第7話 元カノのお姉さんとして

「ふふ、気持ちいい?」


「はい。もう何時間でも膝枕してほしいです」


「もう、本当甘えん坊さんだね。その……奈々子にもこういう事、やってもらったの?」


「いえ、膝枕はないですね」


 由乃さんの膝枕は、本当にふかふかで気持ち良く、何時間でもやってもらいたかった。


 しかし、ここは公園なので、あんまり長くやっちゃうと由乃さんも疲れるだろうし、人目もあるので、この辺にしておこうかな。


「ありがとうございます。もういいですよ」


「いいの? ここで寝ても良いのに」


「はは、それはまたの機会にしましょう。んーー、良い天気ですね。今度は俺が膝枕しましょうか?」


「んもう……嬉しいけど、ここだとちょっとスカートが汚れちゃいそうだから……」


 むう、残念だな。


 しかし、由乃さんとのデートは本当に楽しいな。


 こうやって甘えさせてくれるのは奈々子とは違う所だ。


「じゃあ、そろそろ行こうか。何処か行きたい所、ある?」


「あ、そうですね……一旦、街に戻りましょうか」


「うん」


 公園も一通り見て回ったので、取り敢えず、公園を出て街に戻る事にする。


 ここにずっと居ても良いんだけど、由乃さんと色々な所を回りたいのだ。



「わあ、これ可愛いね」


 駅前にあるゲーセンに入り、クレーンゲームの景品のぬいぐるみに目を輝かせる由乃さん。


 よし、ここは俺が取って……。


「早速、やってみようと。あの猫ちゃん、絶対にゲットするんだから」


「あ……」


 俺が取りましょうかと言う前に由乃さんがお金を入れてしまい、クレーンゲームを操作し始める。


 うーん、ちょっと残念だが、


「きゃー、取れた! 見てみて、可愛いでしょう♪」


「おめでとうございます。クレーンゲーム得意なんですね」


「得意って程じゃないよ。たまたまだって」


 たまたまだろうが、一発で取れたのは凄い。


 操作を見ていた限り、結構手馴れている感じもあったが、もしかして結構やり込んでいる?




(それにしても……)


 こうしてはしゃいでいる由乃さんも可愛いなあ……普段は落ち着いた雰囲気の人だけど、こういう子供っぽいところも可愛すぎる。


「あ、ごめんなさい。何か、一人で盛り上がっちゃって」


「いえ。こうして喜んでいる由乃さんも可愛いなって思いまして」


「~~っ! も、もう……大人をからかうんじゃありません」


 つい正直にそう言ってしまうと、由乃さんは顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまう。


 ヤバイ、こんな仕草も可愛すぎるぞ……これは凄まじい破壊力だ。


 奈々子も可愛いと思っていたが、由乃さんはその比ではない。


 こんな女性が今まで付き合っていた男がいないなんて、嘘だろと思いたいが……そうであるなら、俺が最初で最後の男になってやると決心したのであった。


「ほら、陸翔君はやらないの?」


「はは、やりますよ。じゃあ、俺も由乃さんと同じの取れるように頑張りますね」


「うん、頑張って」


 由乃さんに急かされて、俺も由乃さんと同じクレーンゲームに挑戦する事にする。


 しかし、俺はあまり得意ではないので、なかなかうまく行かず、残念ながらおそろいのぬいぐるみを得る事は出来なかった。




「はあ……上手く行かないですね」


「ドンマイ。そんなに落ち込まないの。ぬいぐるみなんかで、お金を使い過ぎちゃもったいないよ」


 結局、何回か挑戦したのに、由乃さんと同じぬいぐるみは取れず、溜息を付きながら、店を後にする。


 由乃さんはそんな俺を慰めてはくれたが、そんな優しさも微妙に身に染みるな……。


「こんなに遊んだの久しぶりかも。誘ってくれてありがとう」


「楽しんでくれて、よかったです。あの……また一緒に……」


「うん、もちろん。今度は何処に行こうか?」


 ああ、この天使のような笑顔……これが俺にだけ向けられていると思うと、夢みたいだ。




「今日は楽しかったよ! また行こうね」


「ああ。今度は何処に行こうか?」


「うーんとね……観たい映画があるから、陸翔と一緒に行きたいな」


「そっか。じゃあ、ネットで予約しておくか?」


「――っ!」


 由乃さんの笑顔を見て、奈々子との記憶がまた頭にフラッシュバックする。


 くそ、あいつも今の由乃さんと同じような事、そして同じような笑顔を俺に向けていたんだっけ……。


 というか、俺をフった何日か前の日曜日にもあいつとデートをして、今の由乃さんと同じような事を言っていたんだよな。


 それなのに、他に好きな男が出来ただと?


 ちょっとおかしいだろ、奈々子の奴……まさか、あの時、既に今の彼氏と浮気していたのか?


 別に喧嘩をしてたわけでもないんだから、そうとしか思えない。



「どうしたの?」


「い、いえ……何でも……」


「あ、やっぱり奈々子の事……」


「ち、違い……ませんけど、その……あいつに未練があるとかじゃなくて、やっぱりその……由乃さんと奈々子、似ている所あるなって思っちゃって」


 あんまり誤魔化すと、逆に由乃さんに不信感を持たれそうなので、正直に答える。


 奈々子とヨリを戻したいとか、そんな考えは微塵もない。あいつの方から言っても、断ってやるさ。


「そう……ごめんね。奈々子にも何度か注意はしているんだけど、あの子、何人もの男子と付き合っては別れてを繰り返していて……前に家で彼氏と怒鳴り合いの喧嘩をしていることもあったから、いずれは変な事件に巻き込まれないか心配してて」


「う……」


 ああ、やっぱりそういう事があったのね。


 とはいえ、俺も頭に血が上って、奈々子の家にまで押しかけちゃったからな……もし、由乃さんに会ってなかったら、闇落ちしていたと思うと恐ろしい。



「あの、この前はすみませんでした……由乃さんにも心配をかけさせてしまって」


「え? 陸翔君が悪いわけじゃないよ。別にあの子が嫌がるような事は何もしてないんでしょ」


「多分……あいつがどう思っていたかわかりませんけど、喧嘩とかはしてなかったです」


 俺の方に問題があったのであれば、直接言ってくれれば良いのに、そういう不満は一切、俺には口にしてなかったからな。


「うん。陸翔君がショックだったのよくわかるよ。前にあなたを家の前で見た時、ちょっと怖い顔をしていたから、どうしようかと思ったけど、話してみたら、凄く優しそうな人だなって思ったから……」


「と、とんでもないです……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 奈々子というよりは、由乃さんに余計な心配をさせてしまったので、俺は何と浅はかな行動を取ってしまったんだろう。


 まあ、あの時は彼女のお姉さんとしか思ってなかったんだけど、まさか由乃さんが俺の彼女になるなんてな。


「いいの、いいの。じゃあ、もう遅くなりそうだし、今日はこの辺で……」


「あ、はい。それでは……」


「うん、またね。ちゅっ♡」


「――!」


 帰り際に由乃さんが俺の頬にキスをし、その瞬間、ドキッと胸が熱くなる。



「い、今はこれくらいで……じゃあね」


「あ……はい」


 俺の頬から顔を離すと、由乃さんは顔を紅潮せて、走り去る。


 そんな彼女の背中を俺はしばらく呆然と見つめる事しか出来なかった。

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