第41話 対面
穂香の腕の中で、私は動けなかった。
校舎裏に響く詩織の声は、驚きも怒りもない。
ただ淡々とした、静かに冷えたものだった。
「……白石さん、少し話さない?」
彼女の視線は私ではなく、穂香へ向けられている。
穂香はぎゅっと私の腕を引き寄せ、詩織を睨みつけた。
「話すことなんてない」
「そう? でも、私はあるんだけど」
詩織は穂香の反応を見ても、微動だにしなかった。
「さっきのこと、どういうつもり?」
「……何の話?」
「私が結菜ちゃんと話そうとしてたのに、突然割り込んで無理やり連れて行ったでしょ?」
詩織の口調は穏やかだが、その眼差しには明確な意志が宿っている。
穂香は一瞬口をつぐんだが、すぐに強く言い返す。
「だって、結菜は私のものだから」
「……そういう考え方、ちょっと危ないと思うけど」
詩織は静かにため息をついた。
「ねえ、白石さん。あなたは結菜ちゃんを本当に大事にしてる?」
「……もちろん」
「そう。だったら、一つ提案があるの」
詩織は、少しだけ微笑んだ。
「白石さん、結菜ちゃんと別れなよ」
その言葉が放たれた瞬間、空気が凍りついた。
「——は?」
穂香の腕が、私を抱きしめるように強くなる。
「何馬鹿な事を言ってるの?意味が分からないんだけど」
「言葉の通りだよ」
詩織は微動だにせず、まっすぐ穂香を見据える。
「白石さんは結菜ちゃんを『自分のもの』だと言うけど、それは愛じゃなくてただの執着。結菜ちゃんが他の人と関わるだけでそんな風になるなら、一緒にいるのはお互いのためにならないんじゃない?」
穂香の腕の力が、ぎゅっと強まる。
「そんなの関係ない」
彼女の声は低く震えていた。
「結菜は私のものだし、私は結菜のもの。それがすべて。それ以外の選択肢なんてない」
詩織はふっと小さく笑った。
「ふぅん……ずいぶん強引だね。でも、それって本当に結菜ちゃんの気持ちを考えた結果?」
「……」
「今の結菜ちゃんが、本当に幸せだと思ってる?」
穂香の腕の中で、私は少しだけ息を詰めた。
「……そんなの当たり前でしょ」
穂香は強がるように即答する。
「結菜が幸せじゃないわけない。私がどれだけ愛してるか、ちゃんと伝えてるし、結菜だって——」
「そう思い込んでるだけじゃない?」
詩織の声が、冷たく鋭く響いた。
「結菜ちゃんの気持ちを、本当に全部理解してる?」
「……」
「結菜ちゃんが『白石さんのために』って我慢してること、ない?」
私の心が、かすかにざわついた。
「結菜ちゃんが『白石さんが望むなら』って無理してること、ない?」
心臓が、ぎゅっと締め付けられるようだった。
「違う……結菜は……そんなこと……」
穂香の声が、不安げに揺れる。
「白石さん、あなたが不安になるたびに、結菜ちゃんはどうしてる?」
「……っ」
「自分を押し殺して、あなたのために動いてるんじゃない?」
私は、息を詰まらせた。
違う。そんなことはない。穂香といるとき、私は確かに幸せで——
でも。
「……本当に、今のままでいいの?」
詩織の言葉が、胸に刺さる。
「結菜ちゃん、本当は息苦しくない?」
私は——。
「関係ない!!」
突然、穂香が怒鳴った。
「結菜は、私がいないと駄目なんだから!!」
「それ、本当に結菜ちゃんの意思?」
詩織は静かに問いかける。
「……」
私は、思わず唇を噛んだ。
——私は、どう思っているんだろう?
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