暗闇の死闘


 盗賊の騎兵は3人。

 周囲を警戒しながらゆっくりと進んでいる。

 俺が姿を隠している建物の目の前を通り過ぎた。

 待ち伏せの奇襲をする場合、最後尾にいる人間から襲うのがセオリーだ。事前の打ち合わせで、師範が最初に切り込むことを俺たちは決めていた。

 師範の体が闇から滑るように移動した。

 低い姿勢で素早く移動すると、最後尾の盗賊の体に背後から飛びついた。

 それを見て俺とカイナも飛び出す。

 俺は一番近くにいた騎兵の、無防備な側面から飛びつこうとして――、

「何だこいつ!」

 カイナの方で盗賊が声を上げた。俺の狙っている盗賊がそちらを向いたので、俺は抵抗されることなく仕事を終えた。鎧の隙間から剣を差し込むと、盗賊は馬の上にぐったりと上半身を傾けた。

 馬の声。蹄が乱れる音。

 見ると、カイナの体が蹴り飛ばされて吹っ飛んだところだった。

 そこに、一人目を片付けた師範が死角から飛びつく。盗賊は抵抗したが、師範が短刀を鎧の隙間に差し込むと、盗賊は激しく咳き込んでぐったりと倒れた。

 ……遠くから誰かが叫ぶ声が聞こえた。

「すぐに次が来る。移動するぞ」

 師範が鋭く言った。

 カイナは地面に倒れたまま、放心したように目を見開いていた。師範はカイナを見下ろすと、

「下がるか?」

 と訊ねた。するとカイナは、目が覚めたように跳ね起きると「行けます!」と答えた。

「俺もまだ行けますよ」

 軽口を叩くと、

「当たり前だ」

 と真面目に返されてしまった。




 公会堂が俺たちの本部になっていた。

 戻ると、すでに戦闘準備を完了した村人たちが、弓や槍で武装して待機していた。

「三人片付けた。次が来る」

 師範が短く状況を伝えると「おお」と小さな歓声が上がった。

「ここで待ち伏せますか?」

 俺は聞いた。

 事前の迎撃準備で、村の周囲には馬が入れないように堀やロープを張り巡らせていた。ただし一か所だけわざと口を開けていて、これによって敵の攻撃場所を一か所に絞るという狙いだった。

 そしてこの公会堂がまさに敵の進入路の上にあった。

「いや、奴らは罠があることを前提に、こちらの準備を出し抜くように動くだろう。だからこちらは、そのさらに裏をかく。村の中で待ち伏せすると見せかけて、こちらから打って出る。そしてやつらのボスを討ち取る」

「師範、今日はノリノリですね」

 暗闇の中で師範の表情は見えなかったが、小さく笑ったような気がした。

「当然、俺は行きますよ」

「当たり前だ」

「んー、そこは『若い者を道連れにはできない』って断るところじゃないですか?」

「お前は若くないだろう」

「ごもっとも」

「あの! わたしも行きます! まだ若いですが……」

 と、カイナが申し出た。

「お前はここを守れ」

「いえ、絶対に行きます。止められても行きます。それでも拒むというのなら、ここでわたしを切り捨ててください」

 カイナはそう言ったが、それは、師範がそんなことをするはずがないという、ある種の甘えの上での発言だったと思う。当たり前だが師範はカイナを斬り捨てなかったし、カイナの同行をあきらめて受け入れた。




