転生したら肉食獣人でした~探検編~

しろがね みゆ

あれから四年

 「ほんと、ルイはお兄ちゃんに懐いているわよね~。」


 愛息子の安心しきった様子を見て、ティアは妬まし気だ。

時は女神歴三八九年愛の月、第四週の三日目。


この世界は、一日が二五時間、一週間は一〇日で、一ヵ月が五〇日。

伝説にある七人の女神の名前が各月の名称になっており、一年の最初から順に、氷雪、太陽、黄金、安寧、海と空、愛、狭間。

一年間は三五〇日だ。

実際には七人の魔女なのだか、世間一般では七人の女神の伝承として伝わっている。


「弟と妹の面倒を、ずっと見てきたからかもしれないね。

それに、今日は天気がよくて、ルイは元々機嫌がよかったじゃない。」


と、ティグは応えた。


 ニコラティグ・フィルスター・グラウディール…愛称ティグには、大切な二人の弟と、二人の妹がいる。


ティアこと、レイティアは、一番歳が近い妹で、三歳差。

愛称アルのアルエルトは五歳差の弟。

ティグが十四歳の時に産まれたのが、双子の兄妹キースとウラだ。


 「あれから…四年かぁ…」


呟いたティアは、我が子を愛しそうに見つめる。


 四年前の女神歴三八五年。

ここ、リアティネス・アベリム王国が、七七年周期で覚醒する魔王の脅威に立ち向かったあの時のこと。

感傷に浸ったままのティアは、当時この世を去った命に思いを馳せていた。


魔王討伐の際、ティアの友人の長兄が有志軍に参加し、亡くなった。

当時、悲しむ友人を、ずっと励ましていたから、多感な年ごろも手伝い、友人の悲しみを自分のことのように感じていた。


幸いにも、クラウディール家の親類や近しい友人は、自身も含めほぼ全員が無事だったから、ある種の申し訳なさのような感情を抱いていた。

もっとも、前世にティグが生きていた地球であれば、とても無事とは言えない状態の者は、親類家族の中にもいた。


父のブライエンは、一時的に足を失ったし、ティグの友人であるニコライ、ギデオン、ベンジャミンは重傷を負った。

サーシャとルヴィは、幸いにも軽傷程度だった。

しかし、例え軽症だろうが無傷だろうが、誰もが多少なり心的外傷を負っていたに違いない。

そういう戦いだった。


身体の外傷や病気は魔法で治癒できる。

けれども、心の傷だけはこの世界でもどうにもならない。

最も多くの死傷者が出た最前線にいた者達なら、尚更、傷は深い。


目の前で、多くの死傷者が出たら。

その瞬間を見ていなくとも、後に広がる光景が脳裏に焼き付く。


救えなかった命は、決して少なくない。

問題は、被害者数ではない。

一人一人に家族や友人がいる。

被害者の家族や友人もまた、家族や友人を失くした被害者なのだ。


ティグの心に深く突き刺さるトゲのような事実。

あの時、魔王討伐の先頭に立っていたからこそ、もっとも多くの死傷者が出たその瞬間、ティグは目の前で起きた事の衝撃で頭が真っ白になり、為す術なく、被害の状況に気付いてすらいなかった。


あの瞬間、魔王に憑依されたのはアルだった。

ティアが友人に対して罪悪感を抱く原因の一つとなっている事実だが、誰よりも罪悪感を持っているのはアル自身。

家族は、アルの前で四年前の話をしない。


ティアにつられて、感傷的になり、ティグまでも当時の記憶を反すうしてしまった。

気が付けば、腕の中にいるルイが、今にも泣きそうな顔をしている。


『ごめんごめん、大丈夫だからな。』


言葉にこそしなかったが、表情には出た。

赤ん坊は、テレパシーのような力を持っている気がする、と、ティグは前世からの感覚をこの世界で更に強めていた。

動物の勘が働く獣人の身だから、尚更だ。


 ティグは、ルイが落ち着いたのを確認すると、片腕抱きにしてから、何も言わずに空いた手でティアの頭を撫でた。

”もう子供じゃないんだから”

などと、振り払われることも想定していたが、案外素直に受け入れられ、少し戸惑う。


しかし、改めて考えてみると、この世界では成人年齢が十五歳。

もう母親になっているとはいえ、ティアは十六歳だ。

本当は、まだまだ甘えたい年ごろか。


いや、年齢に関係なく、誰だって甘えたい時はあるよな。

と、ティグは思い直した。


「懐いているって言ったって、結局はお母さんが一番だろう?

