい」
エプロンを外そうとしたその時だった。
ガランガラン——
青銅の鐘が軽快な音では無く、少しうるさく響き、店に入ってきた人物が乱雑に扉を開けたことを証明する。
「リキュア! 来たよ!」
「はぁ……」
リキュアは頭を抱えて店に入ってきた人物を見る。
少し背丈が大きい女性だ。女性にはあまり似合わない傷だらけの鎧と防具、それに腰に携えた直剣。直剣が刺さっている鞘とは逆の腰には、泥や血で汚れた茶色の毛皮の鞄が巻かれている。鎧の腕の隙間から赤い傷が見え、切り傷を負っているようだ。それなのに本人は傷を負っている痛みを感じないのか、苦痛そうな表情を見せていない。
店の奥からカウンターに戻ってきたエクシールを見ると、鎧の女性はカウンターを越えて突然エクシールに飛びかかった。
「エクシールちゃああん! ああ……今日も可愛いねぇ……」
「わわわわわ……」
鎧の女性はエクシールに飛びかかるや否や、エクシールの頭を必要以上に撫で始めた。エクシールは困惑し、尻尾は嫌がっているような素振りを見せている。エクシールが毎朝綺麗に整えている髪と耳が、一瞬にしてぐちゃぐちゃになってしまった。
「その辺にしておけラム。エクシールも嫌がってるだろ」
ラム——ラム=サンテティエン——と呼ばれた鎧の女性は不満そうな顔を浮かべつつ、エクシールの頭を撫でる手を止めない。
「ええー、そんなこと無いよ。ねー? エクシールちゃん」
「うぅ……」
「いいから離れろ」
リキュアがラムの手を強引にエクシールから離す。ラムは「ああ……エクシールちゃん……」と悲しげにしていたが、リキュアの心が痛むことは無かった。
エクシールは折角整えた髪型が崩れたことに少し怒っているのか、ラムをむっと見て店の奥で髪型を直しに行った。
カウンターから先はリキュアとエクシール以外の人物は立ち入り禁止なので、ラムに戻るよう忠告した。
「ったく……エクシールが少しは嫌がってるの勘付けよな」
「ええー? いいじゃん」
ラムはリキュアの友人だ。現在はネクタト王国に仕える
「だってエクシールちゃん可愛いんだもん! あんな可愛い子が奴隷のような扱いを受けてたなんて今でも信じられないわ」
リキュアが盗賊からエクシールを助け出したあの日、エクシールは錬金メディルでリキュアの助手として働くこととなった。リキュアは元いた森へ返そうかと提案したが、エクシールはそれを拒んだ。誘拐されていた時に盗賊から聞いた話らしいが、あの森の村は盗賊がボロボロになるまで破壊したらしい。そのため自分には帰る場所が無い、ということでリキュアが助手としてエクシールを引き取ったのだ。
後日、ラムを含む数人の王宮兵士が村を見に行ったようだが、盗賊の話は本当だったようだ。家々は再建不可能なくらいに破壊されて燃やされ、住民だった村人の遺体が腐敗して転がっていた。王宮兵士たちにより遺体は土に埋められ、家々も完全に取り壊して『そこには何も無かった』かのように処理された。エクシールはラムからこの話をされ、覚悟していたかのようにその現実を受け入れた。
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