 ……音を立てずに、俺たち三人は村の外に出た。

 耳を澄ませば馬の蹄の音が微かに聞こえる。

 カイナが指で「あっちにいる」と方向を指した。この三人の中で一番耳が良いのは彼女のようだ。俺と師範は彼女に従う。


 建物の影に沿って移動すると、盗賊たちの姿を見つけた。

 五人。いずれも馬に乗っている。

 何かを話しているようだが、内容までは聞き取れない。

 そのうちの一人が、一人の男のことを「かしら」と呼んだのが俺にも聞こえた。

 背の高い、口ひげの、上品ぶった痩せ男だった。

 そのとき、師範が「待て」と小さな声で制するのが聞こえた。

 そして、カイナが飛び出したのはその直後だった。

「くそっ」

 悪態を吐いて師範が飛び出す。

 遅れて最後に俺が飛び出した。


 カイナは一直線に。盗賊の頭目に向けて突っ込んだ。

 盗賊たちは敵がここにいることを予測していなかったのか、カイナを見ても、反応は鈍かった。その隙に、カイナは馬上の頭目に飛びついた。

 剣を一閃。しかし頭目は素早く反応して自分も剣をぬいてカイナの一閃を受け止めた。二人の体はひつになって、ぐるりと回って馬の向こう側に落ちた。

「てめえ!」

 盗賊の手下たちが叫んで頭目の下へ向かおうとするのを、師範は背後から一突きで屠った。

 俺は手下たちを師範に任せてカイナのところへ回り込んだ。


 今まさに、地面に倒れたカイナに、頭目が剣を振り下ろすところだった。

「カイナ!」

 俺は勝算も作戦も考えずに、剣を握って頭目に切りかかった。

 しかし頭目は素早く身を翻して俺の剣を避けると、剣の軌道をカイナから俺に切り替えて振り下ろした。

 俺は何とか頭目の剣を自分の剣で弾いた。

 しかし頭目は弾かれた剣先を素早く翻すと、俺の剣を横から払った。俺の剣は手の中からすっぽ抜けて夜の闇に消えた。

 まずい……!


 俺はがむしゃらに頭目に飛び掛かった。

 すぐに、俺の後頭部に鈍い痛みが走って、俺は手足が痺れて動けなくなった。

「カイナやめろ! 逃げろ!」

 自分の声ではなかった。師範の声だった。

 師範はどこにいる? 探そうにも俺は首が動かない。だけど声は近くなかったし、もし近くにいるなら声をかけるよりも剣を振るだろう。師範はそういう人だ。


 ――頭目に飛び掛かってから、実際に経った時間は一瞬だったかもしれない。

 やがて俺は、自分のすぐ前にある影に、やっと目の焦点があった。

 それはカイナの影だった。

 カイナが俺の前にいた。剣も持たずに俺の前に。

 その向こうに頭目の姿があった。

 なんて無駄なことをするんだ。

 動けるのならすぐに離れるべきだった。

 今ここで俺を庇っても、頭目がカイナを切り捨てた後で、剣を振り上げて振り下ろす、そのわずかな時間だけ、俺の命が伸びるだけだ。

 師範の言うとおりだ。どうして俺のことなんか庇ったんだ。

 カイナがちらりと振り向いた。俺を見ていた。俺を攻めるように見ていた。「どうして庇ったの」……カイナの目がそう言っていた。どうして私を――。


 時間が極限に引き伸ばされた。

 意識だけが鋭敏になっていく。

 体は動かない。

 カイナを助けることができない。

 大切な妹弟子を。

 師範の家族を。

 今からこの状況をどうにかできるのは、人知を超えた魔法くらいのものだ。

 ――魔法。


 カイナを助けるためなら他のすべてを犠牲にしても良かった。

 カイナのこと以外のすべては余計なことだった。

「リナール――助け」

 言葉にできたのはそこまでだった。

 俺は呂律が回らなくなっていた。


 だけど、その声は。

 「暗黒竜」には。「異界からの恐るべき干渉者」には。「虚空の生命」には。「現象」には。「邪神の影」には。「人類の観察者」には。

 時間と空間を超えて、確かに届いていた。


「どしたの〜?♡」


 ――暗黒竜は、そこにいた。

 派手な風や音や地響きもなく。

 最初からそこに立っていたかのように。

 この世界のすべてに私は存在する権利がある・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・――それを証明した。


「リナール、助けてくれ」

 俺は自分の望みを、はっきりと言葉にした。


「いいよ〜♡」


 そしてリナールの闇が、暗闇よりもさらに暗い深淵が、この村すべてを包むように広がった。


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