第44話 諦めの悪さが長所でいいかな?
午後10時頃。玄関から物音が聞こえてきたので、自分の部屋を出て物陰から確認すると、綱嶋さんと大神君が靴を履いてどこかへと出掛けて行った。
「あの二人が一緒にお出掛け……?」
数ヶ月前の綱嶋さんは大神君のことを嫌っている雰囲気があったけど、現在の彼女にはそんな雰囲気はないように見えた。
この変化が目に見えたのは、七五三掛さんの事件が起きた日からだ。あの日、三人の会話を聞いていれば、綱嶋さんが会話の練習をしていたと言っていた。その話を聞き、表情には出さなかったけど、内心はかなり驚いていた。
ーーーまだまだ知らないことがありますね。
自分の未熟さにため息を吐いていると、背後から肩をトントンと叩かれた。後ろを振り向けば、七五三掛さんが「やっほー」と笑顔で手を振っていた。
「この時間に下にいるのは珍しいですよね?」
「ちょっと気になることがあって、ね」
「気になる…ことですか?」
「うん。 燈矢君に助言した立場として、それを見届けないといけないなと思って」
「そっ……そうなんですね」
七五三掛さんまで変化が起きている。
いままで七五三掛さんは“大神君“と呼んでいたのに、いまは“燈矢君“と呼んでいる。
彼女にも明らかな変化が起きているのは確かだ。
七五三掛さんが顔を覗き込んできた。
「茉莉花ちゃん、どうしたの?」
「何でもないよ。 それよりも助言をしたと言っていたけど、どんな助言をしたのですか?」
七五三掛さんは何かを考える表情をしながら腕を組み、数秒後には一人で頷き、唇を動かした。
「本当はオフレコなんだけど、実は燈矢君に麗奈ちゃんと親密度を上げる方法を教えたの。それを物にできるかは、燈矢君次第になるんだけどね」
「親密度を上げる方法……ですか」
どんな目的があって、大神君に助言をしたのかは分からない。でも、この一件で二人の関係性が変わる予感はしていた。いわゆる、女の勘だ。
「そっ! ここ最近は以前に比べて少し話すようになったけど、それでもまだ距離感を感じる。折角、同じ家に住んでいるのに、そんな空気感は嫌でしょ」
確かに七五三掛さんの言うことには一理ある。
同じ家に住んでいても空気感が悪ければ、周囲に伝播して重い空気になるのは当然だ。
それなら親密度を上げてもらい、重い空気から甘い空気に変わるのは賛成なのだが…。
「ライバルが増えることになりますね」
いままでの綱嶋さんは“婚約者候補“に参加はしているけど、参加はしていないスタンスだった。
それが一変して、綱嶋さんが本格的に参戦をしたら、ライバルが一人増えることになる。
ーーーただでさえ、七五三掛さんと大神君の親密度が急上昇している。ここに綱嶋さんまで同時進行をされたら、完全に私は出遅れていることになる。
この出遅れはやばいかもしれませんね。
もしもお母様やお祖母様に知られてしまったらーーー考えただけで体が震えそうです。
「まあ最後に勝つのは私だから、ライバルが増えても怖いものはないね」
余裕の笑みを見せながら言う七五三掛さん。
「わ…私だって負けませんからね!!」
私は七五三掛さんに向けて強気に言い返した。
⭐︎
家を出てから体感五分程経ったと思うけど、いまだに綱嶋さんとは一度も会話をしていない。
何度か会話チャレンジを試みようとしたけど、彼女からの話し掛けないでオーラで萎縮していた。
ーーーさすがに無言のままは気まずいよな。
そろそろランニングをしそうな雰囲気だし。
そう思い、一つ深呼吸をしてから話し掛けた。
「綱嶋さん」
「…………」
返答が来ないのは分かっていたことだ。
ここで諦める訳にはいかない。雪菜さんが俺に助言をしてのは、きっと綱嶋さんとの仲を深めなさいと言っているのだろう。決して、雪菜さんの為ではないけど、ここは頑張らないといけない。
「聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
綱嶋さんはため息を吐いた。
「その諦めの悪さに免じて聞いてあげるけど、私について来れたらね」
そう言い、綱嶋さんは走り出した。
「………マジかよ」
このままでは綱嶋さんについて行くのが精一杯で、聞きたいことも聞かずに終わりそうだ。
それでも彼女は『諦めの悪さに免じて』と言っていたから、貪欲に頑張ってみよう。
呼吸を整え、軽く屈伸運動をし、俺は目の前を走っている綱嶋さんに向けて走り出した。
ーーー雪菜さんの話の通り、綱嶋さんは陸上部だったのは間違いないかもな。距離が全然縮まる気配がないよ。
それでも聞きたいことがあるので、序盤ではあるけど全速力で走り、何とか綱嶋さんに追い付いた。
「へぇ…私に追い付くなんて凄いね」
「はぁ…はぁ…あり…がとう」
余裕そうにこちらに視線を送る綱嶋さんに対し、こちらは既にHP残量は半分近くになっている。
そんな様子を見て、綱嶋さんは笑った。
「大神君って、馬鹿だよね」
「ばっ…馬鹿とは…酷い…ね」
「私に話を聞きたいのなら家でも出来たのに、わざわざ一緒に走っているから」
綱嶋さんの言う通り、話は家でもできる。
それでも一緒にランニングをしながら聞こうと思ったのは、周囲には秘密にしていると思ったから。
「それは……他の人に…聞かれたくないと思って」
「なるほどね」
まだまだ余裕そうな綱嶋さんは返事をした後、数秒間程無言になり、そしてまた唇を動かした。
「まあ…ここまで頑張ったご褒美として、私と会話する権利をあげてもいいわよ」
「お願い…します」
体力的に限界がきていて、異論反論をする余裕もないので、速攻で返事を返した。
返事を聞いた綱嶋さんは走るペースを少し落とし、そして俺の真横に並び、唇を動かした。
「分かった。 それで私に聞きたいことは何?」
綱嶋さんは無表情のまま聞いてきた。
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