第2話 二年の時を経て
――骨喰いの森。
負けた生物は骨すら食われると噂のこの森で、今日もひとつの生命が散らされた。
「ふふん! どんなものですか! リアナの勝ちです!」
薄い胸を張りながら短剣を頭上に掲げる。
「危ないだろ、ほらちゃんと鞘にしまいな」
「それよりレンさん、何か言うことは無いですか?」
「すごいな、リアナは。こんなに強くなって。ちっちゃくて可愛いままで」
「そうでしょうそうでしょう! ……あれ、最後なにか違いませんでした?」
「そんなことないよ」
むしろ一番大切なところだ。ずっとそのままでいて欲しい。
「それにしてもリアナは強くなったなぁ。二年でグラントホッグを一人で倒せるようになるなんて」
「リアナ、天才ですから。ちょちょいのちょいです」
「じゃ、剥ぎ取りもしようか」
「リアナ、剥ぎ取りはちょっと。……血とか内蔵とか見るの苦手なので」
「我儘言わない。冒険者として成功して、一攫千金で遊んで暮らすんだろ? このぐらい出来るようにならないと」
「うぅ……」
リアナは涙目になりながらも渋々剥ぎ取り用のナイフを取り出す。
それにしても、あれから二年か。彼女と出会い、僕が新しい生きる意味を見つけたあの日から。――レガンの名を捨てたあの日から。
「レンさーん! 無理ですぅ! 生臭くてベチャってなるー!」
彼女の悲鳴で現実に戻される。
新たな生活。第二の人生。セカンドライフ。僕はこれを将来、何と呼ぶのだろうかと考えながら、彼女のもとへ駆け寄った。
☆ ☆ ☆
カルヴァン村へ戻り、冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドといっても小さい村なので、冒険者だけでなく猟師や商人のギルドも兼ねている建物だ。
「こんにちはー」
中に入ると受付嬢のほかには数人の冒険者しかおらず、閑散としていた。中にいた冒険者の一人が僕たちに気づくと、たたっと駆け寄ってくる。
「あ、お兄ちゃん! それにリアナちゃんも!」
彼女はフレイリス。二年前、この村に突然現れた僕たちに良くしてくれた親父さんの一人娘だ。
「久しぶり、だよね?」
「そうでもないだろ。三日前にも会っただろ」
「そこは、そうだねーって返してよ!」
「いやでも実際久しぶりって感じじゃないだろ」
「あたしにとってはそうなんですー」
何故か拗ねたような態度を見せると、なにかに気づいたのか彼女はリアナの方に視線を向けた。
「リアナちゃん、何かあったの?」
「フレイお姉ちゃん、実は私……グラントホッグを一人で倒せるようになったんです!」
「ええ!? すごいね、リアナちゃん。あれ、でも素材は採取しなかったの?」
フレイリスの反応に気を良くしたリアナは、えっへんと胸を張る。
「もちろん持って帰ってますよ。『インベントリア』」
空間に切れ目が入り、その中から物体が出てくる。
それはお世辞にも綺麗とは言えないものの、一生懸命剥ぎ取ったのだとわかる毛皮と牙の欠片だった。
「そっか。リアナちゃんにはその魔法があったね」
「ええ、ええ! それにこの素材、何とリアナが剥ぎ取ったんですよ! リアナが! 一人で!」
「あのリアナちゃんが!? すっごく成長したね」
気持ちが大きくなるのと比例するかのように体を仰け反らせるリアナ。既にブリッジに近い体勢になっている。あ、プルプルしてる。やっぱりその体勢キツいんだ。
「そうです! リアナの成長を受付のお姉さんにも見てもらわないと!」
倒れかかったところで踏ん張って立ち直ると、誤魔化すように受付嬢のもとに走って行った。
「元気だね、リアナちゃん」
「はしゃいでるだけだよ。自分で出来ることが増えて、嬉しいんだろう」
「そうなんだろうね。あたしも少し前まであんな感じだったな」
髪の色と薄青色の瞳が懐かしむように細められる。
確かにそうだな、と思いながらかつてのフレイリスと今のフレイリスを重ね合わせる。と、その視線に気づいた彼女は二年前と比べ丸みを帯びてきた体をそっと隠した、
「……お兄ちゃんのえっち」
「いや、そういう視線じゃ……ないことも無いけど、とにかく誤解だからな」
「え、本当にそうだったの!?」
「だから誤解だって。成長しちゃったなぁって思ってさ」
「しちゃったって何。喜んでよね、そこは」
子供の成長は喜ばしいけれども、その現実が受け入れ難いのだ。そんなことは理解され何のだろうと、グッと堪える。
「そうだな、綺麗になったよ。フレイリスは」
二年前はあんなにちゃっちゃくて可愛かったのに。今度親父さんのところでフレイリスの子供時代の可愛さについて語り合いに行こう……。
「あれ、どうした。顔が赤いぞ」
「……っ、だ、誰のせいだと……!」
「え、僕のせい?」
「……よかったね、お兄ちゃん。あたしが大人で。子供だったら手が出てたよ」
手が出てもいいから子供だったらよかったのに。
そんなことを言ったら今度こそ手が出るだろうなと思ったので、何も言わないことにする。
