第36話 帝室会議1

 今朝のザラタローズ公爵家は、ピリッとした雰囲気に包まれている。公爵家の三人が皇宮に参内さんだいするからだ。公爵はモーニングにトップハットシルクハット。エリザヴェータは女性用の乗馬服に見える、赤の詰襟ジャケットに白のバッスルドレス。夏用トップハットは赤、大きな白いバラの飾りに赤のレース。アヴローラは白のブラウスに、紺色のウエストコートベスト。燕尾服のように前は短く後ろは長い、紺色のジャケット。夏用トップハットは紺色、ターコイズブルーのバラ飾りに紺色のレース。ブートニアは公爵が赤紫色のバラ、アヴローラはターコイズブルーのバラを付けた。当然ながら、全員短い手袋を着用している。


 使用人たちに見送られ、皇宮へ出発。と言ってもザラタローズ公爵家は、皇宮に近い。前世なら車の渋滞を考慮せねばならないが、ローディナ帝国は、限られた人間しか車を所有できないのもあり、予定通りに車寄せに到着した。アヴローラが座っていた車の横のドアが開けられ、モーニング姿のアレクサーンデルがアヴローラを見て微笑みながら、スッと手を差し出す。ツンドラ皇子はお出掛け中? とアヴローラは思いながら差し出された手に自らの手をのせ、車から降りた。


「おはようございます、アレクサーンデル様」

「おはようアヴローラ。凛とした装いが、あなたらしくていいね」

「ありがとうございます。殿下も素敵ですわ。わたくしのエスコートで、お早めに到着なされたのでしょうか? 申し訳ございません」

「早く来てアヴローラに会えるのだから、嬉しい特権だよ。今後も遠慮しないでね。公爵、エリザヴェータ様、おはよう。今日は特によろしく」

「おはようございます、殿下。アヴローラのエスコートをありがとうございます」

「こちらこそよろしくお願いいたします、殿下」


 アレクサーンデルのブートニアは、ヤグルマギク、別名コーンフラワー。外側は青、中心は短い紫で、花弁の形は矢に似て、車輪のように咲く。最上級サファイアの色を表現する時に、コーンフラワーブルーと呼ばれる。アヴローラのブートニアはターコイズブルーのバラ。お互いの瞳の色なのは、内定だが婚約者同士なので許される。公爵が赤紫色のバラなのは、エリザヴェータの瞳の色。兄妹だから問題ない。


 四人で控室に入るとまだ誰も到着していないので、ほっとしたアヴローラ。爵位や帝位継承順位の低い者は、先に待つのが貴族の常識。すぐにエドゥアールド殿下とナターリヤ妃殿下、ヴィノグラードフ大公にエスコートされたリューティク侯爵未亡人のフェオドーラ元皇女。リャービン大公女スヴェトラーナ殿下は婚約者のレーベデフ公爵令息のユーリィ様からエスコートされて、リャービン大公は車椅子に乗り、息子のポルフィーリ殿下が押して入室。皆がそれぞれ挨拶をする。  


 近衞騎士が控室に来て、皆で帝室会議の間に移動する。アヴローラを含む女性たちが帝室会議の間に入るのは初めて。壁に厚みがあり、ドアも重厚で近衞騎士たちは部屋の中には入れない。円卓にそれぞれ座ると、「皇帝陛下、ご入場」と近衞騎士がドアを開けて言い、陛下が入室してドアを閉めた。


 きらびやかな衣装にそぐわない、ダラダラした歩みの皇帝。皆が立ち、頭を下げると陛下が「よい、座れ」と言う。車椅子に乗ったリャービン大公と、フェオドーラ様を見て顔をしかめる陛下。リャービン大公殿下がいらっしゃるとは思っていなかったのだろう。


 何か言いたそうな陛下の様子に、ヴィノグラードフ大公殿下があえて空気を読まずに、クレス夏至祭前夜祭で判明した事実と、それぞれの処分について報告していく。陛下は一応聞いているだけ。アヴローラは昨夜、ヴィノグラードフ大公殿下や父の公爵から、初めて現皇帝の人となりや公務、内廷費の使い方や人間関係を聞いて驚いたが、今の皇帝の態度を見て改めて納得した。


 皇帝はそれまで興味のなさそうな態度でいたのに、ヴァルヴァーラ元皇太女が元皇妃と共にガリアへ強制送還されたと聞いた瞬間、「何故ヴァルヴァーラがガリアへ行くんだ。あれは次期女帝だぞ!」と言い出した。ヴィノグラードフ大公殿下は皇帝の態度に慣れているのか、順番に元皇太女の罪状を読み上げ、本来なら断種処置後に鉱山労働だが、温情で元皇妃とガリアに行くか鉱山労働か選ばせ、本人の希望により、ガリアへ行ったと説明した。


「余にはヴァルヴァーラしか、後継者がおらぬ。まさかマクシミリアーン、お前が皇帝になるつもりではあるまいな?」

「私は皇帝の位に興味は一切ありません。それは陛下もご存知のはず。私は幼い頃から、何度も皇帝の位に興味はないと言ってきたのを、一番近くでお聞きになられていらっしゃるのは陛下です」


「昔はそう言っていたが、今は違うかもしれないだろう」

「陛下、何度でも申し上げますが、それこそ女神様に誓って、私は皇帝にはなりません」

「では、お前の息子たちが皇帝になるのか!」

「なりません。息子たちも私同様、皇帝位に一切興味はありませんし、継ぐ気もありません」


「このままでは……」と、ブツブツ一人で呟いている皇帝。ヴィノグラードフ大公殿下は実の弟なのに、後継者にはしたくないらしい。人望があり、第二騎士団団長でもあるヴィノグラードフ大公殿下が、皇帝位を狙っていると疑う態度も、猜疑心の強さが見えるだけ。皇帝位にしがみつき、自分の妻や娘が犯罪を犯しても、皇帝にとっては他人事。


 これがローディナ帝国の皇帝の、本来の姿なのか、とアヴローラは思い、昨夜リャービン大公殿下が、「この身を国に捧げる」と仰られた理由はこれだと理解した。父の公爵が多忙だったのは、外務大臣の責務だけでなく、皇帝が『これ』だから、ヴィノグラードフ大公殿下と国政の舵取りをしていた可能性が高い。内務大臣だったブィカフ公爵は皇妃と皇太女のお気に入り。『花の園』のご乱行に家族全員で参加、今は囚人となり労役中だか、責務を放棄して、エドゥアールド殿下が内務大臣代理で執務にあたっていたのだろう。


 皇帝が何か思い付き、嬉しそうな声を上げた。


「余が結婚して妃に後継者を産ませれば、問題は解決するではないか!」


 頷き、満足している皇帝はふんぞりかえり、言い放った。


「ザラタローズ公爵家のアヴローラ。余がそなたを貰ってやろう」

「我が娘はザラタローズ公爵家の次期当主です」

「お前には聞いておらぬ。アヴローラはクレス夏至祭前夜祭で全貴族の前で裸を晒し『傷物』になった。ヴァルヴァーラたちの悪ふざけだったが、帝室として責任を取り、傷物令嬢と結婚してやる。これが賠償となり、余は新しい皇妃を得る。アヴローラも嬉しいであろう?」


 舐め回すような皇帝の視線に、アヴローラは心底ぞっとする。皇帝は、アヴローラが純潔の乙女と知っている。自分が純潔を散らす想像をしているのか、欲望丸出しの顔。気持ち悪い。

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