なぁ、ルイ?」


ルイは、楽しそうに笑った。


「ティア、よかったな、やっぱりルイにとって一番は、お前だぞ。」


なぜだかまだ不満げなティアへとティグはルイを渡し、その場から離れた。


 ティアが結婚式をしたのは、今年の始め。

式の翌月には長男のルイが誕生した。


特に獣人同士の結婚では、子供が先に産まれることも珍しくない。

歓迎されることであり、いわゆる内縁関係のまま家庭を築く者もいる。

この世界には、この世界の常識があり、同性同士でも結婚できるし、養子を迎えることが可能だ。


ルイを連れて実家を訪れるのは、二回目のティア。

いま、彼女は海辺の街”グラウディール”に住んでいる。

移動には馬車で二日ほどかかるが、ティアは先月も訪れたばかり。

街の名前と一家の姓が一緒なのは、かつて貴族制があった時代に、一家の先祖が街を治めていたからだ。


 グラウディール家のかつての邸宅は、貴族制がなくなった際、国によって徴発され、集合住宅と化した。

先祖は辺境の広い土地に、残った財産を使い、自分たちが住むための家と街の皆が通える学校を建てた。

その為、貴族の立場がなくとも住人から感謝と尊敬の念を抱かれており、街の名前が”グラウディール”とされ、街の代表を任されたのである。


父、ブライエンが王都への移住で実家を出た為、弟のエンギルが家を継ぎ、代々継承してきた街の代表を、現在務めている。

ティアの結婚相手であるフィラルは、エンギルの息子で、ティグたち兄弟姉妹のいとこにあたる。


そして、グラウディール家の一室には、転移魔法陣があるのだ。

街の代表として、定期的に王都に行く機会があるからというのではない。


 ティグが転生する前、ここ、リアティネス・アベリム王国には五人の転移召喚者がいた。

七七年毎に召喚されており、いずれも地球人。

国はみんなバラバラで、持ち込まれた文化は国や時代により異なっている。


ティグ達兄弟姉妹の父ブライエンの曾祖母が、五人目の転移召喚者でイタリア人のアウロラだ。

彼女は魔王討伐後も、国政に助言をすることに熱心だった。

その為、グラウディールと王城を行き来するために使用していた転移魔法陣が、そのまま残っているというわけだ。


ティアとルイは、ティグが転移魔法陣を使い、父の実家へ迎えに行くことで、移動時間を大幅に短縮している。

とはいえ、特権のように頻繁に使うわけにもいかない。

ティグの立場上、職権乱用にもなりかねないから、転移魔法陣を使用するのは、月に一度限りと決めている。


初対面の時から、ルイが妙にティグだけに妙に懐いたから、ティアとしては不思議で仕方がない。


「なんでお兄ちゃんにはこんなに懐くのかしら?」


と、散々恨みがましく何度も直接問いかけ、更に近況を知らせる手紙に何度も書かれていた。

ティアは、ティグがこっそり転移魔法陣でルイに会いに来ていたのではないか、と、疑っているのだ。


もちろん、ティグはそんなことはしていない。

スキル【読心術】。

言葉の通り、心の内を覗き見ることが出来る。


種を明かせば簡単なこと。

自分の気持ちを察してくれる人を頼るのは、当然のことだろう。

とはいえ、明かせば厄介なことになるスキル。

だから、家族の中ではアルだけに話していた。


 気持ちを理解してくれる存在は、ティグも赤ん坊だった頃にとても欲していた。

なにしろ、動物園の飼育員だった前世、檻の開閉ミスによって虎に咬まれて死亡した上、思考は大人のまま転生。

赤ん坊の身体では、喋るための準備ができていなから、思考を言葉にすることが出来ない。

泣いてもなかなかに意図が伝わらないものだから、もどかしくてしかたがなかった。


よりによって、ティグの目の前に居たのは、トラの獣人。

もちろん、ティグ自身もトラの獣人。


獣人と言っても、この世界の獣人は見た目は人間に近い。

耳とかしっぽなどの特徴的なパーツが付属しており、体質や性質上の特性がある。

時には、獣化という特異体質の者が産まれるが、滅多にお目にかからない。


それでも、この世界での父と母の姿に、虎のシルエットが重なって見えた。

言い表しようがないほど、絶望的な気持ちになった。

後に心底大切な家族と思えるようになったからこそ、あの当時の時間を取り戻したい思いがある。

あの時、自分の気持ちを代弁してくれる者がそばにいたら、と、いう想いが何度か過った。


  スキル【読心術】は、魔王討伐の際、魔王をティグの精神世界に同居させることで場を収めた結果、使えるようになった。

いまでこそ、多くの恩恵を得たという感覚を持てるようになったティグだが、当時は身体に深刻な問題が生じていた。


魔王の精神体は、言い換えれば膨大な魔力の塊だ。

この世界では魔力が生命維持にも関与している。

取り込めば、肉体に急激な変動が起こるのは当然のこと。

ティグが魔王の精神を受け入れた後、しばらく昏睡状態になったのはそのためだ。


だが、通常ならば適応できずに魔物化するか、存在自体が消滅するほどの魔力量

にもかかわらず、ティグは外見上なにも問題がない状態で目覚めた。

今後さらなる変化が起これば、最悪、王都が内部から壊滅状態になる。


ティグの現状を把握するため、魔力と魔物化を研究している職員たちと、治癒師数名で構成された専用の研究チームが結成された。

よく調べてみると、ティグの状態はとても不安定で危ういことが発覚。

説明を聴いたティグは、ゲームでいうと進化したらLv.1のような現象だと解釈した。


過去の例を見ると、魔王に憑依された者は例外なく異形に変化し、魔王の精神体が抜けた後に死亡している。

アルが魔王に憑依されて無事だったことも説明がつかないまま、ティグは進行形で魔王の精神体と同居していて、不安定ながらも外見上元の形を保っている。

どうにも説明がつかない。


「奇跡としか言いようがない。」


と、ティグとアルを精密検査した研究員が伝えた。


ティグは一つの可能性を考えた。

ティグはもちろんアルも、わずかながら地球人の血を引いている。

それが、魔王の精神を取り込んでなお、肉体が持ちこたえた理由なのかもしれない、と。


まして、ティグは地球からの転生者だ。

地球と魔力の関係に何か秘密があるのだとすれば、ティグは超ハイブリットな存在なのではないか?


