第三者の視点で紡ぐアイドルのお話

碧居満月

憧れのアイドルと推し活と野外ライブと 前篇

 滝沢たきざわしょこら、十六歳。千年に一度の美少女と言われ、数え切れないほど多くのファンを獲得する人気アイドルだ。

 定員数、一万人のライブチケットは、ネットで販売開始と同時にソウルドアウト。会場の規模によって定員数は変動するものの、有料のファンクラブ会員になっていても、しょこらのライブチケットを購入するのは至難の業である。

 もっか、夢野林檎ゆめのりんご名義で、女児向けのマンガ雑誌『シュシュ』にて少女漫画を連載している篠原しのはらさくらはこの日、しょこらの野外ライブに参加するため東京都内の会場にいた。

 通常よりも多く配置された警備員、そして私服の警察官が会場内を巡回し、厳重に警備する最中、定員数一万人の野外ライブに合わせて、会場となる東京タワーが美麗にライトアップしている。この東京タワーを背に、ステージに立つしょこらがうたうのだ。

 ファンクラブ会員になると、ライブチケットや限定グッツを先行販売により購入することが出来る。

 むろん、しょこらのファンクラブに入っているさくらもその対象になるのだが、抽選に当たらなければ購入することが出来ない。そして今回、運良く当選し、見事に前列の、比較的観やすい位置のチケットを手に入れた。一度も当選をしたことがなかったさくらにとって、一生の運を使い果たした瞬間だった。



 手荷物検査に加え、ここは空港内かと思わせるほど厳重なセキュリティチェックを経て会場内に入るとさくらは、推しであり、憧れのアイドルに会えるとうきうきした足取りで、特設会場に向かうと限定グッツを購入。同級生の沖田剣次おきたけんじを呆れさせた。

「ライブグッツを買うのはいいけどよ……限度ってものがあるだろう」

「そうね……今度から、気をつけるわ」

 購入したグッツでパンパンの紙袋を両肩に一つずつ提げながらも小言を呟いた剣次に、同じく、両肩に一つずつ紙袋を提げたさくらはそう、ばつが悪そうに返事をした。そうして隣接するライブ会場へと戻った二人は、細谷健吾ほそやけんご、まりん夫妻と合流したのだった。


 さくらと剣次はもっか、私立夢見ヶ丘ゆめみがおか中学に通う、十四歳の学生。二人とも身寄りがおらず、保護者的存在となる矢井田やいだ氏の自宅にて一つ屋根の下に暮らしている。どうしても外せない用事につき、不在中の矢井田氏に代わり、彼と知人関係にある細谷夫妻が二人の付き添いとしてライブ会場に来ていた。

「この時ほど、(金銭面で)人気漫画家で良かった~って思うわね。でなければ今頃ここに来ることもなかったし、これだけたくさんグッツを買うこともなかったから」

「そもそも……滝沢しょこらと面識があるなら、本人から直接、ライブチケットを譲ってもらうことも出来たんじゃ……」

「なに言っているのよ! しょこらちゃんからもらうならまだしも、私からあなたを応援したいから、野外ライブのチケットちょうだい! ……なんて、言えるわけないじゃない。『親しき仲にも礼儀あり』よ。それに……今の私は漫画家じゃなくて一般人、しょこらちゃん推しの、ファンの一人だからそのつもりで」

「よくゆーぜ……」

 十四歳の子供のくせに、一人前の大人のような発言をするさくらに、気にくわない顔をして剣次がぼやいた、その時。

「……っ!」

 不意に、何かの気配を感じ、はっとした表情で剣次がその方向に視線を向けた。

「なぁ、さくら……」

 今度はさくらの方に視線を向けた剣次が、やや険しい表情でこう問いかけた。

「もし、お前がストーカーだったなら、これからライブが始まるこの状況、どう思う?」と。


***


 今から三ヶ月前。未明に自宅付近の路上で、人気アイドルが何者かに刺される事件が発生。犯人は未だ捕まっておらず、警察が行方を追っている。命に別状はないものの、人気アイドルに重傷を追わせた犯人は、一年前から彼女につきまとう悪質なストーカーだった。

