第3話 相手の気持ち

「七瀬さん」


 翌日、休み時間に詩織が話しかけてきた。


「……何?」

「ちょっといい?」


 詩織は穏やかに微笑んでいる。


「白石さんのことで、少し気になることがあって……」


 彼女の言葉に、私は眉をひそめた。


「気になること?」

「うん。白石さん、最近少し疲れているように見えない?」


 その言葉に、私は思わず息を飲んだ。


「そんなこと……」

「七瀬さんのことが大好きなのはわかる。でも……」


 詩織は言葉を切り、じっと私の目を見つめた。


「白石さんの気持ち、ちゃんと考えてる?」


 胸がざわつく。

 詩織の言葉は、まるで私の心の奥を見透かしているようで——。


「……どういう意味?」


 私は睨むように詩織を見る。

 詩織は微笑を崩さないまま、静かに首を傾げた。


「七瀬さんは、白石さんの気持ちを本当に理解してる?」


 その言葉に、私は思わず息を詰まらせた。


「……それは」

「白石さんが七瀬さんを好きなのは、きっと本当。でもね、人はずっと同じ気持ちのままでいられるわけじゃないの」

「何が言いたいの?」

「簡単に言えば……ずっと手を握り続けていたら、疲れちゃうこともあるってこと」

「……!」


 私の中で、何かが引っかかった。


「そんなこと、ない……」

「そう思いたい気持ちはわかるよ。でも、白石さんの表情、ちゃんと見てる?」


 詩織はそう言って、ふっと微笑んだ。


「私はね、七瀬さんが本当に白石さんを大切にしたいなら、ちょっとだけ引いてみるのもいいんじゃないかなって思う」

「引く……?」

「うん。あまりにも強く握りしめると、相手は逃げたくなるものだから」


 詩織の言葉が、じわりと胸に染み込んでくる。


 「……そんなの、できない」


 私は唇を噛みしめながら、詩織を睨みつけた。


「どうして?」

「だって、穂香は私のものだもん……離したくない」


 私の声は震えていた。

 詩織は少し目を細め、まるで私を試すような視線を向けてくる。


「そう……。じゃあ、もし白石さんがそれで苦しくなっても、七瀬さんは気にしないの?」

「っ……!」


 言葉が詰まる。


「白石さん、昨日の放課後、少し寂しそうな顔をしてたよ」

「嘘」

「嘘じゃない。私、ちゃんと見てたから」


 詩織の静かな声が、妙に心に刺さる。

 私だって、穂香の表情が曇る瞬間を見たことがないわけじゃない。

 それでも……それでも、離したくない。


「……それなら、どうしろって言うの?」


 詩織はふっと微笑んだ。


「少しだけ、余裕を持ってみたら?」

「余裕?」

「そう。七瀬さんが余裕を持てば、白石さんも安心できるんじゃない?」

「……」

「それに——」


 詩織は一歩、私に近づいてくる。


「もし白石さんが本当に疲れちゃったら、その時は……私が支えてあげるから」


 その言葉に、背筋がぞくりとした。


「……何、それ」

「そのままの意味だよ?」


 詩織は穏やかに笑う。だけど、その瞳には何か別の感情が揺れているように見えた。


 まるで、それを望んでいるかのように。

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