第43話 崩れる関係

 「結菜は……私のこと、嫌いになった?」


 か細い声で問われる。


 「そんなこと——」

 「だったら、どうして……っ」


 穂香が、ぎゅっと唇を噛みしめる。

 その目には、涙が滲んでいた。


 私は、そんな穂香を救える言葉を持っていなかった。


 「ねえ、白石さん」


 不意に、詩織が口を開く。

 静かで、けれどどこか冷たさを含んだ声だった。


 「結菜ちゃんのこと、好きなんでしょ?」

 「……っ! そんなの、当たり前……!」

 「じゃあ、どうして結菜ちゃんを追い詰めるの?」


 穂香が息をのむ。


 「結菜ちゃん、苦しそうじゃない?」

 「それは……」

 「白石さんが、結菜ちゃんを『自分のもの』にしようとするほど、結菜ちゃんは縛られていく。結菜ちゃんは白石さんが好きだから、応えようとする。でも、それじゃ結菜ちゃんが壊れちゃうよ」

 「……違う……そんなつもりじゃ……」

 「違わないよ」


 詩織が、ゆっくりと私の肩に手を置く。

 それは、まるで穂香に見せつけるような仕草だった。


 「私はね、結菜ちゃんに幸せになってほしい」

 「……」

 「だから、白石さん。結菜ちゃんを苦しめるくらいなら——手放してあげたら?」


 穂香の顔から、血の気が引く。


 「や……だ……」


 かすれた声が漏れる。


 「嫌だよ……結菜が、いなくなるなんて……!」


 必死に、私の手を握りしめる。


 「結菜は、私のこと好きでしょ……? 私のこと、ちゃんと見てくれてるでしょ……?」

 「穂香……」

 「……どうして、そんな顔するの?ねえ、お願いだから……」


 ——その目を見てしまうと、何も言えなくなる。


 「結菜ちゃんは優しいから、そんなふうに言われたら離れられないよね」


 詩織の言葉が、耳元で響く。


 「でも、それじゃだめなんだよ」

 「っ……」

 「結菜ちゃんは、白石さんのものじゃないの。結菜ちゃんは、結菜ちゃん自身のものなんだから」

 「違う!!」


 穂香が叫ぶ。


 「結菜は、私のものだよ!!!」


 涙を零しながら、必死に訴える穂香。


 「私のこと、見てよ……! 結菜、お願いだから……!」


 ——でも、私の口は、開かない。


 その沈黙が、穂香を更に絶望へと追い込んでいく。


 「ほら、やっぱり」


 詩織が静かに微笑む。


 「結菜ちゃんは、白石さんのものじゃない」


 穂香の手が、力なく落ちる。


 「嘘……」

 「結菜ちゃん、もう行こう?」


 詩織が、優しく私の手を引いた。


 「……っ!」


 私は、最後に穂香を振り返る。

 そこにいたのは、崩れ落ちるように座り込んだ穂香だった。


 「嫌だ……」


 小さく、震える声。


 「嫌だよ……結菜……」


 私は——


 詩織の手を振り払うことが、できなかった。

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