第28話 ミステリアスな女でカッコよくない?

 日曜日。私ーーー七五三掛雪菜はある人と待ち合わせをするために、眼鏡フクロウの銅像前に立っていた。周囲には私と同じように誰かと待ち合わせをしている人、通行人を観察している人、その場で休憩している人など様々な人達がいる。


 私は腕時計を見て時間を確認をする。

 時刻は午前10時40分。待ち合わせの時間から、既に10分も経っていた。あの人が待ち合わせ時間に遅れるとは考えられない、と思いつつ、念のためスマホで路線情報を確認することにした。


 ーーー特にないか。


 確認したところ路線情報には、電車が遅延していることや運転見合わせの情報はなかった。

 それじゃあ、本当に遅刻をしているだけなのか、と思っているとーーー後ろから肩を叩かれた。


「 ? 」


 背後に視線を向けると、そこには先輩さんが立っていた。少し遅れたにも関わらず、こちらに向けて笑みを浮かべながら手を振っている。


 私は先輩さんにジト目を向ける。


「先輩さん、10分遅刻ですよ」

「そんな……10分くらい雪菜ちゃんなら大目にみてくれますよね?」

「私、誰か一人を特別扱いするつもりはありません。なので、大目にみることもないです」


 私は先輩さんに向けて左手を突き出した。


「辛辣……。だけど雪菜ちゃんからの言葉なら、私は全てを受け入れるよ!」


 今日も先輩さんは全力全開だな。

 一応、先輩さんの特殊なスタイルに関しては、大神君からある程度は聞いてはいたけど、彼女に対しての評価は変わらない。尊敬できる人だ。


 未だに感傷に浸っている先輩さんの手を握る。


「雪菜…ちゃん?」

「先輩さん! 時間がもったい無いので、早速移動をしましょう!」

「…………そうだね」


 私と先輩さんは階段を上がり、地上へと出た。

 信号を渡り、繁華街の道を歩いていると、先輩さんが唇を動かした。


「雪菜ちゃん、今日は来てくれてありがとうね」

「私も先輩さんとはお出掛けをしてみたかったので、お誘いはとても嬉しかったです!」

「そう言ってくれると、私も嬉しいよ」


 そう言えば、先輩さんの名前は何て言うんだろう。大神君も彼女のことを“先輩さん“と呼んでいるから、本名は知らなそうだし。


 ーーーあれ…喫茶店のバイトの時の名札も“先輩“って書いてあった記憶が。


 これは存在しない記憶なのか。あるいは幻覚なのか分からないけど、先輩さんの名前を知らないのは事実。よし…聞いてみるか。


「先輩さんに聞きたいことがあるんですけど、聞いてもいいですか?」

「雪菜ちゃんの質問なら何でも受け付けるよ」


 言質は取れた。これで私は先輩さんの名前を知り、大神君よりも一歩先に進める。


 私は呼吸を整えて、先輩さんに視線を戻した。


「先輩さんの名前を教えてください!」

「…………」

「…………」

「…………」


 あれ…もしかして禁断の質問だったのかな。

 そうじゃなければ、こんなにも長い沈黙を普通はしないよね。でも先輩の名前は気になるんだよな。


「先輩…さん? 本名聞くのはダメでしたか?」

「ダメではないんだけどーーー」


 手の甲に顎を乗せ、遠くを見つめる先輩さん。


「その方がミステリアスな女でカッコよくない?」

「……………はぁ」

「あれ!? なんか反応が薄くない?」

「いや……なんて言いますか。 何でも受け付けるよと言いつつ、言わないのかーって感じで」

「それがミステリアス女なのさ」


 あれ…ずっと尊敬できる人と思っていたのに、いまの一言で面白い人に思えてきたかも。

 あの時、大神君が言っていたことは間違っていなかったと、数週間後に証明されるとは。


「分かりました。 本名を聞くのは諦めます」

「そうしたまえ。 私のことは“先輩さん“と好きなだけ呼ぶといいぞ」

「………分かりました」


 渋々返事はしたけど、やはり本名は気になる。

もし本名を知る手段があるとしたら、身分証明書などが見れたらいいのだけど……無理があるよね。

 そもそも身分証明書は財布の中にある可能性が高いから、絶対に見ることは不可能に近い。


 ーーーこれは時が来るまで待つしかないかな。


 何事も上手くいかない気がして、小さくため息を吐いていると、先輩さんが口を開いた。


「ねぇねぇ、あの服を雪菜ちゃんが着たら、超絶可愛いと思うんだけど」

「どれですか?」

「あそこの標識近くに立って、お店の宣伝をしている女の子だよ」


 先輩さんが指差す方に視線を向けると、そこにはメイド服を着た女性が立っていた。


「確かに私が着れば可愛いと思いますよ」


 メイド喫茶の公式メイド服になるから、私が可愛くなるのは当然だ。まだ一度も着たことはないけど、実物を見ると着たくなるな。

 

 それに絶対領域はいいね。あれで大神君のことを誘惑したら、大神君はどんな反応をするんだろう。


 先程までモヤモヤしていたことが一気に吹っ切れて、いまは大神君をどんな風に揶揄おうかで頭がいっぱいになっていた。ニヤニヤが止まらない。


「もしかして自分の姿を想像して、ニヤニヤが止まらなくなった感じかな?」

「 !! 」

 

 先輩さんの言葉で顔が急に熱くなった気がした。

 

「そ、そんなことはありませんよ。 配信活動をする前にコスプレ姿を想像はしているので、こんなことで口元は緩むことはないですからね」

「それじゃあ、どうしてニヤニヤをしていたの?」

「それは…秘密です!! 先輩さんだって隠し事が多いのですから、私にも秘密にしたいことは言わなくてもいいですよね?」 


 もし理由を教えたら、そのことが先輩さんから大神君に筒抜けになる可能性がある。無かったとしても、先輩さんだって隠し事をしたのだから、私にもその権利はあるはずだ。

 

 先輩さんは口を尖らせた。


「むぅ〜!! それを言われたら、何も言えないぞ」

「文句は言わせませんからね?」

「文句は言わないから、雪菜ちゃんのサイン入りグッズを貰えたら我慢します」

「…………」


 この人……できる。まさか口止め料的な感じで、私のサイン入りグッズを求めてくるとは。

 それくらいは別に構わないのだけど、これだと私だけ損をしている気がする。私も先輩さんから何かしら貰えないか……聞いてみるか。


「サイン入りグッズですね。後日でも大丈夫なら、いくつかお渡ししますよ」

「ありがとうございます!! 家宝にします!!」

「その代わりなんだけど、私にも何かしら得になるような物をくれない? あと家宝は真面目な物にした方が子孫は嬉しいと思うよ」

「そうですね………。 ドリンク一回分無料券とバイト中の大神君の写真なんてどうかな?」


 ドリンク一回分無料券か…。私としては得になるかは微妙だけど、大神君の写真は価値があるか。


 まあ価値があると言いつつ、特に深い意味はないんだけどね。


「うん。それでいいよ」


 私は親指と人差し指で丸を作った。


「雪菜ちゃん、ありがとうね」

「そんな気にしなくていいから」


 それから世間話をして歩いていると、あっという間に複合施設ビルへと着いた。

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