第8話 ダンジョン攻略 (1)


 洞窟内は外とは違い、ひんやりと静まり返っていた。湿った空気が肌にまとわりつき、壁には苔がうっすらと生えている。遠くからは滴る水の音だけが響き、妙に耳に残る。


 外は人で賑わっていたが、ここはそうではない。それはそうだろう。大多数の冒険者が興味を持っているのは下の階層であって、通常のダンジョンと変わらないここで留まる必要なんてない。

 

 人が多すぎて冒険にならないという事態にはならなくてよかった。


「はっ。ここ、クソザコしかいねーじゃねぇですか」

「それは初心者向けダンジョンだからね。何度も言ってるけど」


 ダンジョンに入ってから何度か戦闘をしたが、どれも二人の圧勝で終わっている。相手がグリーンスライムやコケゴブリンといった脅威度が低いものだから当然ではあるが。


「これ、もう少し難易度高いダンジョンにした方がいーんじゃねぇです?」

「そうだな。次は難易度を上げようか。ただ、今回はダンジョン内での動きに慣れるのが目的だから、歯ごたえがなくてももう少し続けるぞ」

「そう、ですね」


 どこか疲れている様子のリアナ。普段の体力から考えると、まだバテるほど動いていないはずだが。

 そこまで考えて思い至る。


「魔力切れか」

「まだ無くなってはないですが、ちょっと休憩を挟んだ方が良さそうです」


 戦闘時間は長くないが、これまでと違い連戦だった。そのせいで魔力の管理を間違えたのだろう。


「アルシナ、ちょっと休憩するぞ」

「いーですよ」


 僕たちは大きな岩陰に隠れる。ここなら角度的に滅多なことでは見つからない。仮に見つかっても戦力的に問題は無いが。

 僕たちは体を休めるためにゴツゴツとした後ろの岩にもたれかかり、ググッと背伸びをする。


「にしても、クソガキ。あんた、魔力が本当にねーですね」

「リアナ、なかなか魔力が増えなくて…………」

「へぇ。生まれつき魔力量が少ねーとか?」

「それもあるかもですけど……もともと魔法を使う機会自体がなかったですからかもしれません」

「ふーん。じゃ、魔力トレーニングなんかとあんまりやってこなかったんです?」


 何気ないアルシナの言葉にリアナの頭にはてなマークが浮かぶ。ついでに、僕の頭にも。


「「魔力、トレー……ニング?」」

「は? もしかしてやってねーんですか」


 マジかこいつと、信じられないようなものを見るかのように見られた。主に僕が。


「魔力って成長と同時に増えるものじゃないのか?」

「間違っちゃいねーですけど。それだけじゃねぇんですよ」


 そうなのか。21年生きてきて初めて知った。


「アルシナアルシナ、教えてください!」

「はあ? なんでオレ様がわざわざあんたらのためにご高説をしなきゃなんねーんですか」

「仲間じゃないか、僕たちは」

「まだ完全に認めてねぇんですけどね、それ」


 アルシナは仕方がないなと息を吐くと、面倒くさそうに説明を始めてくれた。


「簡単に言えば、魔力を使い切って回復させる。その繰り返しですね」

「それって、つまり……?」

「筋トレみてーなもんです。例えば、腕を鍛えたけりゃ重いものを持つでしょう? 魔力も同じで、枯渇させることで器が広がるんですよ」

「じゃあ、何回も使えばどんどん増えるのか?」

「理屈の上ではな。けど、一気にやると体がぶっ壊れるんで、徐々に負荷を上げてく必要があるんだとか。オレ様、専門家じゃねーんで詳しくは知らねぇですが」

「いや、十分だ。勉強になったよ」


 アルシナは僕の素人感溢れる言葉を鼻で笑った。


「クソ野郎、あんたはなーんで知らねぇんですか? 底は知れてねーですが、あんたが普通よりも魔力があるのはわかってんですよ」

「僕の場合は気づいたら増えてたからな。そういう理屈だとは知らなかった」

「……そーですか。謝らねぇですからね」

「別に今更、どうも思わないからいいよ」


 アルシナを仲間にしたのは正解だったかもしれない。僕はそう思った。

 彼女を仲間に入れようと考えた時、性格という面を重視していなかったが、自分の目的に関する事柄以外には深入りしないやり方は関わるうえで非常に助かる。


「クソガキ、オレ様が懇切丁寧に説明してやったんだからとっとと強くなりやが――何してるんです?」


 そう問いかけられたリアナは、何やら後ろの壁をぺたぺた触りながら返事をした。


「この辺、なんか怪しいです。絶対にお宝がある気がします!」

「何言ってやがんですか。ここは初心者向けのぬるま湯ダンジョンですよ? お宝なんて大したものは――」


 ガコンっ。

 その時、リアナが何かを押してしまったのかそんな音が聞こえてきた。その音が何なのか脳が理解するよりも早く、僕たちの体は浮遊感に包まれる。


「――あ?」

「へぇ。そんなところにスイッチが。リアナ、よく見つけたなぁ」

「いや、そんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇですからああああ!!」

「あっ、落ちてますね。これはやばいです!」

「やばいじゃねぇ! なんとかしやがれぇぇぇ!!」


 完全に背景と同化していたスイッチ。それをリアナは探し当て、押してしまったようだ。僕は冷静にそう分析する。そして、その結果僕たちの足下は大穴が開いて落下している、と。


「やっぱり冒険には驚きがいっぱいですね!」

「何やってやがんですかあぁぁぁぁぁ!!」


 アルシナの絶叫が、大穴の中に響き渡った。

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