第113話 レベル上げ厨、同業者たちを牽制する
4月29日。
今日はヒナタさんと泊まりがけでダンジョン探索をする日だ。
いつものように朝から新宿ダンジョンに向かうと、協会支部のロビーですでにヒナタさんが待っていた。
俺は急いでヒナタさんの傍に向かう。
「おはようございます、ヒナタさん! お待たせしました!」
「おはよう、武男くん。ううん、私も今来たところだよ」
「そうですか……」
「……? それじゃあ、さっそく着替えてダンジョンに入ろっか?」
「あ、いや、ヒナタさん、ちょっと待ってください!」
いつもなら、すぐにダンジョンへ向かうところだが……今日はその前に、ヒナタさんに渡す物がある。別にダンジョンに入ってから渡しても良いのだが、昨日ヒナタさんの大切さを再確認したこともあり、何となくすぐに渡した方が良いと思ったのだ。
あるいはそれは、ロビーのあちらこちらで、ちらちらとヒナタさん(の胸)に視線を飛ばしている同業者たちを牽制する意味もあったかもしれない。
「実は、ヒナタさんにプレゼントがありまして……」
「ぇっ!?」
「大した物ではないのですが……」
そう前置きして、俺は昨日手に入れたスキルオーブをリュックから取り出した。
「生活魔法のスキルオーブです。ヒナタさん、スキルレベルが4で止まっていましたよね? どうぞ、使ってください」
「あ、ありがとう……」
ヒナタさんはとっても微妙そうな笑顔で受け取った。
んー、まあ、そりゃそうか。これまでにも生活魔法のスキルオーブは渡していたからね。これが5個目だし、真新しさは皆無な品ではある。
やはり本命のプレゼントは別に用意する必要があるな。
何をプレゼントすれば良いんだろう? 指輪? ネックレス? さすがに重いか。それに俺の予想では、ヒナタさんは戦闘狂の気があるはずだから、何か戦いに関する物の方が喜ぶはず……。
となると、強力な攻撃魔法のスキルオーブとか、攻撃系スキルのスキルオーブとか、かな? あるいは武器。肉も骨も引き裂き、叩き潰せる凶悪なメイスなんかも、俺の中のヒナタさんのイメージとしては似合っているが……。
……うん、大丈夫だ。俺の中のヒナタさんはメイスを受け取っても笑顔で頷いていらっしゃる。
しかしまあ、プレゼントを何にするかは、おいおい考えていくことにしよう。
どうやら、同業者たちへの牽制という意味では、生活魔法のスキルオーブも十分な役割を果たしたらしいし。
俺がヒナタさんにスキルオーブを手渡した瞬間のことである。
ざわり、とロビー内の空気が変わったのだ。
「スキルオーブが、プレゼント……!?」
「大した物じゃないって……生活魔法のスキルオーブでも最低価格300万は下らない代物だぞ……!?」
「しかし、おい見ろ、ヒナタちゃんのあの顔を……!!」
「バカな!? あんまり嬉しそうじゃない、だと!? まさかあの程度の代物は貰い慣れているとでもいうのか!?」
「そんな話は聞いたことがなかったが、もしかして……ジャンキーニキはヒナタちゃんに貢いでいるのでは……!?」
「俺もヒナタちゃんに貢げば一緒にパーティー組んでもらえる!?」
「おい止せ現実を見ろ!! 300万が『大した物じゃない』扱いなら、俺らには無理だろ……!!」
同業者たちのざわめきを聞きながら、俺はうむうむと満足げに頷く。
これでヒナタさんを引き抜こうという輩も少しは減ることだろう。
一方、ヒナタさんは周囲を見回すと、なぜか慌てた様子で口を開いた。
「そ、それにしても、どうしたの急に!? スキルオーブなら、いつもダンジョンの中で、その……あれでしょ!?」
あれって何でしょう?
まあ、察するに――いつもならダンジョンの中で渡すのに今日はどうしたのって意味かな?