ティグはそこまで考えて、地球からの転移召喚者の血を引いていることが関係している可能性だけを、研究員に伝えた。

全てを話したら、今後も地球から転生召喚をする方が良いという話になってしまいそうで恐ろしかったからだ。


 これ以上調べられると、困ることは明らか。

そう感じたティグは、魔力を身体に馴染ませるためというもっともらしい理由をつけ、訓練と検査を同時進行することを提案。

それによって、自ずと訓練の成果を確認するような検査にシフトし、事なきを得た。


ティグは、魔王との約束を果たすためにも、どうしても旅に出る必要がある。

現状を詳しく調べることよりも、今後どうするかの方を重要視してほしかった。

もし、検査があのまま続けば、徹底的に解明されるまでどこへも行けなくなっただろう。


 研究員が露骨に不満そうにしていたものの、なんとか納得してもらうことに成功。

一ヵ月に及んだ身体的検査に一旦区切りをつけ、スキルを確認することになった。


すると、とんでもない勢いでスキルの統合やら進化やら、逆に細分化した上、最初から最高レベルに達していたり。

とにかく何が何やら意味不明。

半分以上のスキルが謎に包まれており、四〇〇歳近い魔女のアマビリスでさえも、初めて見るスキルばかりでほとんどがわからない状態。


「いっそ開き直って片っ端から発動させてみるしかないだろう。

いまお前の中で不安定な状態にある魔王の力も、スキルを使っているうちに安定するだろうしな。」


と、いうアマビリスの言葉を受け、スキルを把握して使いこなすための訓練をする日々が始まった。

当初は、半年ほどで落ち着くだろう、と見込んでいたが、結局二年にわたり訓練をする羽目になったのである。


 訓練の他にも、やることが山ほどあったから、本当に二年間も経ったのか、と、疑ったほどだ。

いわゆるブラック企業に勤めるよりも過酷だったかもしれない。

時間がいくらあっても足りなかった。


更に、忙しさの最たる原因は。


「この国からティグが離れている間にも、必要なことを正しく判断して行えるように、どうか、よくよく指導して欲しい。」


という、国王と宰相からの懇願に応じたことだ。

騎士団長など、国の幹部に対して、指導に近い助言をすることになる。

その為には、国王と宰相ほどの発言力を持つ必要があった。


ティグは、魔王討伐の功労者として国民に紹介され、宰相とほぼ同じ権限准宰相と言う役職を与えられた。

役職の名称は、ティグが決めた。

国民集会で宣言されたから、国の幹部どころか、国民ほぼ全員が知っている。


 当時、友人たちからは、面白がってティグをしばらくからかった。

わざとらしく。


「准宰相様、おはようございます!」


などと敬礼してみたり。


「ははあ~。准宰相様の言う事には逆らえません。」


などと、ふざけていた。

これは、さすがに外聞が悪いので、ティグは真面目に説教した。

すると。


「へぇ…、そういうことも、考えなくちゃいけないのか。

悪かった。」


と、随分素直に謝られ、ティグの方がバツが悪くなったものである。


サーシャとルヴィはいわゆる専業主婦。

男性陣ニコライ、ギデオン、ベンジャミンは、魔王討伐が終わった後、いずれも王国騎士団に入団し、みな王城勤務だ。

部署は違えど、食堂で顔を合わせたり、約束して昼食を共に摂ることもしばしば。

サーシャとルヴィがいないことを除けば、学生時代とあまり変わらない。

変わったことと言えば、ティグを除いてみんなが結婚し、子供が出来たことだ。


 オオカミの獣人、ニコライは、妻のことが好きすぎて、いつものろけている。

