第39話 不安と疑問
掠れた声とともに、穂香の指が私の制服の襟を強く握る。
「……足りない」
「……え?」
ぽつりと零れた言葉に、私は一瞬息を呑んだ。
穂香の瞳は、さっきよりもさらに不安に揺れている。
「結菜が……私のことを大切に思ってくれてるのは、わかるよ。でも、それだけじゃ……怖いの」
制服を掴む手が震える。
「ちゃんと……私のことを必要として……?」
その言葉とともに、穂香の体が押し付けられるように私に寄り添ってくる。
「言葉だけじゃ……不安が消えないの……」
次の瞬間、穂香の唇が私の喉元に触れた。
そのまま、首筋に吸い付くように、ゆっくりと強く口づけられる。
「っ……!」
「……これだけじゃ、まだ全然足りない」
甘い囁きが耳をくすぐる。
「ねぇ、もっと……もっと、私だけのものになって……」
穂香の手が制服のボタンに触れる。
私は、その手を止めようとして——けれど、彼女の不安げな表情を見て、動きを止めた。
「……穂香」
そっと頬に触れると、穂香は縋るように私の手に顔を寄せた。
「……結菜」
揺れる瞳が、何かを求めるように私を見つめている。
私は、もう何も言わなかった。
言葉よりも、伝わる方法があることを知っていたから。
指がボタンを外す感触と、触れ合う肌の熱。
唇が重なり、互いの鼓動が混ざる。
穂香の腕が私を逃がさないように抱きしめ、私はその温もりを受け入れた。
求められるままに、何度も確かめ合う。
静寂の中、穂香の息遣いと私の声だけが響いた——。
─────
翌朝、制服を着ると、肌に鈍い痛みが走る。
「……っ」
襟元を少しずらすと、そこには鮮やかな痕が残っていた。
それも、一つや二つじゃない。
鎖骨の周りや首筋、さらに袖をまくれば腕にも、痕がいくつも刻まれている。
「……すごい数」
思わず呟く。
こんなにも執着を刻み込まれるなんて——。
『結菜が私のものだって、誰が見ても分かるように……』
昨夜の穂香の言葉が、ふと頭をよぎる。
あのとき、穂香は何度も私を求めた。
不安を埋めるために、私を離さないように。
それが穂香の精一杯の「繋ぎ止める手段」だった。
「……」
改めて、私は自分自身に問いかける。
このままでいいのか——?
穂香の不安を取り除くために、私は何をすればいいんだろう。
こんなふうに、ただ執着を受け止めるだけで、本当にいいのか……?
考えても答えは出ないまま、私は登校の準備を終えた。
────
学校に着くと、クラスメイトたちの視線が気になる。
十中八九、その理由は私の首元や袖口から僅かに覗く痕のせいだろう。制服で隠しているつもりでも、完全には誤魔化しきれていない。
「結菜ちゃん」
そんなとき、不意に背後から声をかけられた。
「……詩織」
振り返ると、そこには詩織がいた。
いつもの落ち着いた笑みを浮かべて、私を見つめている。
「少し、話せる?」
詩織の目が、真っ直ぐに私を捉えていた。
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