第八話 マリー・アントワネット展覧会


「今日の午前中にね、マリー・アントワネット展に行ってきたのよ」


 とある政治家の当選を祝うパーティーで会った古い友人は、私の肩を何度も叩き、嬉しそうにそう話しかけてきた。見ると、身の丈に合わぬ豪奢な服装をしている。私の記憶が確かなら、もう若くもない中年の域のはずだし、地方の小さな病院で栄養士の手伝いをしているような身分のはずなのに……。例え、中産階級の身分の人間であっても、とても手に入らないような見事なタフタのドレスを着こんでいた。宝くじにでも当選して高額の賞金でも手に入れたのか、それとも、富裕層のパトロンでもバックについたのだろうか? 彼女の頭脳や容姿や性格から鑑みれば、それはとてもあり得ないことのように思えた。知人に自慢するためだけに、長年に渡り、少しずつ蓄財して、ようやく高価なドレスを購入したとも考えにくかった。昔の記憶からすると、田舎の場末の服飾店の品でも簡単に満足してしまうような、無神経で単純な性格の持ち主だったはずである。


「やあ、久しぶりだね……。しかし、今日はすごい豪華なドレスを着ているんだね。それは、どこのブランド品なの?」


「とてもいい柄のドレスでしょう? ついさっき手に入れたのよ」

彼女はまるで悪びれない明るい表情でそう答えてくれた。


「ついさっき? いったい、どこの店で買ったの? それだけでも教えてよ」

私は彼女の説明では納得がいかずに、そこまで踏み込んで尋ねてみた。


「だからね、ついさっき、マリー・アントワネットの展覧会に行ってきたばかりなのよ」


 私の傍にいる間中、彼女はしつこくそう繰り返すのだった。彼女が何か話すたびに、次第次第にその場は静まり返っていった……。

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