第6話
翌日、マリアーヌは朝からベイガー家の客間にいた。
父に「さっさとご挨拶をしてこい!」と追い出されてしまったのだ。
こんな事前連絡なしの訪問にもかかわらず、名乗ったら丁重に受け入れられた。
(さすが公爵家。使用人たちの教育も行き届いているのね)
「もう間もなく旦那様が参られますので、少々お待ちください」
「押しかけたのはこちらですから。お構いなく」
執事長らしき年配の男性が丁寧なお辞儀をして去っていった。
広い客間は、美しい調度品が置かれており掃除も行き届いている。
格式高い屋敷は細かい部分から違うのだな、と感心しながら眺めていた。
コンコンコン。
カチャ。
「あっ……!」
ノックとともに入って来た男性を見て、マリアーヌは思わず息を呑んだ。
「一日ぶりだな」
楽しそうに微笑む男性こそ、先日助けた彼だったのだ。
「あ、貴方がベイガー公爵?」
「やっぱり俺の顔を知らなかったのか。俺がラインハルト・ベイガーだ。よろしく」
「……体調はよろしいのですか?」
「おかげさまで。本当に助かった」
どうやら本当に彼がベイガー公爵なのだ。
(この人が冷酷公爵? 噂と全然違うじゃない)
もっと屈強で恐ろしい男を想像していたマリアーヌは、呆気にとられていた。
「ここに来たということは、俺との結婚を受け入れたんだな」
「断れるはずありませんわ。それより本当に結婚する気ですか?」
マリアーヌの質問に公爵は首を傾げた。
「当たり前だろう? でなければあんな手紙は出さない」
「だって……ご存じの通り、私は子爵家出身ですし、離縁された身ですよ?」
「知っている」
「じゃあどうして……」
噂通り王命だとしても、もっとマシな相手がいるはずだ。
マリアーヌには本当に理解できなかった。
真剣な表情で問いかけるマリアーヌに、公爵がゆっくりと近づいてくる。
そして、そっとマリアーヌの左手を取った。
「そうだな、昨日のアルムの実が美味かったからかな」
「……はい?」
難解な回答にマリアーヌが頭を悩ませていると、公爵が薬指にそっと指輪をはめた。
「さて、これで君は俺の妻だ。仲良くしようじゃないか」
(この人、全然読めない)
楽しそうに笑う公爵を前に、マリアーヌは目を白黒させるばかりだった。
「今日からここで暮らせばいい。出戻りでは実家の居心地が悪いだろう?」
マリアーヌはなし崩し的に公爵とともに暮らすことになっていた。
「懐中時計を返す? とんでもない。君へのお礼なんだ。気に入らないなら別の物を全力で用意するが?」
「持参金? 金はこちらで用意するから必要ない」
「荷物が少ないな。今日の夕方に隣国の商人と服飾店の店主を呼んである。好きなだけ買うといい」
「二週間後にある王家主催の晩餐会で陛下に君を紹介するから、準備をしておいてくれ」
マリアーヌが呆然としている間に話がどんどん進んでいってしまったのだ。
気がつくと日も暮れて、今日一日が終わろうとしていた。
(待って待って、ちょっと一回落ち着きたいんですけど。でも……もう、頭がはたらかない……)
疲れ切ったマリアーヌは、用意された部屋で倒れるように眠ってしまったのだった。
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