親同士が決めた結婚ではあるが、お互いが本当に好き合っていて、夫婦の近くに居ると、こちらまで幸せな気持ちになる。

今年、二人目の子供が産まれたばかりで。

「昼休みに家に帰ることが出来たら、どんなによかっただろう…」

と、嘆いている。


 ウサギの獣人ギデオンは、奥さんの尻に敷かれ、いつも。

「帰るのが憂鬱だ…」

なんて言いながらも、寄り道せず、足早に帰宅することを誰もが知っている。

子供は、五人だ。

ウサギの獣人は草食動物の獣人の中で一番身体が大きいけれど、同程度の大きさの獣人と比べて妊娠期間が短く、二百日程度。

この世界は一ヵ月が五十日だから、四か月で産まれる。

多産になることも多く、ギデオンの子供も、双子と三つ子。

更に、現在奥さんは妊娠中だ。


 リスの獣人ベンジャミンは、出会った時から猛アタックしていたルヴィこと人間のパルヴィナと家庭を持てたことが、心底幸せのようだ。

ルヴィは、昔は大いに尖っており、無遠慮な毒舌だったが、八人の子供の親になったからなのかかなり丸くなった。


ベンジャミンがリスの獣人だから子供はとても小さく、妊娠期間も短い。

獣人と人間の間に産まれる子供は、獣人特性を優位に持つ。

今後も増えるだろう。


 ベンジャミンとギデオンは、産まれつき獣化する体質だ。

獣化とは、完全に動物の姿に変身すること。

ギデオンは素早さとキック力があるから、獣化しても戦闘に向いている。

ベンは小さく小回りが利くから、諜報に向いている。

二コライは、まっすぐな性格をそのまま反映した剣士だ。


 口調こそのんびりだが、ハッキリした性格のクマの獣人サーシャ。

彼女が、常に前向きであっけらかんとしている、と、気付くのはなかなか難しいと思う。

子供が産まれたことで、ほんの少しばかり喋る速度は上がったけれど、やはり他の者と比べれば、まだまだのんびりしている。


「…来年、アルは成人だよな。」


 数日ぶりに男性陣がみな揃って昼食を摂っていると、ニコライが急に神妙な面持ちで言った。

ギデオンが、ハッとした表情を浮かべたあと、すぐに落胆する。


ティグが旅立ちを先送りにした理由の一つ。

家族と相談して、旅立ちは、少なくともアルが成人してからと決めていた。


ベンジャミンは、努めて明るく、しかし…

「俺が生きてる間に、帰ってくるよね?」

と、脅迫に近いようなセリフを放った。

リスの獣人は、人間やほかの獣人と比べて寿命が短い。


「どんなに遅くとも、キースとウラの成人の儀には必ず帰るよ。」

「双子の弟と妹か。」

と、言ったニコライに続いてギデオンが。

「いま、何歳だっけ?」

「五歳だよ。」


魔王討伐があった三八五年に、一歳だった双子がもう五歳。

今年のはじめから学校に通い始め、いまは二人とも毎日にぎやかだ。


「来年六歳で、九年後までには帰ってくるってことか。」

とニコライ。

「そこまで長くなるのか?」

続いてギデオン。

「そこまで長くはならないよ。どんなに遅くとも、だから。」

と、ティグが言うと。

「そっか。どっちにしても、寂しくなるな。」

と、ベンジャミンが心から寂しそうに漏らして、空気が重たくなった。


「手紙、書くから。」

ティグは精いっぱい明るく言うと、気持ちを汲んだ友人たちも、精いっぱい明るく応じた。


このままずっとここで、平和な毎日を家族や友人と過ごしたい、と、思う。

けれど、魔王がティグの中に居るから、どうしても旅に出なくてはならない。

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