王立錬金工房は本日も大忙しです

真幻 緋蓮

プロローグ - 森の中で出会ったのは

 ガタン、ガタン……。

 不安定な程に私が乗っている荷台らしきものが揺れる。車輪が大きな石に乗り上げる度に、身動き出来ない私の体は大きく跳ねて頭と体を打つ。どこか舗装されていない砂利道を通っているのだろうか、それすら私には分からない。

 目は真っ黒な布で覆われ、口には布が巻かれていて話すことすらままならない。ぼろぼろな布服を一枚だけ着ていて、両手両足は縄で縛られていて完全に拘束されている。が、獣人特有の耳だけは特に何もされておらず、音だけで自分の身の周りの情景を想像出来る。

 ……木々が揺れる音に小鳥の囀り、それに私を運んでいるらしき荷台の車輪の音。どこかの森の中だろうか。

 鞭打たれた体を、ぽかぽかと温める日差しも微かながらに感じ取れた。天気は晴れ。

「——で」

 人間の声。声の抑揚からして男性のようだ。

 私は何か聞けるかもしれないと思い、耳に神経を集中させて傾けた。

「馬車は無かったのかよ、馬車は」

「し、仕方ねぇっすよアニキ。馬車は俺たちの金じゃ到底賄えねぇ額でしたし……この馬台ばだいが支払えるギリギリな額で……」

「はぁ……そうかよ」

「ほんとすんません。馬車さえあれば、こんな薄気味悪い森を通って迂回する羽目にはならなかったんすけどね……」

「俺への嫌味か?」

「ち、違います違います!」

 男が二人いるようで、上下関係があるみたいだ。重低音っぽい声の持ち主がアニキと呼ばれていた男で、若々そうな声の持ち主の男が下っ端のようだ。

「まぁ馬車の件はもういい。なんたって俺たちには」

「コイツがいるんですからね」

 私は男性たちから注がれる気色悪い視線を感じて鳥肌が立った。

「やっぱアニキは流石っすね! こんな女獣人のガキ見つけてくるなんて」

「だろ? もっと褒めてくれてもいいんだぜ?」

「よっ、アニキは世界一!」

「よせやい、照れるじゃねぇか」

 男性たちは上機嫌だ。

 それにしても、二人だけなのだろうか。もっと他にも仲間がいたはずなのだが。

「にしても、アイツらも来ればよかったのにな」

「ほんとっすね。何でも別の仕事あるからって言ってましたし」

「ほーん、そりゃあ残念なこった」

 なるほど。通りでこの二人の声しか聞こえない訳だ。

「へへっ、なぁアニキ。この獣人、どんくらいで売れると思います?」

「あの貴族サマだからなぁ……金貨二〇〇枚は超えるだろうな。がっはっは」

 そう、私は——売られる。この男たちの商品として。

 ネクタト王国領の外れにある小さな村で私は生まれて育った。森と獣人、人間が一緒に共生している平和で長閑な村だった。だけど数週間くらい前に村は盗賊に襲われて、私はこの男たちに誘拐された。その後の村がどうなったかは知る由も無い。

 その後に私に訪れたのは盗賊たちからの奴隷のような生活。体は鞭で打たれ、まともな衣服や食事も与えられず、洗脳のような教育をさせられた。そんな時、盗賊と繋がっている貴族が私を買いたいと申し出があったらしく、私はこうして売られに行く。

 私の心は既に諦めていた。

 もうあの頃のような日常は戻って来ないと。

 もう一度、あの頃の生活を送ることは出来ないと。

 口に巻かれている布を溜め息のような吐息で湿らせる。

 とその時だった。馬が苦しむような声を出して、馬台が揺れる。

「ヒヒッ!」

「おいテメェ!」

 私を運んでいた馬台が突然止まり、アニキと呼ばれていた男が声を荒げる。

 一体、何があったのだろうか。

「ああ、すまん。この道に珍しい品種の薬草が生えていたもんでね」

「んだとぉ!? テメェ、何モンだ?」

「俺? ただのしがない店主さ」

「店主だぁ!? その籠ん中、何入ってんだよ」

「これか? さっきそこの川辺で採取した薬草とミントだ。俺のご依頼人がよく怪我するアホでね、自前の薬草だけじゃ足りないから仕方なく採取しに来てるって訳」

「チッ、薬草か。そんなもんじゃ金にならんな」

「俺らは急ぐんだ、さっさと退け!」

 下っ端の男も声を荒げて、店主に威嚇する。

 このまま店主が下がって馬台が動き出すかと思ったが、店主は私の予想していたものとは違う発言をした。

「……悪いが、そいつは無理な依頼だ」

「あ? んだと!?」

 その発言に男二人は怒り出したようで、馬台からガタガタと下りた。

国際人種保護法こくさいじんしゅほごほうは知ってるか? いかなる理由があろうとも人間、獣人等の人類を売買してはならないと。その馬台に乗ってるの、獣人だろ?」

「「…………」」

「さっきの会話、少し聞こえたぞ。『高く売れる』って。これはもう立派な国際人種保護法違反だろ?」

「アニキ、コイツ殺ります?」

「ああ、久しぶりにムカついたからな」

 ザッと土を踏む音が聞こえてきた。

「死ねぇ!」

「【刺せよ氷柱】」

 店主が何か呟くと、一瞬だけ周りの空気が冷えたように感じた。

 次に聞こえてきたのはアニキと呼ばれた男の悲痛な声だった。

「い、痛ぇ……腕が……」

「あ、アニキ! テメェ、何す——」

「【落ちよ電雷】」

 スガァン!!