「それよりもフレイリス、お前はどうしてギルドに?」
「依頼を受けに来たの」
「お、ついにフレイリスもパーティーを組むのか。もしかして前に誘われてた同年代のパーティーか?」
僕的には一線は退いたものの、今でも冒険に出ているベテランパーティーで経験を積ませてもらうのが一番だと思うが。でもやっぱり気楽にやるなら同年代の方がいいのかもしれない。
そんなことを考えながら尋ねると、ジトッとした目で睨まれた。
「ちーがーいーまーす。あたし、基本一人でやってくつもりだから」
「またそんな意地を張って。冒険は危険がつきものなんだから、パーティーを組んだ方がいいって何度も教えただろ?」
そのセリフに苛立ったのか、強めな語気で迫ってきた。
「それならお兄ちゃんが組んでよ」
「ダメだ。ここには僕よりもよっぽど優秀な冒険者がいるんだから、彼らと組んだ方がいい」
言い慣れてしまったセリフを、またフレイリスに向けて言った。すると、彼女はいつもの如く不満そうに頬を膨らませる。そして少しすると諦めたかのように肩を落とした。
「……相変わらずだね」
何度も聞いたその言葉が耳に響く。
「ともかく、パーティーを組むわけじゃないの。ギルドのお姉さんに頼まれてさ、案内を頼みたいって」
「案内?」
そう聞き返した時だった、荒々しくギルドの扉が開かれて大きな人影が入ってくる。
「ここがこの村のギルドだって話だが。ちいせぇ村にちいせぇギルドだな」
現れたのは片目の潰れた大男。彼はギルドの中をぐるりと見回すと、僕たちのところで目が止まった。
「あんたらか、案内役ってのはよぉ」
「はい、そうです。王都からの派遣の冒険者の人ですか? 顔合わせは明日って話だった気がするんですけど……」
「予定より早めに着いただけだ。オレ様ぁボルガス。準一級冒険者のボルガスだ。あんたらは?」
「フレイリスです。等級はなしで、こっちが、」
「レンだ。同じく等級はなし」
ボルガスはバカにするかのように鼻で笑う。
「あんたらには戦力として期待してないから安心しな。案内だけすりゃあいい。明日の早朝に出発するから準備しとけよ」
言いたいことだけ言って立ち去ろうとするボルガスを、僕は呼び止めた。
「案内って何をするんだ?」
「ああ? あんた、そんなことも知らされてねぇのかよ」
「そもそも僕は依頼を受けてなくて、受けたのはこの子だけなんだ。興味本位で聞きたいんだけど、ボルガスはどんな依頼でここに来たんだ?」
僕が完全な部外者だと知り、ボルガスの目には疑念が宿る。そして何を考えたのか、彼はずいっと圧をかけるかのように一歩近づいてきた。
「調査だよ。最近、骨喰いの森で妙な魔物を見たって報告があってなぁ、その調査でオレ様がここに来たんだ。そこの女への依頼は、森の案内人を付けろって言うオレ様の要求でギルドから依頼されたんじゃねぇのか」
「なるほど、そういう経緯で。説明してくれてありがとう、ボルガス」
「気にすんな、クソザコ坊主」
獣を思わせる双眸が僕を値踏みするかのように至近距離で向けられる。……それにしても近いな、この人。
「せっかくなのでお兄ちゃんも一緒にどうですか?」
名案だとばかりに言ったフレイリスの言葉を聞いて、ようやく大男は顔を離してくれた。
「ハッハッハ! このザコをか? おいおい嬢ちゃん、足手まといをわざわざ増やすんじゃねぇよ。冗談キツイぜ」
「ボルガスさん、お兄ちゃんはすっごく強いですよ!」
「ああん?」
またもや顔を近づけて僕を値踏みしてきた。一々近いな、この人。そう思っていると今度はすんなりと顔を離した。
「馬鹿言うんじゃねぇよ。魔力もあるように見えねぇ、覇気も感じねぇ。正真正銘のザコだぜ、こいつはよ」
バカにするかのように嗤うボルガスに何か言い返そうとするフレイリスよりも先に僕は口を開く。
「何にせよ、僕は行かないから。案内ぐらい一人で十分だろ」
「……なんでなの。昔は一緒に冒険してたじゃん」
「昔は昔だ。お前はもう大人だろ。冒険者でいるのなら、いつまでも子供でいてはいけない」
「そういう話じゃ、ないじゃん」
「そういう話で、そういう問題だ。今はもう、邪魔にしかならない」
本気で冒険者として生きていくのなら、僕たちに固執している今の状況は良くない。もっと別の冒険者と関わりを持ち、視野を広げるべきだ。
その点で言えば今回の依頼は彼女にとって良い機会になるだろう。ボルガスも見たところそれなりの冒険者に見える。変なことをしなければ、骨喰いの森では危険はない。安全にベテラン冒険者の冒険を間近で見れる、良い機会だ。
そう判断して冷たく突き放すと、我慢の限界が来たのかフレイリスが叫ぶようにして言い放った。
「じゃあもういいよ! リアナちゃんだけ連れて行くから!」
その叫び声はギルド中に響き渡り――
「……え?」
お金を受け取ってホクホク顔で帰ってきたリアナにも当然聞こえていた。
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