第8話
ラインハルトとの暮らしは、穏やかそのものだった。
(自分だけの時間がもらえるなんてっ……! 最高だわ!)
シャルルと暮らしていた時には伯爵代理としての仕事が多く、寝る間も惜しんで仕事をこなしていたのだから無理もない。
「晩餐会でのお披露目までは表に出なくて良いって言われてるし、お暇を堪能させてもらおうかな」
マリアーヌは読みかけの本を手に取り、お気に入りのテラスへと移動した。
綺麗に手入れされた中庭を見ながら本を読むのが日課になりつつある。
パラパラと本をめくると、小さな紙がハラリと落ちてきた。
「何かしら? ……シャルル様の字だわ」
紙には元夫の字で数字がいくつかと星や四角などのマークが書かれている。
右下には小さく「シャルル・カッセル」とサインまで書かれていた。
「領収書にしては不明確だし……」
それでもサインがしてあるということは重要な書類かもしれない。
どうすべきか悩んでいたマリアーヌは人の気配を感じてふと顔を上げた。
中庭にラインハルトがいたのだ。
「ラインハルト様、少しよろしいですか?」
「どうした?」
「私の本にカッセル伯爵のメモが挟まっていたのです。カッセル家の本棚に置いていたので誤って挟んでしまったのかもしれません。もしお会いすることがあればお渡ししてもらえますか?」
引きこもっているマリアーヌより、ラインハルトの方がシャルルに会う確率は高い。
それにマリアーヌはシャルルと顔を合わせたくなかった。
(ラインハルト様なら王城とかで会うはずだし)
そう思ってメモを手渡すと、ラインハルトの顔色がさっと変わった。
「これは……どこに挟まっていたんだ?」
その声は聞いたこともないほど低く、冷たかった。その上鋭い眼差しがマリアーヌを突き刺している。
(目の前の恐ろしい人は誰?)
マリアーヌはラインハルトが『冷酷公爵』と呼ばれていたことを思い出した。
「この本です……」
震える手で本を手渡すと、ラインハルトはハッとした表情をした。
「すまない。紙はカッセル伯爵に必ず渡そう。この本も借りて良いだろうか?」
少しかがんでマリアーヌを見上げたラインハルトは、もう恐ろしい顔をしていなかった。
シュンとしたような、申し訳なさそうな表情をしている。
「はい……構いません」
「ありがとう」
ラインハルトは本とメモを受け取ると、その場から立ち去ろうとした。
「待ってください!」
マリアーヌは思わず彼の裾を掴んだ。
「危ないこと、してないですよね?」
「マリアーヌ……」
「王命でも何でも、危険なことはしないでくださいね!」
マリアーヌはそれだけ言うと、その場から逃げ去った。
「はぁ……」
自室に戻ったマリアーヌは深いため息をついた。
「なんであんなことを……」
ラインハルトの様子がおかしくなって恐ろしかったはずなのに、マリアーヌには恐怖とは別の感情が芽生えていた。
「また倒れたらどうするのよ」
マリアーヌの独り言は静かな部屋に吸い込まれていった。
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