第98話 マスター、人類に挨拶する
日本時間において4月17日の深夜、日付が変わるか変わらないかの時間。
突如として、全世界のテレビ、全てのチャンネルが番組の途中で切り替わった。
各社テレビ局が映し出したのは、慌てた様子の、けれど何処か神妙な表情を浮かべるアナウンサーたち。その全員が緊急速報を告げる。まずは、これから映し出す映像を見てほしいと。
そして映像はさらに切り替わる。
映し出されたのは白い空間。白い玉座と、そこに座る一人の男。
男は長い白髪をしていた。病的に白い肌をしていた。瞳の色は驚いたことに金色だった。年齢は分からない。二十代の若者にも見えるし、四十や五十代に差し掛かっているようにも見えた。
年齢不詳の理由は、白髪であることよりも、男の顔が酷くやつれていたのが大きい。頬はげっそりと痩けており、目の下にはくっきりと黒く見えるほどに、深い深い隈が浮かんでいた。
肌の色から人種は白人種にも思える。しかし、顔立ちは彫りが浅いような気もした。いや、そもそも、光り輝くような金色の瞳を持つ人類など存在しない。
いずれの人種にも属さない、得体の知れない人物。
それが男を見た多くの者たちが、初見で抱いた印象だ。
男はどこか気だるげな雰囲気を纏いながら、口を開く。
『地球人類諸君、こんにちは』
短い言葉だ。
しかし、その瞬間に多くの者たちが気づいた。男の発した言葉の異常さに。
それは地球上に存在するどの言語とも違った響きを伴っていた。だが、それなのに、男が何を言っているのか理解できる。
人々は、この異常な現象に目を見開いた。
『まず、最初に説明しておこう。私は地球上の全ての地域に、この映像を発信している。そして、私が話しているのは一種類の言語だが、私の言葉を理解できない者はいないだろう。その理由は単に、私が《天声神語》というスキルを使っているからだ』
『このスキルは聞く相手にとって、私の言葉を第一言語と同等に理解させる効果がある。ただそれだけのスキルだ』
『これで私の言葉が理解できる理由は分かってもらえたかと思う。それでは、さっそく本題に入ろう』
『私が何者か、ということを説明する』
『私は――』
『――私はダンジョンマスターだ』
『ダンジョンマスターとは何か? と聞かれれば、答えは簡単だ。現在、地球上に発生している全てのダンジョン。その管理者権限を持つ者のことである』
『さて……私がこうして人類諸君の前に姿を現したのは、もちろん理由があってのことだ』
『だがその前に、ダンジョンとは何か? 疑問に思っている事と思う。その疑問にお答えしよう』
『ダンジョンとは、君たちの言葉で言えば、テラフォーミング装置だ。つまり、ある生命体にとって生存しやすいように、惑星環境を改造するための装置だ』
『この場合、言うまでもないが、ある生命体とは君たち人類のことではない』
『ダンジョンによるテラフォーミングが完遂されれば、君たちは死ぬ。一人残らず』
『言っておくが、ダンジョンによるテラフォーミングを妨害する手段は、少なくとも君たちにはない。そしてこのテラフォーミングは、不可逆的なものだ。環境改変の段階によらず、元の環境に戻ることはない』
『薄々察している者もいるだろうが、現在進行形で行われているテラフォーミングとは、地球への魔素の拡散の事だ』
『これにより、以下の手順でテラフォーミングは進む
フェイズ1、ダンジョンの出現。これはすでに終わっている。
フェイズ2、モンスターの氾濫。地上での魔素濃度が一定数値を上回ることで、ダンジョンからモンスターが地上へ出てくるようになる。
フェイズ3、ダンジョン領域の拡張。地上でモンスターが発生するようになる。
フェイズ4、7つのコアダンジョンが出現し、モンスターの氾濫による魔素の拡散が加速する。
そして最終フェイズ、地球全域のダンジョン化。こうなれば地球上の何処であってもモンスターが発生するようになる』
『ちなみに、魔石の利用を完全に停止し、ダンジョンを封鎖することはおすすめしない』
