第11話 夜会4

 ヴィノグラードフ大公は兄の皇帝陛下より輝く銀の髪にピジョンブラッドのような鮮やかな赤い瞳。ディアーナ様は金髪に青の瞳。長男のエドゥアールド皇子おうじ殿下は父の大公に似た、銀の髪とルビーの瞳。妻のナターリヤ皇子妃殿下は淡い金髪に、淡い青の瞳。次男のアレクサーンデル皇子殿下は、かすかに金が混ざった銀の髪、南国の海のような明るい青みの強い緑の瞳。


 大公殿下と二人の皇子殿下、ナターリヤ皇子妃殿下は高身長で顔立ちが整い、気品もあり立ち姿も美しい。ディアーナ様はアヴローラと同じくらいの身長だが、名前の通り月の女神のような美しさ。アヴローラは一六八センチメートル、平均的なローディナ女性の身長だが、同年代では低い部類。亡命中に適切な処置ができず背が伸びなかったので、高身長に憧れるアヴローラ。


 夜会会場まで大公殿下はディアーナ妃殿下を、エドゥアールド皇子殿下は、ナターリヤ妃殿下をエスコートするのは当然。叔母のパートナー、イサークは一時的にザラタローズ公爵邸に戻ったそうで、「会場までだからな」と念押しした公爵に、叔母は「久しぶりに妹をエスコートできるから照れてるのよ」と言う。アヴローラは父の後ろからついて行くつもりだったが、アレクサーンデル皇子殿下が、「私にエスコートする名誉を」と仰られた。断れる立場にないアヴローラは、恐縮しながら皆の最後尾に並んで進む。


 今まで皇弟おうてい御一家は壇上にいらしたので、父の公爵と一緒にご挨拶するのみ。例外は、アヴローラがインターンシップで、内務省ではエドゥアールド皇子殿下に、外務省ではアレクサーンデル皇子殿下にご挨拶はした。それなのにエスコートは畏れ多い、とアヴローラは内心で震えていた。しかし初めて会話してエスコートされているにもかかわらず、安心できるのは何故か。不安を与えず、スマートなエスコートは皇子殿下の技量か。


 アレクサーンデル皇子殿下はエスコートどころかダンスを踊らないことで有名で、口さがない貴族の中には皇子なのにと言われ、笑顔を見せず対応が冷ややかなので『トゥーンドラツンドラ気候皇子』とも呼ばれている。アヴローラは淑女の仮面で隠していたが、なんとなくアレクサーンデル皇子殿下は気づいていらっしゃるようで、アヴローラを貴族の仮面ではなく、微笑ましく見ているようで気恥ずかしく思ったが、頭を切り替える。会場の入り口に到着したからだ。


「アレクサーンデル、アヴローラを公爵にお返しして。名残惜しいのはわかるけど」

「わかっていますよ母上。公爵、ご令嬢をお返しします」


「殿下、ありがとうございました。アヴローラ、好奇の目に晒されるが耐えられるか?」

「大丈夫ですお父様。アレクサーンデル皇子殿下、エスコートをありがとうございました。リーザ姉様はどうなさいますか?」


「教授方にご挨拶して研究について話すわ」

「わたくしもお聞きしたいですわ。ですが、ここは戦場ですもの。出陣いたします」


いくさ女神のようで素敵だわ」 

「さすが私のアヴローラ」

「なんでお前のアヴローラなんだ。ディアーナ大公妃殿下にお褒めいただき、ありがたく存じます。行くぞ、アヴローラ」

「はい、お父様」


 父と叔母は長らく離れていても、仲がいい兄妹だと嬉しく思いながら、父のエスコートで会場に足を踏み入れる。会場内の貴族たちの視線が刺さるが、全て無視。父は外務大臣として、アヴローラは外務大臣夫人代理で所定の位置に立ち、これから各国駐在大使と夫人からの挨拶を受ける。


