第97話 マスター、敗北を認める


 そこは白い、白い空間だった。


 何もかもが白いその空間に、白い玉座がある。


 玉座に座っている人物を「アイ」はただ見つめることしかできない。


 すでに報告はした。そして打てるだけの手も打った。数多いる協力者たちに協力を仰ぎ、混乱を最小限に抑えるように尽力した。


 起きたのは魔素の大量散布による、一時的なダンジョン領域の拡張とモンスターの氾濫だ。


 仮に、今回の件を「人工スタンピード」と呼称しよう。


 これは人為的に行われた未曾有のテロ行為である。


 そしてこのテロは、世界中でにも及ぶダンジョンにて同時多発的に発生した。


 発生したのは世界中複数の都市圏。


 東京、デリー、上海、ダッカ、サンパウロ、カイロ、メキシコシティ――以上、7つの都市圏に存在する複数のダンジョンにて、人工スタンピードが発生した。


 その全ては探索者協会の尽力と、協力者たちの働きによって最小限の被害で終息したと言っても良い。


 同時に、マスターは僅かな余力を持って、協力者たちにテロの実行犯たちを追わせ、を、その身柄を拘束することに成功している。


 だが。


 実行犯たちが首謀者に繋がる情報を持っていないことは、すでに確認済みであった。この後、各国政府が個別に追及を行うのだろうが、それも無駄に終わるだろう。


 今回のテロにおいて、実行犯たちなど単に利用された捨て駒に過ぎない。首謀者にとっては、何人捕まろうが殺されようが、痛くも痒くもないはずだ。


 いや、そもそも。


「(首謀者が何者かなど、分かり切っていますが)」


 アイは断定する。この事はマスターにも告げているし、報告するまでもなくマスターも同じ考えだった。


「(テロの実行犯たちは、全員が【シードスキル】保持者でした。こちらが把握していないスキル保持者がいる以上、彼らに【スキルシード】を配布した何者かがいるのは確定です。そしてそんなことができるのは、マスター以外には……奴らしかいません)」


 首謀者が人間社会で誰となって活動しているのかは分からない。何という名で活動していて、どんな姿をしているのかも。そもそも、もはや一人とは限らないだろう。


 けれど、首謀者が何者なのかは知っている。


 特にマスターは。


 数百、あるいはそれを超えるほどの長い年月、奴らと戦い続けているのだから。


 アイは玉座のマスターを見る。


 マスターは己の顔を強く手で掴みながら、茫漠とした瞳を虚空に向けて、何事かを呟き続けている。



「なぜだ……? 何処から出てきた……? 封じ込めは完全だったはず。いや、目を背けるな。答えなど一つだ。管理外領域からしかあり得ない。だが、30層より上で俺の目を欺くなど不可能だ。だとしたら、こちらの管理領域を経由しない移動方法……空間魔法しかあり得ん。つまり、《空間魔法》スキルを持つ協力者を乗っ取ったのか、寄生虫どもがぁ……っ!! しかしなぜ抵抗できなかった? 全員レベルは100以上あったはず……100では足りなかったか? それとも上位個体が……次からは協力者の選定はもう少し慎重にやらなければ……いや、それは後だ。誰が奪われた? 《空間魔法》スキルを持つ協力者だけでも147人いるぞ。奴らの特性からして、絞り込みは難しい……あちらから襲わせるように仕向けるか? いや違う。まずすべきことは……」



 ぎょろり、と。


 マスターの瞳が動き、アイに焦点を合わせる。


「アイ」


「はい、マスター」


「地上の魔素濃度上昇率は?」


「今日1日で0.46%の上昇です」


「……こちらはひとまず問題ないか。なら、各国政府の……いや、ネット上の反応は?」


「そちらはマスターのご想像通りかと。安全なはずの地上にモンスターが出現したことで、ダンジョンに対する忌避感が急激に強まっています。それにテロリストたちが探索者だとの誤解も広まっていますし、これから探索者人口の大幅な減少が予想されるかと」