『現在の状況はフェイズ1とフェイズ2の中間にあるが、ダンジョン内のモンスターを狩らなければ、フェイズ2に移行するまでもなく、モンスターの氾濫が起こるようになる。地上に出たモンスターは時間経過で消滅するが、その際、地上に魔素を撒き散らす』
『つまり、ダンジョンを封鎖したところで時間稼ぎにしかならず、かつ、ダンジョンに潜ることを止めることで、人類はモンスターに対処する術を失う』
『だが、安心すると良い。君たちが生き延びる道も確かにある』
『それはダンジョンを攻略することだ』
『いずれ出現する7つのコアダンジョンを踏破し、その管理権限を人類が掌握することだけだ』
『そのために君らはダンジョンに潜り、ダンジョン攻略のための戦力を整えねばならない』
『……さて。なぜ、人類の敵であるダンジョンマスターたる私が、人類生存の可能性を示すのか、疑問だろうと思う』
『私がそうする理由は、実に単純なことだ。そう難しく考える必要はない』
『――娯楽だ』
『まず間違いなく、人類は絶滅する。君たちがコアダンジョンを攻略することは、万に一つもあり得ない』
『だが、必死に足掻いてみたまえ。その果てに、もしかすれば、私からダンジョンの管理権限を奪取し、生き延びることができるかもしれない』
『勝利の決まっているゲームほど、つまらないものはないだろう?』
『だからこそ、私は君たちが足掻く様を見て、楽しみたい。もしかしたら敗北するのではないかというスリルを味わいたい。ただそれだけだ』
『なお、拒否は許されない』
『これはゲームだ。君たち人類の生存を賭けたゲームだ』
『ゲームに参加しないというのであれば、君たちは滅ぶしかない』
『どちらにしろ滅ぶというのなら、か細い可能性にかけてみても良いのではないかね?』
『最後に――』
『もしかしたら、私が嘘を吐いているだけのペテン師だと、そう疑っている者もいるだろう』
『だから、私が君たちに説明した話が本当である証拠を提示したいと思う』
『私が間違いなく、ダンジョンマスターである証拠だ』
男は言葉を区切る。
そしてゆっくりと右手を持ち上げ、
パチンっ! と、指を鳴らした。
『――たった今』
『私はダンジョンのとある機能を解放した』
『君らが転移陣と呼ぶ物の機能だ』
『これまでは下の階層から上の階層に戻ることしかできなかった。だが、これからは違う。一度自らが踏破し、その階層の転移陣に乗る必要はあるが、双方向の転移機能を解放した』
『つまり、これからは一度降りた階層であれば、たとえば1層から瞬時に10層へ転移することも可能になった、ということだ』
『これは私から人類諸君への、心ばかりのプレゼントだ』
『この機能を使って、是非ともダンジョンを踏破してもらいたい』
『諸君らの健闘を期待している』
『では――』
そこで、流されていた映像は終わる。
画面はスタジオに戻り、アナウンサーが今の映像について説明する。この映像は各国政府にダンジョンマスターを名乗る存在から放送するように要求されたものだと。
政府がなぜ、この映像の公開に踏み切ったのかは現在のところ不明。
しかし、映像の中でダンジョンマスターが言っていたように、転移陣の双方向転移機能が解放されているならば、信憑性は高いものになるだろうと。
ここであるテレビ局は番組通りの放映に戻り、またあるテレビ局は緊急特番を組んで、急遽呼び寄せたダンジョン専門家たちと討論を開始する。
ダンジョンマスターは本物か。本物だとしたらどうなるのか。彼が言ったモンスターの氾濫やダンジョン領域の拡張は本当に起こり得るのか。今日、あるいはもう昨日、世界7つの都市圏で起こったモンスターの氾濫とは関係があるのか。あれはダンジョンマスターの仕業なのか否か。
誰も確証のない推測ばかりの討論は、中身がなくふわふわしている。
だが、それからわずか数分後、再度の臨時ニュースが飛び込んできた。
それはダンジョンの転移陣に、ダンジョンマスターが告げた通りの機能が解放されていたことを知らせるものだった。
かくして世界は大きな混乱に包まれ、否応なく新たなステージに移行していく事となる――。
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