 駐在大使の挨拶は順番がある。友好国は優先度が高く、最初は大和やまと帝国の駐在大使と夫人だ。大使はローディナ語が堪能だが、夫人は流暢に会話するのは苦手。ところが珍しく大使が大和帝国の母国語、やまと言葉で会話をする。理由は、他国の駐在大使たちに聞かれたくない内容だった。大和帝国の春宮とうぐう殿下と妃殿下が、非公式で申し訳ないがアヴローラに会いたいとの仰せ。アヴローラは喜んで拝謁する旨を伝えると、日程はお互いのスケジュールを確認後に調整する、とのこと。


 その後も各国駐在大使や夫人と挨拶、各国の言語で会話。皇妃の母国、ガリア大使が会場にいないので、外務大臣としての挨拶は終了。ここからはザラタローザ公爵と公爵令嬢の立場で、貴族の挨拶を受ける。まずは旧ザラタローザ王国から一緒に亡命した、ザラタローザの家臣だった貴族たちが列をなして挨拶する。公爵家の使用人たちは、家臣だった貴族家の後継者以外の男女。その親や祖父母が挨拶するので、貴族らしい裏を読む会話は不要。アヴローラは使用人として優秀な息子や娘、孫の働きぶりを褒め、感謝を伝える。


 その後は爵位が高い貴族たちから順番に挨拶を受けたが、いつもの夜会より少ない。父に聞けば皇妃の『花の園』ご乱行に加わっていた人間は、既に確保されて尋問開始。昨夜、父と大公殿下が話し合い、夜会中に疑惑がある貴族邸へ第二騎士団団長の大公殿下の命令で捜査と人的物的証拠を確保して各家に使える使用人を取り調べ。出入り業者も家宅捜査している、と。絶対敵に回してはいけないリストの一番は大公殿下、とアヴローラの心のメモに書き込むと、近衞騎士が近づき、父の耳元で囁く。


「マリーヤが学位の剥奪にショックを受け、アトキン家の誰にも告げずに泣きながら庭園に出たそうだ。そこで令息たちから『ニキータの妹なら散々男と遊んでるんだろ。俺たちの相手もしろ』と襲われかけたが、パーリム侯爵と妹君から助けていただいたらしい。パーリム侯爵にお礼を伝え、マリーヤは屋敷に戻して謹慎させるよう、伝えてくる」

「わかりました。わたくしはリーザ姉様のそばにおりますわ」


 今夜は庭園が開放され、ロマンティックな雰囲気だと聞いた。あの騒動があったにせよ、未婚の令嬢が誰にも告げずに一人になるのはマリーヤに問題がある。助けてくださったパーリム侯爵は、父の公爵が珍しく夜会に参加すると言っていた、遠く離れた南東地域の貴族。アヴローラは叔母にも伝えようと向かっていたら、先程はいなかったガリア大使が若い男性を連れて来た。


「お父上の外務大臣はどちらに?」

「しばらくすれば戻ってまいります。お急ぎならわたくしから父に伝えておきますから、お気になさらないでください。わたくしも先を急いでおりますので失礼します」


「少しだけお待ちを! 今宵は私の息子を連れてまいりました。ローディナ語は話せないのですが、是非ともザラタローザ公爵令嬢にご挨拶をさせてください」

『初めましてザラタローザ公爵令嬢。ガリア大使の息子、シャルル・ド・ルージュです。お近づきの印に、ワルツはいかがですか?』


『初めまして、ド・ルージュ様。わたくしは急いでおりますので、ワルツはいつか機会があれば』

『次はいつお会いできるのか、恐怖で胸が張り裂けそうです! お美しいご令嬢の慈悲で、私の不安を取り除いていただけませんか?』


『……、一曲だけ、ワルツを踊ります』

『ありがとうございます! では行きましょう』


 アヴローラが面倒なガリア男の強引なエスコートに苛立っていたら叔母と目が合い、お互いにアイコンタクト。さっさと踊って叔母の元に行こう、と決めた。

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