海辺の守護者
突如出現した岩の魔物を、合体前に一体は完全に倒し、もう一体は核となる部分を残し破壊した二人。
脳に当たる核は拳大、心臓に当たる部分はそれよりも二回りほど小さい。
ティグは、核を一つの結界内に収めたあと、破壊した岩石の欠片や砂を少しずつ結界の中へと取り込んでいく。
すると、核の周囲に徐々に形が作られていく。
大きさが違うというだけでなく、ごつごつとしてむき出しの岩山のようだった先ほどの形状とはだいぶ印象が異なる。
「なんか土人形みたいだな。」
ティグが呟くと、もたれかかるように様子を覗き込んでいたアルが小さく頷く。
「うん…」
『お前ら、いったいなんなんだ?』
まだ形作られている途中だが、頭の中に声が聞こえた。
『二人とも魔王のようなものだ。』
ティグが応答すると、急速に形が完成し結界の中で暴れ出した魔物。
目鼻口までついているから、表情も伴い鬼気迫るものがある。
『…落ち着いて…』
アルが呼びかけると、ますます激高した様子。
ティグは一つため息をついて。
『落ち着けって。』
強制的に動きを封じた。
『離せ!離せよっ!!』
しばらく黙って様子を見ていたものの、一向に落ち着く様子がない。
ティグはアルにだけ聞こえるように思念を送った。
『アル、こいつに【絶対君主】を発動してくれないか? 俺たちが死ななければ良いことだ。』
『…わかった。』
アルはティグに言われた通り【絶対君主】を発動。
すると、驚くというよりは呆然とした顔で硬直した。
ティグはそれを見て、結界内では自由に動けるよう拘束を解く。
『…本当に魔王なのか…』
人間に酷似した土人形が肩を落として項垂れている様は、なかなかにシュールだ。
見かねたティグは、適当な服を着せてやる。
『好みがあれば言ってくれ。』
頬笑みに応じず、むしろ眉間に皺を寄せる土人形。
『…あんたは、相棒を殺した。』
ティグはその言葉に膝をつく。
『とっさのこととはいえ、申し訳なかった。謝って済むことではないし、取り返しの付かないことだ。俺が出来ることは何でもする。』
そう言って頭を下げるティグに、何も言えなくなった土人形。
『…魔王様にずっと聞きたかったことがある。』
その言葉に応じ、ティグは魔王を呼び出した。
『なんだ?』
声色そのものは変わっていないが、土人形は雰囲気が変わったことを感じ取った。
『魔王様…?』
『そうだ。
『…俺たちはずっとこの場所を守ってきた。もう、何年もずっと。七十七年毎に魔王様が復活しては人間たちに封印されるのをずっと感じてた。いつになったら魔物の世界になる? 今日こいつらが来るまで、俺たちはもうずっと長い間人間すら見かけていなかった。世界はどうなってるんだ!?』
『…すまない。』
魔王は、なんと言葉を返して良いのかわからない。
自分の目の届かないところで、魔物たちが何を思っているか、想像もしていなかった。
『謝ってくれなくていい。俺たちはずっと放っておかれたまま、ただただ言いつけを守ってこの場所を守り続けてきたんだ。それ自体を間違っているとか、不安に思ったことは一度もない。何もわからないことが不安だっただけだ。』
『…
『ちょっと魔王!何を勝手なことを!』
『問題があるか?』
アルは兄と二人の旅に水を差されることが何よりも嫌なのだ。
魔王もわかっていてわざと聞いていた。
『…ない…よ。』
『そうか…では、受け入れる。』
先ほどアルが発動したスキル【絶対君主】に応じた土人形の名はアイリ―。
ロックガーディアンと言う魔物で、岩のある場所でなおかつ境界線に当たる部分で通行を許可するか否かを見極め、敵とみなせば攻撃する。
『相棒の名前はアモンだ。その名前をあんたの胸に刻んでくれ。』
アイリ―のその言葉に、魔王とティグの精神が入れ替わった。
『わかった。しかと刻み、覚えておく。』
アイリ―はアルを崇拝し服従する立場になり、アルに命の危険があれば【身代わり】という強制スキルが発動する状態になった。
「あの…」
フィオーレが海の中から話しかけた。
「ああ、加勢ありがとう、みんな!」
ティグが礼を述べると、アルは頭を下げ。
「ありがとうございます。」
と、言った。
フィオーレが複雑そうな表情を浮かべつつ、おじに話を促した。
「ティグ様、アル様…あなた方は実質魔王として存在されている。我々にとっては共に戦い、守るべきお方だ。」
黙って頷く二人を見て、フィオーレのおじは話を続ける。
「しかし、この先は陸地を進まれるお二人についていくことが出来ません。」
地球のおとぎ話では、人魚が一時的に陸上で行動出来たりする話もあるが、この世界の人魚は海中が唯一の生息域だ。
「…我々人魚の肉を食せば、不老不死の肉体を得られます。どうか、お二人に食して頂きたい。」
驚くべき提案に、さすがにティグも驚いたほどで、アルは顔面が蒼白になっていた。
「おいぼれ人魚の私の肉では、ご不満もありましょうが…
腕を一本差し上げますから、どうかお二人で召し上がっていただけないでしょうか。」
