第2話 不安

 授業が始まり、私は何となく窓の外を眺めていた。


 先生の声は耳に入ってこない。頭の中にあるのは、ついさっきまで隣にいた穂香のことだけ。


 ——今、誰かと話してるのかな。


 そう思うだけで胸がざわつく。


 彼女が笑顔で誰かと話している光景が、容易に思い浮かんでしまう。私じゃない誰かと一緒にいる穂香。その考えが頭から離れない。


 ギリッと奥歯を噛みしめる。


 こんなことを考えても仕方ないのに。


「ねえ、七瀬さん」


 隣から小さな声が聞こえた。


 チラリと目を向けると、詩織が微笑みながらこちらを見つめている。


「……なに?」

「そんなに窓の外ばかり見てると、先生に怒られちゃうよ?」


 からかうような口調。でも、詩織の表情はどこか優しげだった。


「別にいい」

「ふふ、七瀬さんって本当にわかりやすいね」


 そう言って、詩織は小さく笑った。


「何が?」

「白石さんのこと、すごく大切にしてるんだなって」


 その言葉に、一瞬、心臓が跳ねる。


「……当たり前でしょ」

「うん、そうだね。でも、ずっとそのままでいられたらいいのにね」


 詩織の言葉の意味を理解する前に、先生の声が教室に響いた。


「七瀬、鷹宮、私語は慎め」

「はい……」


 詩織は苦笑しながら、私に小さくウィンクをして前を向く。

 私は何とも言えない気持ちのまま、教科書を開いた。




 ─────────────




 放課後。

 授業が終わると、私はすぐに鞄を手に取り、二組の教室へ向かう。

 穂香を迎えに行くのは当然のこと。

 扉を開けると、やっぱり彼女はクラスメイトたちに囲まれていた。


「穂香」


 私は迷わず彼女の名前を呼ぶ。

 その声に、周囲の人たちが一瞬静かになった。


「結菜……」


 穂香が少し困ったように私を見る。


「帰るよ」


 そう言って、私は彼女の手を取る。


「えっ、でも……」

「いいから」


 周囲の視線が集まるのを感じる。でも、そんなことは関係ない。


「またね、白石さん」


 クラスメイトの誰かが声をかける。


「うん……また明日ね」


 穂香が申し訳なさそうに微笑む。


 ——その笑顔が、私以外の誰かに向けられるのが嫌だ。


「……ねえ、穂香」


 教室を出てから、私は彼女の手をぎゅっと握る。


「どうしたの?」

「もっと私だけを見てよ」


 その言葉に、穂香の表情が一瞬固まる。


「結菜……」

「だって、穂香は私の彼女でしょ? なのに、みんなとあんなに仲良くして……」

「でも、それは……」

「私だけを見て。私だけを大事にしてよ」


 そう言って、私は彼女の腕にぎゅっとしがみつく。

 穂香は戸惑ったように私を見つめた。


「結菜……その……」

「穂香、好き」


 強く抱きしめる。


「……私も、結菜のこと好きだよ?」

「じゃあ、私だけを見て」


 穂香の手をさらに強く握る。


「……結菜、もう少しだけ、私に自由をちょうだい?」


 その言葉に、私は一瞬動きを止めた。


「……どういうこと?」

「私も、結菜のことが大好き。でもね、時々、みんなと話したり、関わったりする時間も欲しいの」

「……いや」


 私は即答した。


「……結菜」

「私は穂香だけがいればいい。でも、穂香は違うの?」

「そういうことじゃないよ。ただ……」


 穂香は言葉を選ぶように、ゆっくりと息を吐いた。


「私は、結菜を大事にしたい。でも、少しだけ……もう少しだけ、考えてみてほしいな」


 その言葉が、心の奥で引っかかる。


「……考えたくない」


 私は小さく呟く。

 穂香は優しく私の手を撫でた。


「大好きだよ、結菜」


 その言葉だけは、本心だと信じたい。

 でも、私は不安だった。

 このままじゃ、穂香が離れていく気がする——。

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