第4話 ◆「街へ行く」◆
ラースとトゥーリはよく色々なまちへ行く。じゃがいもだけでは食いつないでいけないので、ていきてきに、パンやお茶、はちみつ、干し肉、チーズ、ほかにもこまごまとした日用品を買いに行く。
ラースとトゥーリは、こつこつと集めた珍しい薬草やスパイス、せんりょう、こう石なんかを売ったり、なじみのお店に仕入れたりして、お金にかえるのだ。
トゥーリはまちが好きだった。人やものやお店がたくさんあって、いろんな音や匂いがして賑やかでわくわくした。それに、トゥーリと仲良しの人もまちにはたくさん住んでいる。
たとえば、おうちからいちばん近くでいちばんにぎやかなまち、アカラに住んでいるヨナスさん。
ヨナスさんはカフェとざっかやさんのくっついたお店「ドロッセル」を、まちの公園の近くにひらいている。あめ色につやつやとひかる太い木のはしらやはりが、ぴかぴかにみがかれたランプの光を吸い込んで呼吸しているような、小さくていごこちのいいお店で、トゥーリはここに来るといつもほっとするのだ。
ヨナスさんはすらっとスマートないでたちで、まるいめがねをかけたものしずかな人だ。まるいガラスの入れものでこぽこぽとおゆをわかして、世界中から集めたコーヒーやハーブティーを一杯ずつていねいにいれてくれる。そのさまはまるで、しずかな楽器でしずかな音楽をかなでているような、目に見えない絵の具できれいなふうけいを描いているようなていねいさで、トゥーリはそのさぎょうを見ているのが大好きだ。
それから、アカラのじゅうたくがいの片すみにあるしんりょうじょの、シモさんとおくさんのユリアさんも、トゥーリたちのなじみの人たちだ。
トゥーリが小さいときから(今もまだ小さいけれど、もっともっと小さくて、ことばがわからなかったときからだ)ねつを出したり、けがをしたりすると、ラースはトゥーリをかかえてあわててここにかけこんでくるのだ。トゥーリが元気なときでもていきてきに、背の高さや体じゅうをはかったり、むしばがないか見てもらったりする。
シモさんはラースと比べると小がらで、秋の森の木々からふりそそぐ日の光のような、あたたかくふかい色の目をしていて、ときどきしかくいめがねをかけている。
トゥーリとラースの家にあるものは、ほとんど、シモさんが作ってくれたとラースが言っていた。夜ツユあつめキも、水おけも、ポストも、家の中のテーブルやイス、たな、ベッドも。家そのものも、ラースをてつだって作ってくれたらしい。
だから、トゥーリは、お医者さんと大工さんが、どっちがどっちだかときどきよくわからなくなった。
シモさんは、お医者さんなの?大工さんなの?ときいたら、シモさんは秋の高く青い空みたいにカラッと笑って、医者だよ、ものを作るのは、なにかのやくに立つかと思っておぼえたんだ、楽しいし、と言った。
シモさんは、なにかのやくに立つかと思って、と言って、色んなことができる。おりょうりも上手だし、剣もつよくて、弓もつかえる。木や岩から色んなものがつくれるし、かぐやキカイまでなんでもしゅうりできる。おそうじも上手だ。
シモさんは、ときどき、ユリアさんといっしょにあたりのまちやむらをまわって、ぐあいがわるい人がいたら見てあげている。
シモさんは、ラウリをなおしてくれたこともある。ラウリとトゥーリたちが出会ったのは、今はラウリのおうちのあるいずみの近くの森で、ラウリは大けがをして(シモさんは、大けが、と言っていたけれど、ラウリとラースは、こわれた、と言っていた)たおれていた。シモさんはものをしゅうりする力と、お医者さんの力をあわせて、ラウリをなおしてくれたのだ。
ユリアさんは色白でふんわりとやわらかなふんいきの人で、とてもとてもやさしいかんごしさんだ。トゥーリがユリアさんに会うと、いつも、おいしいおかしやくだものをくれたり、おもしろいお話やおべんきょうをおしえてくれる。
いつもえがおだけれど、ラースが言うことをきかないと(ラースはけがをしても、なぜかかたくなにかくしたがるのだ)、スッとえがおをけして、とてもこわい。
シモさんとユリアさんのけっこんしきに、トゥーリとラースで出たときもあった。トゥーリはそのときまだことばを上手にしゃべれなかったし、おいしそうなケーキも食べられなかったけれど、みんなえがおで、きらきらしていて、花びらがいつまでもひらひらとちゅうをまっていて、ゆめのようだった。
まちにくるとあたらしい出会いもある。