 ビリッと張り詰めた空気に、痺れるような落雷の音が森の中に木霊する。

 下っ端の男は威勢が無い情けない声を上げた。

「ひ、ひいっ……」

「一度しか言わん。その馬台捨てて立ち去りな」

「んだと——」

「【落ちよ電雷】」

 ズシャァン!!

 もう一度雷が落ちた。さっきの落雷より音が大きい。

「聞こえなかったか? 次は落とすぞ」

「「ひ、ひいいぃぃ——」」

 盗賊のアジトでも聞いたことが無いとても弱々しい声を森中に響かせて、男たちはどこかへ走り去っていったようだ。

 男たちが走り去ってからすぐに馬台がガタッと揺れた。恐らく店主が馬台に上がってきたのだろう。

「言ってた通りか」

 ぼそっと言うと私の手と足を縛っていた縄が解け、口に巻かれていた布と目を覆っていた黒い布が剥がされる。

「んんっ……はあっ」

 数日ぶりかに見る太陽の光は、私の目を焼き焦がすかのように眩しかった。

 振り向くとそこには、私の様子を窺っている店主の男性の姿があった。

 若そうな顔と細めな胴体。採取に出かけているからか、作業に適した服や裾には泥がこびり付いており、頬にまでその範囲は広がっていた。細そうな見た目の後ろに見える麻で出来た大型のバスケットの中には、薬草やミントといった草花が入っていた。

「あの……」

 私はお礼を言おうと口を開けたが、店主の視線は私では無く、私の体に付いている傷を凝視していた。

「ちょっと待ってな、その傷治してやるから」

「え——」

「悪い、失礼するぞ」

「きゃ——痛っ」

 店主は私の腕を優しく持ち上げた。持ち上げた時に肩にあった鞭痕が痛み出し、ズキンと激痛が全身を走る。

「うーん……この鞭痕、結構な皮質のものでやられてるな。ったく、酷いことするもんだな。まだ小さいのに」

 店主は私の腕をそっと下ろし、バスケットの中を漁り始める。

「ってなると……その傷ならすぐに治るな。深い切り傷って訳でも無いから、ミントの調合は無くてもいいか」

 店主はバスケットの中から薬草を二本取り出す。根に付いている土が真新しいことから、採取したばかりの薬草だと分かる。さらに肩から提げていた鞄から透明な容器を馬台に置く。容器の蓋をパカッと開けると、中は透明な水で満ちていた。

「ちょうど水を汲んでいてよかった。【清めよ浄化】」

 誰かに懇願するかのような言い方で呟くと、水の中に虹色に輝く魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣は数秒間、水の中でぐるぐると回転すると、力尽きたかのように儚く消えた。

「綺麗……」

 私はずっと水の中で回る魔法陣に目を奪われて見とれていた。

 透明だった水がさらに透き通って綺麗な水になったように見える。

 店主は透き通った水を薬草に少量かけて、薬草の葉の部分を念入りに洗った。根の部分を引きちぎり、綺麗になった葉の部分を透明な容器の中に投入する。

「【混ざれよ調合】」

 同じような言葉を言うと、また水の中で魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣は薬草を巻き込んで回転し、薬草が破れて千切れてぼろぼろな状態になる。それでも魔法陣は回転を止めず、さらに薬草を細かくして、とうとう目に見えないくらいになってしまった。

 薬草成分が水の中で出てきたのか、透明だった水は薄緑色に変化する。それでも透明度は失われておらず、透明な容器の向こう側の景色も薄緑色に染まっていた。

「ま、即席のポーションとしては良い出来だろ」

「ポーション……」

 私が住んでいた村でも病気や怪我を治す薬としてよく使われていたものだ。いつもは村の人が遠くの町へ出かけて買っていたから、目の前でポーションが作られた事実に私は驚きを隠せなかった。

 店主は薄緑色に染まったポーションが入った容器を持ち、私の腕を軽く持ち上げる。

「悪いが、少し染みるぞ」

 ぱしゃっと腕に付いている痛々しい鞭痕にポーションをかけた。

「——っ!」

 店主が言った通り、ポーションが腕にかかると全身を針で刺したかのような鋭い痛みが襲う。ズキズキとした痛みは次第に弱まって無くなった。

 腕にあった鞭痕は綺麗に無くなっており、私の肌が元通りになっている。

「これでいいだろ、どうだ? 痛く無いか?」

「は、はい……」

 不思議な程に全く痛く無い。村で使っていたポーションよりも効果が高いのは明らかだ。あのポーションは擦り傷を治すのに半日くらいかかっていたが、このポーションは一瞬だ。

「ならよし、残ったポーションで全身の傷も治すか。背中は俺がやるから……その、なんだ……前だけは自分でやってくれ」

「あの、あなたは一体……」

 ここで私はようやく、私を助けてくれた店主の人に問いかけることが出来た。

「俺? 俺は……ただのしがない店主であり、錬金術師さ」

「錬金術師……」

 今までの生きることすら諦めかけようとしていた私に差し伸べられた救いの手。

 これが私——エクシール=エッセンシアと、店主で錬金術師のリキュア=アルノードさんとの出会いだった。

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