少し悩んだが……ここははっきりと、俺の気持ちを伝えておくべきだと考えた。
「実は昨日、久しぶりに1人で(レベル上げを)してみた時、気づいたんです」
「う、うん。1人で(ダンジョン探索を)してみた時に?」
――ざわり。
「(1人でシテみた時!?)」
「(久しぶりにってことは、まさか普段は誰かとヤっているというのか!?)」
「(バカな……!? 噂ではジャンキーニキはまだ童貞だったはず!!)」
「(相手は誰……いやまさか!?)」
「俺、もう……ヒナタさんとじゃないと満足できない体になってしまったって!!」
俺は苦しそうに、涙さえ流しそうな表情で本心を吐露した。
「えっと、それは……(武男くんのことだから、1人だと効率が悪くて、レベルが上がらなかった……ってことかな?)私としては、その……ちゃんと私も役に立ってるみたいで、嬉しいけど……」
――ざわざわっ!!?
「(ヒナタちゃんじゃないと満足できない体だとぅッ!!?)」
「(まさかジャンキーニキはヒナタちゃんと……!?)」
「(って、ヒナタちゃんも否定するどころか肯定している!?)」
「(これは……もう確定だろ……!!)」
「(未だかつて、役に立てて嬉しいという言葉が、これほどエロい意味で使われたことがあっただろうか……!?)」
「それはもちろんですよ!! 役に立っているどころか、ヒナタさんに(モンスルーム周回を)サポートしてもらえない生活なんて、もう考えられません!!」
「そ、そっか」
「1人じゃどうしても……気持ち良くなれないんですッ!!」
ついに俺の涙腺は決壊し、涙が溢れた。
――ざわざわざわっ!!?
「(ヒナタちゃんにサポートしてもらえない性活なんて考えられないだって!?)」
「(ジャンキーニキの奴、マジ泣きしてやがる!! 昨日、そんなにイケなかったことが苦しかったのか……!! だとしたら、いつもはいったいどんな快楽を……っ!?)」
「(レベル上げにしか興味がなく、性欲なんてないと思っていたあのジャンキーニキにここまで言わせるなんて、ヒナタちゃん、君はいったいどれだけのテクを……!!)」
「(っていうかちょっと待って? じゃあ、ヒナタちゃんがさっき言ってた『スキルオーブならいつもダンジョンの中で』って、どういう意味だ!? ダンジョンの中でスキルオーブを使って、いったいどんなエロいことをッ!?)」
「そうなんだ……(昨日はレベルアップできなかったんだね)」
「だから、ヒナタさんを誰にも渡したくないと思って、プレゼントを……」
「んんっ!? (いや、待って私! これは私が他のパーティーに移らないか心配してるだけだよきっと!!)……武男くん」
「はい」
――ざわ……っ!!?
「(あのジャンキーニキが恋に狂ったようなセリフを言ってる、だと!?)」
「(何だ!? これは本当に現実か!?)」
「(思わず何もかもを疑いたくなってしまうくらい非現実的な光景だが……しかし、ここまでの2人の会話を分析してみれば、真実は1つだけだ……)」
「(つまり……ヒナタちゃんのテクで快楽に狂わされたジャンキーニキが、ヒナタちゃんに貢いでいる……というのが真実)」
「(ヒナタちゃん……なんて魔性の女なんだ……っ!!)」
「その、私は他の人のところになんていかないよ。私も……武男くんとじゃないと、その、困るし……今さら他の人となんて、考えられないよ」
「っ!! ヒナタさん……!!」
「えーっと、だから……私を引き留めるためにプレゼントとか、しなくて良いからね?」
「分かりました!」
どうやらヒナタさんにパーティー移籍の考えはないようだと知って、俺は安心した。
恥ずかしそうに頬を赤らめていたヒナタさんが、空気を変えるようにわざとらしく大きな声を出す。
「そ、それじゃあ! 今度こそ着替えて、ダンジョンに行こっか!」
「はい!! 行きましょう!」
そんなわけで俺たちは、ロビーから更衣室へ移動したのだった。
ちなみに。
――ざわざわざわ……っ!!?
俺とヒナタさんは自分たちの話に夢中で、ロビー内が大層ざわついていることに気づかなかった。
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