第23話 ●「ぽっかりの日」●
シモさん。ラウリをなおして。
ラースにつれられて、久しぶりにシモさんのところに来たトゥーリは、ぽつぽつとそう言った。
ラウリのことがあってから、トゥーリは少しまいってしまっていた。ごはんが食べられなくなって、あまりよく眠れなくなって、よわっていた。だから、ラースはお医者さんのシモさんのところにつれてきたのだ。
シモさんは、いつものしんさつ室にはおらず、しんりょうじょの広い庭でしょくぶつのせわをしているところだった。白衣ではなく、作業用のシャツをうでまくりして、どろだらけのながぐつをはいている。ラースが声をかけると、立ち上がってグイと手のこうでほほにつたうあせをぬぐったら、ほほに少し土がついた。
3人は中にわにあるあずまやに座った。シモさんはトゥーリとしせんをあわせると、ゆっくりとやさしい声で話しはじめた。
ラウリは、なおせないんだ。
どうして?
もう、いないから。なにもないところから、なにかをなおしたり、作ったりすることは、できないんだ。
どうして。
おれは、まほうつかいじゃないからな。いや、まほうつかいでもむりなんだ。トゥーリ、ラウリは、だれにもどうにもできないところにいってしまったんだよ。
そう言って、シモさんはぎゅっとトゥーリの手をにぎった。あたたかくてかわいた手で、トゥーリの小さくひんやりした手をしっかりとつつみこんでくれた。ゆびはすらっとしているけれど、手のひらにはタコがあって、すこしかたい。そっとあたまもなでてくれた。うでをあげたときに、そでぐちからふわっと、ぬれた土としょくぶつのにおいがした。にわいじりをしたあとのラウリと同じにおい。シモさんはにわで、たくさんのしょくぶつをそだてている。そのしょくぶつの力をかりて、おくすりを作っているのだ。
こわばっていたトゥーリの体から、ほっと力がぬけた。
そのとき、ちょうど、ユリアさんがおさらにきれいにきったりんごをのせてもってきた。
どうぞ、食べて。
トゥーリがしんりょうじょにきて、ユリアさんに会うと、いつもこのようにやさしく、おいしいおかしやくだものをすすめてくれた。
トゥーリは、手をのばして、ひときれりんごをとると、小さくかじった。やさしいあまずっぱさが、じゅわと口の中に広がった。
ラウリもよく、りんごをむいてくれたっけ。おうちの前に立つ木から、いちばん大きくてつやつやして赤いのを、トゥーリをだきあげて、もがせてくれた。りんごのジャムもつくった。まほうみたいに色の変わるりんごの皮のジャム。それにラウリのやくアップルパイはやさしい味がしたっけ。
ほろ、と、トゥーリの目からなみだがこぼれた。
りんごをいっきにほおばった。かじゅうをのみこんだぶんだけ、なみだがこぼれた。
もういないんだ。ラウリ。もう会えないんだ。
トゥーリはりんごをもうひときれほおばった。久しぶりに食べたから、おなかがきゅるるとよろこぶような音を立てた。ばかなおなか、とトゥーリは心の中でののしった。おまえはわからないかもしれないけど、ぼくはいま、かなしくてくやしくてたまらないんだ。ラウリは、もう、りんごだって食べられないんだ。そうだ。もういなくなってしまった。これが、しんでしまうということなんだ。海でラスムスさんのお話をしてくれたときのラースを思い出した。むねがぎゅうとなってのどがあつくなった。ラウリのえがおを思い出した。このせかいのどこにも、もうラウリはいないのだ。あたまの中がぐじゃぐじゃになった。
あっというまにおさらの上のりんごを食べつくして、トゥーリはわんわんと大きな声をあげて泣いた。トゥーリがおぼえている中で、いちばんはげしく泣いた。ラースがいつもよりそっと、あたまをなでてくれた。
トゥーリはラースにすがりついて泣きつづけた。
いつもの、おひさまのにおいがした。
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