今日はトゥーリはラースといっしょに、アカラよりも北にある大きなじょうさい都市、ノールガルドにきていた。
ラースは、ここにあるハキームさんのこうぼうに、鉄こう石を仕入れるついでに剣のお手入れをすると言って、こうぼうのおくのほうに入っていった。そういうときトゥーリは、こうぼうの中を自由にけんがくさせてもらえる。
ハキームさんはかおも手足もごつごつとした無口なしょくにんさんで、剣や、よろいや、たてや、いろんな鉄せいのものを作っている。こうぼうにはいつもいろんな人が、かいものや、ラースみたいに自分のどうぐのお手入れにきていた。
今も、こうぼうの片すみでながーいやりをお手入れしている人がいる。そのようすをトゥーリがじいっと見ていると、お手入れをしていた人が、かおをあげて、トゥーリにむかってニコリとわらった。笑うと目がたそがれ時のいちばん星みたいにきらっとして、ラウリより少しお兄さんくらいの、若い人に見えた。トゥーリは少しびっくりして、でもうれしくなって、ニコリとわらいかえした。
ながーいね。
トゥーリが言うと、その人は、そうだろう、と、やりがよく見えるようにしてくれた。たてにしようとすると、てんじょうにつっかえてしまうので、まっすぐはもてないようだ。
ヘイラのチョウソウだ。
ヘイラのチョウソウ?
ながいやり、ということ。ヘイラをしってるかい。
まだ行ったことない。
ここからはとおいからな。南東のサーニガルドから、もっと南東に行ったところにあるまちだ。たくさんのすいろがあって、たくさんのふねがあって、はれの日が多い、とてもきれいなところだよ。
その人は思いをはせるように、うれしそうに笑って言ったので、トゥーリまであたたかいきもちになって、とても行ってみたくなった。
もっときかせて、と言おうとしたときに、お店に、ピカピカのよろいを着た人たちがたくさん入ってきた。男の人も女の人もいたけれど、トゥーリがふだん会うおとなたちよりも、おおきくて、みんな背すじをピンとのばして、どうどうとして見えて、トゥーリは少しきんちょうして、やりを手入れしていた人にかくれるように、かべぎわによった。
コスタス、そろそろ行くぞ。
よろいの人たちの中でも、いっとう背が大きくて、明るくもえるようなかみのけの男の人が、やりの手入れをしていた人に声をかけた。思っていたよりも、明るくてやさしい声だった。
ああ。
コスタスとよばれた、やりの手入れをしていた人は、てぎわよく手入れ道具をまとめると、おくに向かって、ハキームさん、そろそろ行くよ、と声をかけた。
ハキームさんはおくのこうぼうからひょっこり顔を出すと、よろいの人たちに手を上げてあいさつをして、またおくの方に引っ込んでいった。ごそごそ、ガチャガチャという音がして、入ってきた人たちのとおんなじピカピカのよろいをいっしきとりだしてきた。
まいど。
そうボソリと言って、ハキームさんは、そのよろいを、コスタスとよばれた人にわたした。その人は、他のよろいを着た人たちと何やら話をしながら、テキパキとよろいを着た。そして、あっという間に、よろいの一団にとけこんだ。
トゥーリはこの「きしだん」を、いつも遠くからながめることしかなかったので、さっきまで、ラウリみたいにきさくに見えた人が、とつぜん、とおい、手のとどかない人になったようにかんじて、少しさみしくなった。
コスタスとよばれた人は、よろいの人たちに先に行っていてくれと言うと、トゥーリの前にきて、しゃがんで目を合わせてくれた。よろいの手ぶくろを取り、トゥーリのほうに手をさしだした。
さよなら、おじょうさん。おはなしできてたのしかったよ。
ふっと目じりを下げて、少しイタズラっぽく笑って言った。そうするとまた、目が一番星みたいにキラキラとして、やっぱり、きさくなお兄さんだった。トゥーリはうれしくなって、さしだされた手をとってあくしゅをした。手のひらにゴツゴツとタコのある、あたたかい手だった。
トゥーリっていうの。さよなら。
トゥーリ。おれはコスタスというんだ。何か困ったことがあったら、きしだんをたよってくれ。それに、いつかヘイラに行くときは、あんないするよ。
そう言ってコスタスさんはウィンクをすると、ピッと背すじをのばして、よろいの人たちといっしょにお店を出て行った。
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