 アイドルと言えば、個人だったり、二人以上でユニットを組んだり、グループを結成したりと幅広い形態に加え、ペンライトや持参した、手作りうちわなどで応援するファンと一緒に、キラキラした華やかなステージで笑顔をふりまきながらうたって踊る印象がある。

 それだけではなく、新曲が出ればそれを宣伝するためにテレビやラジオなどに出演したり、握手会やサイン入りのCDを、会場に訪れたファンの一人一人に直接手渡すイベントが開催されたりもする。その他にもファンと一緒のバスツアーなど、自身のファンを大事にしながらも、アイドルの仕事は多岐に渡るのだ。


 音楽界の第一線で活躍する人気アイドルは、それなりの覚悟と、血の滲むような苦労を重ねている。グループの、リーダー的存在の人となると、グループ全体にかかる重圧も加わるので責任の重さは計り知れない。

 だからこそ、SNSやライブなどで見聞きする、ファンからの愛溢れる、温かい声援メッセージは心の支えとなり、活力へと変わって行くのだ。

 むろん、これらの解釈は全て、アイドルとは無縁の、第三者いちファンの視点から見たアイドル像である。真のアイドルとは何か、その答えは、自分自身が実際にアイドルになってみないと分からないことだろう。



『推し活代』にあてるため、毎月決まった額を貯金し、全国つつうらうらでライブやイベントがあればなにがなんでも推しに会いに行く。グッツやペンライトを購入し、手作りのうちわ持参で力の限り推しに声援を送る。そんな、健全なやり方でアイドルを推すファンがいる一方、自身の行いが犯罪レベルの間違いであることに気付かず、それを『身勝手に』正当化する迷惑な輩がいるのも事実である。とりわけ、自身が好きになったアイドルにつきまとうストーカーは非常に危険で厄介だ。

 被害者である滝沢しょこらは、事件が起きた、三ヶ月後に迎えた自身の野外ライブに出演する。それが彼女の、アイドルプロ歌手としての意地とプライドであり、自身を応援してくれるファンのため、野外ライブを中止にしたくないという強い気持ちの表れだった。


 最初はライブを中止にすべきだと反対した関係者達も、ストーカーに絶対屈しないと、しょこらの強い意思表示に負け、開催日のギリギリまで協議を重ねた結果、最終的にはしょこらの意思を尊重し、東京都内で野外ライブを開催する運びとなった。

 しょこらの公式サイトにて、ファンクラブ会員限定で公開されていたその経緯と詳細を、剣次と一緒に確認したさくらは全力でしょこらを応援するため、先行販売の抽選に応募、野外ライブのチケットを手に入れたのだった。


***


「……私がもしも、ストーカーだったなら……愛する人のために、ぶち壊したいって、思うでしょうね。それが、自分が愛する人を傷つける、最低な行為とも思わないで。けれど、なんでいま、そんなこと――」

 不意に尋ねられ、剣次を不審に思いながらも返答したさくらはそこではっとする。

「まさかと思うけど……しょこらちゃんを狙うストーカーが、会場内にいるなんてこと……」

「その可能性がある。たった今、感じたからな。猛烈に突き刺さるような視線とともに……まるで、これから殺戮が起きそうな、とてつもなく嫌な気配を」

 険しさを増す剣次の顔につられてさくらの顔も険しくなった。

「本当は、すぐにでもスタッフさんに言うべきなんでしょうけど……そんなことをしたら、ライブ自体が中止になりかねないわ。ねぇ、剣次……私達で、なんとかならないかしら」

「そうだな……要は、じゃなくなれば、会場内にいる観客やスタッフなどの関係者に姿を見られることもなくなるから……よし、俺がなんとかしてやるよ!」

 しばし思案した後、不意に閃いた剣次は気さくにそう言うとウインクしたのだった。

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