第49話 私の隣に side.詩織

 side.詩織


 静かになった室内に、規則的な寝息が響く。

 私はソファの肘掛けに寄りかかりながら、眠っている結菜ちゃんの顔を見つめた。


 目の下の薄いクマ、疲れたように力の抜けた表情——ずっと無理をしていたんだろう。

 最近の結菜ちゃんを見ていれば、そんなことは一目で分かった。


 白石さんと、ずっと一緒にいたせい。

 あの人が、結菜ちゃんを手放さなかったから。


 だけど、もうその関係は終わった。


 ——正確には、終わらせた。


 私はゆっくりと結菜の髪に指を通す。

 さらさらと流れる髪を感じながら、そっと目を細めた。


 「ここまできた……」


 ずっと結菜ちゃんは、白石さんしか見ていなかった。

 私がどれだけ近づいても、どれだけ気にかけても——それでも、彼女の心には白石さんしかいなかった。


 でも、今は違う。


 白石さんと結菜ちゃんは、もう恋人じゃない。


 はっきりと「別れる」と口にしたわけじゃない。

 けれど、実質的にはそうなったも同然だった。


 結菜ちゃんは、白石さんの元を離れた。

 そして今、私の家で、私のそばで眠っている。


 ——ここまでくれば、もう大丈夫。


 私は静かに目を細めながら、結菜ちゃんの髪を指で梳いた。

 細く柔らかい感触が、優しく指先を撫でる。


 今まで、彼女の隣にいるのは白石さんだった。

 けれど、それはもう過去の話。


 「結菜ちゃん、もう白石さんのことは必要ないよ」


 囁くように呟き、私は彼女の手に視線を落とす。

 細くて、儚げなその手。

 今まで誰のものだったとしても、もうすぐ——この手は、私のものになる。


 ……だって、結菜ちゃんはもう白石さんの腕の中にいるべきじゃない。


 私なら、もっと優しくできる。

 ちゃんと、安心させてあげられる。


 だから、あとは時間の問題。


 彼女は今、白石さんから離れた。

 傷ついて、疲れて、頼る先を探している。

 私は、その場所になれる。


 私は、そっと彼女の頬に触れる。

 柔らかくて、少しひんやりとした肌。

 今はただ、安らかに眠っている。


 こうして触れられることが、たまらなく嬉しかった。

 ようやく、この距離まで来たんだと実感する。


 ……だから、もう迷わないでほしい。


 白石さんなんかじゃなくて、私を選べばいい。

 私は、白石さんよりずっと結菜ちゃんのことを大切にできる。

 ずっと、そばにいられる。


 結菜ちゃんが望むなら、どこへだって一緒に行く。

 誰よりも支えて、誰よりも愛して、大切にする。


 結菜ちゃんは、もう私のものになるはず。

 このまま、少しずつ心を寄せていけば——そう、きっと。


 ——なのに。


 なのに、ほんの少しだけ、不安が残っている。


 もし。


 もし、結菜ちゃんが、それでも白石さんの元へ戻ると言うのなら。


 私は……。


 私は……私は……。


(……どうしたらいいの?)


 微かに震えた指をぎゅっと握り締め、私はそっと息を吐いた。

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