第17話 ▽「たんれんをする」▽
きりきりと弓がきしむ。トゥーリは矢を持つ指がふるえそうになるのをこらえて、まっすぐと的を見すえる。釣りをするときのように、ひとこきゅうだけがまんして、矢のとんでいくきせきをそうぞうして、はなつ。からん、と、矢は的をはずれてじめんにおちた。でもがっかりしているひまはなかった。おちついて、次の矢を手にして、もういちどかまえる。あのまがまがしい、白い星のようなくうきょな目があたまの中でちらついた。トゥーリは自分で自分の身を守るための「たんれん」をはじめていた。
トゥーリとラースがノーチにそうぐうしたあと、アカラのカウンシルはおおわらわだったのだ。夕ぐれの雨の日のノーチと、しかも二体とそうぐうしてぶじだったラースとトゥーリは、けんきゅうしょのジェマさんにねほりはほりそのときのノーチのようすを聞かれた。
光る目が見えた?二つ?そこまでせっきんできたれいはありません、手足は?水たまりをとんだ?ナイフがきいた?どんなナイフです?何かぬってありました?とくべつなそざいではない?グオ・ジェンのひとつきで実体化?それでヘンリの矢があたって?くずれた?ガラスのように?矢がささりはしなかったのですか?あたまをうしなってもうごいていた?
それで見かねたクロエがトゥーリを呼び出して、メグさんの売店につれてきてくれた。トゥーリはのこされたラースに心の中で一人でぬけてごめんと両手を合わせて、売店のベンチにすわってほっとためいきをついた。
ごめんね、悪いやつじゃないんだけどね。
クロエはジェマさんと同期なのだそうだ。申し訳なさそうにあやまるクロエに、トゥーリは、ううん、大丈夫だよ、と答えた。ちょっとびっくりしただけ。
けっきょくジェマさんのまんぞくのいくじょうほうはなかったのか、ほどなくしてラースもひろうの色をうかべたかおをして売店にやってきて、トゥーリのとなりにどかりとすわった。そして少し考えるようなそぶりをして、トゥーリの方を見て言った。
たんれんするか。
たんれん?とトゥーリが聞き返すと、弓矢や剣のれんしゅうをするか、とラースは言いなおした。
トゥーリは心ぞうがドキンとした。この前の、ノーチにはいごをとられたときの冷気を思い出して、ぶるると背中がふるえた。トゥーリがこわがったとかんちがいしたのか、ラースが、やっぱりやめとくか、と言いかけたところに、トゥーリは、やる!とかぶせて言った。
ぼくもつよくなりたい。
服のポケットの上から、そっとジェンさんのかみかざりをなでる。ジェンさんみたいにつよくなったら、自分のことだけじゃなくて、いつか、ラースやラウリのことも守れるかもしれないと思った。
それからトゥーリは毎日ラースとたんれんをした。走りこみ。きんにくトレーニング。体かんトレーニング。すぶり。じゅうなん。そしていっぱい食べて、いっぱいねた。
ラースはおうちのにわにあみフェンスと小屋をせっちして、にわとりを10羽買った。お手紙のかくにんと、じゃがいもとばらの水やりのほかに、にわとりのたまごをとるのが、トゥーリの朝の日課になって、トゥーリは朝ごはんにめだまやきを食べるようになった。
ラウリもたんれんにさんかするようになった。毎朝リールの森のおうちから、トゥーリとラースのおうちまでジョギングしてきて、トゥーリといっしょに色んなたんれんをした。
ラースは木材で二人に木刀や弓矢を作ってくれた。カイやフレッドやピリも、あそびにくるとたんれんに付き合ってくれた。ピリは体が小さかったので、トゥーリのよいれんしゅうあいてになってくれた。すばやいうごきもピリから習った。
あれから、とんとジェンさんたちのキャラバンには会えていなかった。今度会ったら、この前のお礼を言って、かみかざりを返して、たんれんのせいかをジェンさんに見てもらいたいのに、と、トゥーリは少しざんねんに思っていた。でも、いつか会えたときのために上たつしておこうと、いっそうたんれんに身が入った。
トゥーリが弓矢のれんしゅうをしているかたわらで、ラウリはラースと組み手をしていた。ラウリはたたかいなんて苦手そうに見えたのに、めきめきと上たつしてラースのこともおどろかせたし、ラウリじしんもおどろいていた。と言うより、とまどっていた、に近いかもしれない。
トゥーリも負けていられなかった。手にはタコができていたかったけれど、あたたかくてかたいラースの手を思い出してがんばった。トゥーリもあんな手になりたかった。
ときどき、ラースはトゥーリに、たんれん、やめるか、と聞いた。そのたびにトゥーリは、やめないよ、と答えた。何でやめるかなんて聞くのか、少しイライラしたときもあったけど、そういうときはラウリが話を聞いてくれて、ラースはトゥーリが大きくなるのがさみしいんだよ、と教えてくれた。強くなるのに、さみしいなんて変なの、とトゥーリは思ったけれど、それがおや心さ、とラウリは笑った。
一日一日がゆっくりとすぎていくようで、あっという間だった。みんな少しずつせい長して、トゥーリも背も伸びたし体じゅうもふえて、できることがふえてきた。
トゥーリは7才になっていた。
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