第37話:探偵、電子の狭間へ

 風間はスマートフォンを見つめたまま、静かに指を滑らせた。悠斗への連絡を取るため、メッセージアプリを開く。


『話がある。会えないか?』


 数秒後、既読がつく。返信はすぐに届いた。


『ちょうどこっちも話したいことがあった。指定の場所を送る』


 画面には住所が表示される。都心の外れにある、人気の少ないカフェだった。


 風間は短く息を吐き、ジャケットの襟を直すと、足早に目的地へ向かった。


 ***


 カフェに着くと、悠斗はすでに席についていた。窓際の奥、周囲に人が少ない位置を選んでいるあたり、慎重さが滲んでいる。


「よお、久しぶりだな」


 風間が席につくと、悠斗はコーヒーを一口すすりながら軽く頷いた。


「風間。連絡してくるとは珍しいな。俺から連絡するつもりだったんだが……まあ、いい」


 悠斗はスマートフォンの画面を風間に向けた。そこにはいくつかの事件の記録が表示されていた。粉塵爆発、停電、地盤沈下。すべて最近発生した不可解な事件だ。


「これはお前も見たんじゃないか?」


「ああ。しかも、そのどれもが『偶然』とは言えない状況だ」


「俺もそう思う。だから、お前に調べてもらいたいことがある」


「……俺が頼もうと思っていたところだ。お前、都内に電子機器の異常や監視カメラのノイズについて詳しい奴を知らないか?」


 悠斗は一瞬考えたが、首を振った。


「いや、俺の知る限りではそういう専門家はいないな。ただ、監視カメラのノイズや停電の件は気になっていた。お前、何か心当たりがあるのか?」


「少しな。天馬 縁って名前を聞いたことは?」


「天馬……いや、知らないな。そいつが何か関係してるのか?」


「可能性はある。都内で電子機器や通信に精通しているやつだ。監視カメラの異常や停電の原因を知るには、彼女の力を借りるのが手っ取り早い」


「なるほどな……でも、そいつが協力するとは限らないだろ?」


「それは話してみないと分からん。ただ、彼女がこの件について何か掴んでいるなら、無視する理由はない」


 悠斗は少し考え込んだ後、小さく頷いた。


「……お前がそう言うなら、やってみる価値はあるかもな。ただし、慎重にな。俺たちが知らない世界に踏み込むことになるかもしれない」


「もうとっくに踏み込んでるさ」


 風間は悠斗に背を向け、カフェを後にした。


 ***


 新宿の地下にあるカフェにたどり着いたのは、それから一時間後だった。看板も目立たず、外観は普通の喫茶店にしか見えない。だが、風間は店の扉を押し、中に足を踏み入れる。


 店内は薄暗く、わずかに電子機器の稼働音が聞こえる。カウンターの奥にいる店主らしき人物が風間を見ると、無言で奥の席を指さした。


 そこには、一人の女性が座っていた。短めの黒髪、無造作に羽織ったパーカー、そして何より、テーブルの上には解体された電子機器が無造作に並んでいる。その手元では、半田ごてが小さく火花を散らしながら何かを修理していた。


「……あんたが天馬 縁か?」


 風間が問いかけると、彼女は軽くため息をつきながら、手元の作業を止めた。視線が一瞬、風間の顔をスキャンするように動く。


「誰?」


「風間。探偵だ。あんたに頼みがある」


 天馬はじっと風間を見つめ、無言のまま腕を組んだ。


「探偵ね……面白い。で、何の頼み?」


 風間はジャケットのポケットから資料を取り出し、天馬の前に広げた。


「最近、都内で起きてる異常な事件。監視カメラのノイズや停電の原因を知りたい」


 天馬は資料に目を通し、細い指で軽くテーブルを叩いた。その目はわずかに細まり、何かを考えているようだった。


「……なるほどね。面白い話だけど、タダで協力する気はないよ?」


「そこは交渉次第だな」


 風間は静かにそう言った。


 天馬 縁——この女が、この事件の核心に近づくための重要な鍵を握っているのは間違いなかった。彼女をどう動かすか、それが今後の鍵となる。


 天馬は再び資料に目を落とし、指を組む。


「交渉ね……まずはあんたの話を聞かせてもらおうか」

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