第10話 夜会3

「皆の者、皇太女ヴァルヴァーラとニキータ・ペトローヴィチ・ザラタローザは婚約解消。補佐官たちも含めて処分し、後日発表する」


 と、皇帝陛下が話している最中に、会場奥から誰かを制止する声が聞こえる。それを振り切って登場したのは、レースやフリル、ダイヤモンドや真珠を大量に縫い付けた純白のロココ調ドレスを着用した皇妃こうひ。今宵の夜会は皇太女殿下の婚約記念も兼ねている。ローディナ帝国では、婚約パーティで女性は白かクリーム色のドレスを着る慣例があり、実際に皇太女殿下が白いドレスをお召しになっている。参加者は白色のドレスは着用不可の意味で、招待状は白の縁取り。にもかかわらず、娘の婚約記念夜会にウェディングドレスを着用した皇妃が現れた。


 静まり返る会場内、ウェディングドレス姿で笑いながら会場の真ん中まで進み、踊るようにクルクル回る。目が爛々と輝き意味不明な言葉を並べる。全員が固まる中、皇太女は猿ぐつわをかまされていながらも大音量の奇声を発して錯乱状態。我に帰った陛下が命じる。


「皇妃は乱心だ! 拘束して連れて行け!」


 近衞騎士が皇妃に近づくと、皇妃は自分にダンスを申し込みに来たと勘違いしているのか、右腕を差し出す。勘違いさせたまま腕を絡ませやんわりと拘束。近衞騎士は貴族らしい微笑みを皇妃に向けたので、喜んで皇妃は連れて行かれる。場所はダンス会場ではなく、貴人用の牢だろう。近衞騎士のプロフェッショナルな仕事ぶりに、会場中の貴族たちは関心すると共に、ほっとした。


「改めて後日、報告をする。皆はクレス夏至祭前夜を女神様に感謝して楽しんでくれ。飲み物や食べ物も用意しておるし、楽団は音楽を奏でる。クレス前夜祭は全国民がダンスを楽しむ日。余は戻らぬが、気にせず過ごして欲しい。大公、ザラタローザ公爵は、余と共に来てくれ」

「御意」


「アヴローラ、着替えるわよ。部屋は用意されているの」

「リーザ姉様が用意してくださったのですか?」

「一緒に行けばわかるわ」


 皇宮女官がエリザヴェータとアヴローラを案内してある部屋に到着。叔母と入ると、皇弟おうてい妃殿下改め、ヴィノグラードヴァ大公妃殿下の部屋。妃殿下と叔母が再会を喜んで抱き合っているのを見ていたら、メイドから囲まれて移動させられたのは浴室。ドレスを脱がされ、アヴローラが好むバラの花弁が浮かび、そのバラのオイル入りのお湯が張られたバスタブに浸かり隅々まで洗われ、頭から足の先まで磨き上げられた。


 ドレスは昨夜、公爵家の衣装係に頼んで作らせた、シルク製ネイビーブルーの下地を、透けた生地の内側に重ねてメイドが縫う。着替えと髪結にメイクもテキパキとメイドが行い、父がつけるように言った、チョーカーを含めたパリュールを装着してソファに座っている二人の前に行く。


「ディーナ姉様のメイドたちは素晴らしいわ。私のアヴローラが輝いている」

「ザラタローザ公爵令嬢は、顔立ちや立ち居振る舞いも美しいわね」


「大公妃殿下、改めて御礼申し上げます。わたくしのことは、どうぞアヴローラと」

「なら、私をディアーナと呼んでね。夜会はこれから。会場に行けば挨拶に来る方々の対応で忙しくなるから、今のうちに食べましょう?」


 ディアーナ様は大公妃殿下として、アヴローラは父と挨拶ラッシュになる。促されてリーザの隣に座り、ブリトン出身のディアーナ様らしく、アフタヌーンティーをいただく。


「リーザ姉様。ディアーナ様とは、いつから親交があるのですか?」

「ディーナ姉様がローディナ帝国に来てすぐよ。ブリトンで皇弟殿下と婚約式を終えて、皇弟妃殿下教育と女神様への信仰を誓う為に、ブリトンからローディナへ来られて親しくなったの。ディーナ姉様が十七才で私は五才。王弟殿下と兄様は十七才だったわ」


「幼少の頃からローディナ語は学んでいたけど、住まなければわからないことがあると思ったの。革命の時はブリトンに亡命して、息子たちはブリトンのパブリックスクールで学んだの。アヴローラ、ドクトル取得おめでとう」

「ありがとうございます」


「女性史上最年少でしょう? 男性で史上最年少でドクトル取得したのは、私の息子たちよ。ブリトンは飛び級ができるから、ある意味ズルよね」

「革命もありましたし、ズルではございませんわ。皇子おうじ殿下方はブリトンのパブリックスクールで、大変な思いもなされたでしょう。北の蛮族と呼ばれたのでは?」


「息子たちは『自分たちを下に見る輩は、成績で黙らせた』、ですって」

「うるさい奴らなんて、ボッコボコにすればいいのに」


「リーザ姉様。暴力を振るえば北の蛮族を肯定してしまい、相手の思う壺になります。皇子殿下方は努力なされて実力をつけ、成績に繋げられたのです。わたくしも見習いたい姿勢ですわ」

「私と違って、アヴローラは賢い立ち回りができるのよ。母が言ってた通り、ザラタローズを体現した存在だわ」

 

「淑女の鑑ね。踏み込んだことを聞くけど、婚約者や候補者はいるの?」

「いいえ。釣書は各貴族家から届きましたが、我が家の婿になれそうな方はいらっしゃらなくて。父が言うには、わたくしが望む男性は希少動物並みだそうです」


「アヴローラはどんな男性が好み? こんな顔がいいとかある?」

「整った顔立ちの方は、素直に美しいとは思いますが、わたくしはハニートラップにかからない、冷静で明晰な頭脳と、高い戦闘能力を求めているだけですわ、姉様」


「……うん、兄様が言った通りだわ」

「公爵のたとえは的確ね。そうそう、夫も公爵も後始末でしばらく忙しいから、リーザと一緒にアヴローラも、新しい帝都邸にしばらく滞在してくれる?」


「リーザ姉様はともかく、わたくしもご一緒してよろしいのでしょうか?」

「アヴローラが帰宅すると、助命嘆願貴族たちがザラタローザ邸に押し寄せてくるから、家令や家政婦長に対応を任せたほうがいいわ。リーザと一緒なら公爵も安心するし、私から伝えるわ」


「ではお言葉に甘えて、しばらくお世話になりますディアーナ様」

「どうしても必要な物があれば、ザラタローザ邸から持ってきてもらうから安心してね。そろそろ私達は、夜会という名の戦場に戻りましょうか。迎えが来るわ」


 ディアーナ様が仰られたのと同時に、メイド頭らしい女性が、「大公殿下、皇子殿下方、ザラタローザ公爵がお越しになりました」と報告。ディアーナ様が今まで夜会に出席なさるたびに、何度もアクシデントや、皇妃のわがままな振る舞いなど、どれほどの死線を乗り越えてこられたのか、機会があればお伺いしたいアヴローラだった。

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