第12話:端緒の人事

視察終了後、三人は統合作戦本部に出頭し視察レポートをまとめ上げた後に帰隊し、一か月ほどそれぞれの職務に精励していた。

往国歴2245年7月1日午前10時、執務室の壁に掛けられた時計がクラシックのメロディーを奏でる中、三人のPCそれぞれに一通のメールが送られてきた。


とある人事の命令書である。


通常であれば、形式上とは言え内示による打信が行われた後に、正式な公示が7月中旬に行われ、そこで組織改編を含め大々的な発表があるのが毎年のセオリーではあるはずだが、今回はそれをすっ飛ばして異動の命令が飛んできたのだ。

デスクの前で思案していたキャメルのPCにラークとアヤメからのグループMTGミーティングの着信が軽快な機械音とともに表示される。キャメルがディスプレイをタップしてMTGの画面を開くと、やや硬い表情の二人が画面に現れた。


「元気でやってるか、キャメル?」

「元気してるー?」

普段二人は『元気に【してる】や【やってる】』と言った単語を会話の最初から使わない。明言しているわけではないが、暗に他に言いたい事がある時に自然と三人で使うようになっていった言葉だ。通信傍受対策でもある。

「おかげさまで。どうだ?これからちょっと飯でもいかねぇか?」

「キャメルのおごりがいい!肉で!」

「ざけんな、自分で金出して食え!」

「けちー・・・」

「いいから、どこの店に集まる?」

ラークの問いにキャメルが沈思する。

「・・・とりあえず今からいつもの場所に集合・・・『2』で」

『了解』おざなりな敬礼と共に二人がMTGから退出すると、キャメルも身支度を整え二人と再会するために執務室から出て行った。


30分後、三人は歓楽街であるバークレーズ通りの一角にある、『ローヤルアークRoyal Ark』に集まっていた。

ここはエルフィン南方海洋同盟首都島であるエルフィン島にある首都カナビスCANABISのメイン通りであるカナビス通りCanabis stにある軍御用達の完全個室・防音の飲食店である。

夜はワインと蒸留酒が売りの居酒屋だが、昼は軍民問わず手ごろな値段のランチを提供している。おすすめはグリルチキンとタコの唐揚げプレートセットだ。スープとお替り自由のライスがついて500デニルと言うお手軽価格。尚、100デニルあれば自販機で缶コーヒー1本が買える。ちなみにこの世界では当たり付ルーレットのある自販機が大人気だ。

キャメルとラークはプレートセット、アヤメはもう一つの自慢である新鮮な魚介を使った特大海鮮丼(700デニル)を注文。


元々生魚を食べる文化が無かったこの世界に、サモンズの漁師や料理人たちが鮮魚文化を持ち込んだことが始まりだと言われている。

酢や調味料を混ぜ込んだ米を握って刺身を乗せた握り寿司に、ノリや葉物野菜で巻いた巻き寿司、皿に盛った米に魚介や刻んだ野菜を乗せたチラシ寿司も『ニギリ』『マキ』『チラシ』と言葉が定着して世界的に人気のあるメニューとなっている。

ちなみに、生魚文化を持ち込んだサモンズの寿司職人や漁師達は畏敬の念を込めて、『イタマエ』『イタチョウ』『センドウ』と呼ばれ、今でもその称号と正当な技術を継承する漁師がとってきた魚とこれまた技術を継承するシェフが作るニギリとチラシだけが正式な『スシ』と呼ばれている。

ここローヤルアークでは技術を継承した実力派シェフの割にお得な価格のランチを提供してくれるのがありがたい。


他愛もない会話をしているうちに料理が運ばれ、三人ともがっつき始めた。軍隊育ちの彼らは普段から体を酷使する為、かなりの大飯喰らいだ。おまけに時間にせかされる訓練生活が染みついており、食べるのも早い。

物の10分で全員が食べ終えると、200デニルを追加して食後のデザートとコーヒーをつつきながらいよいよ本題に入った。


「・・・で、お前たちはどこだ?」

キャメルの問いに二人は顔を見合わせる。

「と、いう事はだ。キャメル、お前さんは既に・・・という事か?」

「そうだ」

「アヤメ、お前もか?」

「そうよ、もちろん。」

「・・・」

一瞬の沈思の後、ラークが口を開く。

「カールトン先生の所だ」

「・・・何となくそんな気はしていたよ。アヤメは?」

「同じく」

肩をすくめやれやれと言う感じでアヤメが苦笑する。


「となると、三人とも同じか・・・」

キャメルのつぶやきにラークが反応する。

「揃って第一艦隊とはな。恐らくだが、先生が希望したのだろうな。それで、二人の役職は?」

「俺は第一艦隊配属と共同での活動になる第二師団に転属になった。今までの様に海軍の戦力に依存するのではなく、独自の海洋戦力を持つ陸軍になる・・・と聞いている。他にも陸海軍からかなりの数が異動しているんだと。」

「私は中佐に昇進して陸軍と同じく第一艦隊と共同編成の第一海兵隊。編成についても、陸軍と同じく独自の海洋戦力を持つみたい・・・詳細は分からないけど。ラーク、貴方は?」

「俺は、第一艦隊の司令部付きの次席参謀と聞いている。中佐で・・・?とは思うがね。普通は大佐級だからな、大将の次席参謀は。」

「なるほど、でも三人共細かい話はまだ来ていないのね・・・普通の人事だとありえないわよね。命令と同時に出頭日も指定されるけどそれもなかったし。」アヤメの問いに二人がうなずく。


「確かにな、後日出頭し所属の詳細が説明される事もないわけではないが、今回はとにかく人材集めに走ったと言った様子だな。どう思う、キャメル?」

「まぁ、相当急いでいる事とメルセリアの動向が思ったより切羽詰まっているのかもしれん・・・という事ぐらいかなぁ。予測できるのは。」

「恐らくそんな所だな、まぁあーだこーだと話していても仕方ないので、出頭命令を待ちますか。急いでも仕方ないし。」

「だねー、後は出頭すればカールトン先生が説明してくれると思うし、私たちは待つしかないよね。」デザートのミニイチゴパフェの最後の一口を食べ、コーヒーを飲み干しアヤメがコーヒーカップを置いた。


「そうだな、まぁ俺達が一緒に働くのも久しぶりだからな、これからまたよろしく。」

ラークがそう話すとキャメルがふと思い出したように話し出した。

「そう言えば、以前俺達が揃って働いたのは三年前の第五艦隊所属の時だったな・・・」


「あぁ」「そうね」


記憶のページがそよぐ様に捲られ始めた・・・

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