ティグはアルの周囲に防音結界を張った。
「その提案は承服しかねる。」
怒りを含んでいた。
アルが今、肉を受け付けないという極々個人的な事情も相まっているが、自らの身を削るなど到底理解できなかった。
「私は、姪に生きながらえて欲しい身勝手な言い分を申しております。ご立腹はごもっとも。あなた様に限って、命の危機に晒されるようなことはないと信じています。しかし、何事にも可能性が全くないということはない。」
その悲し気な表情を見れば、恐らく大半の者は、過去に何か辛い経験をしたと想像がつくだろう。
フィオーレには両親や兄弟姉妹がいる様子はなく、おじにも妻子がいる様子がない。
互いに唯一の血縁者だとうかがい知ることが出来た。
だからと言って、いまその話を聞き出そうとするのは違う。
ティグはそう感じていた。
「海に迷い込む人間はここ数百年現れていないですが、魔物同士でも勢力争いや狩りは起こります。我々の天敵は、ドラゴンなのです。」
なるほど、ドラゴンの主食が人魚ならば、人魚の肉を食したことによりドラゴンが不老不死化して、ドラゴンンの血を飲むと不死身になるという言い伝えに繋がるわけか。
「海を渡っている間、一度もドラゴンは現れませんでしたよね?」
「はい、今は洞窟で卵を温めている時期です。ドラゴンは太陽の月に卵を産み、それから愛の月に卵が孵るまでほとんどずっと洞窟で卵を温めています。」
「すると、太陽の月とその前の月あたりが最もドラゴンが海上を飛び回る時期ということですね…」
「はい。ドラゴンは孵ってから飛ぶようになるまでが早く、氷雪の月の三周目あたりから子供を伴いやってきます。」
海岸近くに人間や獣人が居れば、ドラゴンに襲われることもあるだろう。
ティグは不意に思い出した。
グラウディール家の先祖に、海辺で命を落とした者がいたはずだ。
ワイバーンに襲われたという話があったらしいが、もしやドラゴンの子供だったのではないか?
王国の使節団が旅をする際に海を渡るなら、必ず黄金の月~海と空の月の間にするよう伝えなくては。
と、ティグは内心呟いた。
「いずれにしてもあなたの肉を食べるなどということは、出来ません。」
「食べやすいように、そして効果を高める方法がありますから、是非その方法で料理して召し上がってください。」
「そういう問題じゃないでしょう?」
腕を失えば、命は助かっても生活上不便が出るだろう。
ドラゴンから逃げ遅れたりするリスクが高まるかもしれない。
「…一つ試してみても良いですか?」
「はい、指だけでも召し上がってみますか?本当はもう少し量を召し上がった方が良いのですが…」
ティグは不覚にも笑いそうになった。
フィオーレのおじは、いわゆる”天然”なのだろう。
一つ咳払いをしてから、ティグは彼の腕に傷をつけた。
痛みを伴わぬよう麻痺の魔法をかけてある。
わざとある程度出血した後に、治癒魔法で傷を治す。
「ああ、治るな。」
「ティグ様?」
「申し訳ないけれど、もう少し試すよ。」
そう言って、ティグは指を切り落として治し。
手首から切り落として治し。
肘から切り落として治し。
「これは一体どういう理屈だろうね。」
ティグの手元には、指と手首、肘から先の部分がそれぞれ残っている。
そして、フィオーレのおじの腕は綺麗なまま。
「それくらい召し上がれば十分ですよ。
…しかし、まさかこんな風に治して頂けるとは…」
彼は、指を曲げたり伸ばしてみたり、手を開いたり閉じたり、肘を曲げたり伸ばしたりしている。
周囲の人魚も驚きに声を失っていたが、いまは興味津々に彼の腕を眺めたり触ったりしていた。
ティグは一先ず異空間収納に人魚の肉をしまい、アルの結界を解いた。
「兄さん!?」
一部始終を目を背けながらも見ていたアルは、ティグの両肩を掴み顔を見上げた。
少しも表情を変えないティグに、アルはわずかに声を漏らす。
「…ぁ…」
アルにはわかってしまった。
ティグの顔は、フィオーレのおじがティグに自分の肉を食べるよう提案してきた時と雰囲気が同じ。
それはつまり、フィオーレを何としても守りたいと思う気持ちで、ティグにとってはアルを守りたいという気持ちに他ならない。
ティグは既に他のことを考えていた。
さっき、アイリ―が言っていた、ずっと人間を見かけていないという話だ。
当然獣人も見かけていないだろう。
魔物たちは人間と獣人を区別しておらず、一括りに人間として捉えている節がある。
「なあ、アイリ―。」
「なんだ?」
魔王にもずっとこんな調子のアイリ―はティグはもちろんアルにとっても話しやすい。
「さっき人間を見かけていないと言っていたが、海側からはもちろん、反対側からも来ていないってことなんだよな?」
「ああ、当然だろう。」
「当然?」
「ああ。あっち側からは誰も来られないだろうからな。」
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