「……寄生虫どもは、この後どう動くと予想する?」


「分かりませんが……奴らが今回同様のテロ行為を続けるだけで、終末の到来は早まるかと。現状、魔素濃度を低下させる有効な手段はありませんので……」


「……だろうな」


 そう頷いて、マスターは深く思索に耽るように目を閉じた。


 やがて、考えが纏まったのか、マスターは眉間に深い皺を刻みながら、口を開く。


「……封じ込めに失敗した以上、時間は俺たちの敵で、奴らの味方だ。……認めなければならん。今回も俺は敗北した」


「マスター……」


「――だが、経験の積み重ねで、いつかは勝利してみせる。ならば、まだ足掻かなければならん。手垢の付いた方法ではあるが……人間どもの尻を叩いてやらねばならん。アイ、WEOを経由して各国政府に繋ぎを取れ」


「何をなさるおつもりで?」


「教えてやるのさ。ダンジョンの脅威を。そして死にたくないのなら、ダンジョンを攻略するしか生き延びる道はないことをな……。ああ、それから、芝居を信じ込ませるために、転移陣の機能解放を早めるぞ」


「管理領域の拡張が間に合っておりませんが? リソースは如何なさるのです?」


「称号システムを流用する。俺が顔を出すなら、それくらいのリソースは集まるだろうさ」


「……了解いたしました」



 ●◯●



「せ~んせっ!」


「おや、こちらに来てよろしいのですか? 貴女には上海を任せていたはずですが」


「だいじょぶだいじょぶ! あっちはだいたい終了したよ~。ちなみに状況の推移は予想通りだね。だいぶさんの手下に捕まっちゃったけど……」


「そうですか。まあ、東京も似たようなものですね」


「でもでも、本当に良いの~? せっかく【スキルシード】を与えた人たちを助けなくて?」


「構いませんよ。本来、【スキルシード】なんて貴重な物ではありませんし、私たちなら幾らでも持って来れますしね」


「ん~、まあ、そっかぁ~。成長個体だけ選別できれば問題ないよねっ!」


「はい。それよりも、これで探索者となる人間が減ってくれれば良いのですが……」


「それはそうだけど~……そんなに気にする必要あるぅ? マスターさんに侵食の遅延は出来ても根本的な解決手段はないわけだし、放っておけば良くない? 結局は私たちの予定通りにしかならないわけだし」


「それはそうですが、マスターは放っておくにはイレギュラー過ぎます。それに……探索者という存在はあまりにも。彼らは魔素の吸収と消費に特化し過ぎている。そもそも【スキルシード】が蒔かれていない状況も、ダンジョンの一部領域とはいえ、マスターという得体の知れない輩が管理していることも、探索者などという気色の悪い生物が作られていることも……何もかも想定外です。私としては、イレギュラーを排除するために積極的に動くことを推奨します」


「マスターさんを殺す?」


「ええ。どう考えても、このイレギュラーの原因はマスターでしょう。私たちの手で種を蒔くにも限度というものがありますし、やはり、ダンジョンの状態は正常なものに戻しておきたいですしね」


「ん~、おっけぃ! 私もせんせいに賛同するよっ! でも、どうする? 少なくとも今回の件で、私たちの存在はマスターさんにバレちゃったと思うけど? 警戒されてるんじゃ?」


「まあ、それは最初から織り込み済みです。ですが、マスターの性格上、私たちを確実に排除するために、罠を張ると思うんですよね」


「その罠に敢えて乗るってこと?」


「はい、そうです。まずは彼がどの程度の力を持つのか、その情報を得たいところです」


「ふ~ん、それは良いけど、私、この器気に入ってるし、壊れるようなことはしたくないなぁ」


「まあ、すぐにということにはならないでしょう。こちらもまともな戦力を整える必要がありますし、その時にでも、皆でもう一度相談しましょう」


「うん、分かっ――ん? ぉお? わ、わっ! せんせぇせんせぇっ!!」


「どうしました?」


「これ見てこれ!! すっごい事になってるよ!?」


「ん? これは……ニュース映像ですか? 日本……だけではないようですね。同時に世界中で?」


「うわぁ~……まさか、マスターさんがこんなことするなんて、びっくり……!!」


「確かに、これは驚きですね。それに……対処が早すぎる。……ふむ、なるほど。これは……よくもまぁ、こんなことを考えついたものです。これならば、確かに探索者の減少に歯止めをかけることができる。いや、もしかしたら逆に増えることもあり得ますね……」


「どうするせんせい? 私たちも声明出す? スタンピードを起こしたのは私たちだー! 探索者は悪! 成るなら殺す! って」


「いや、それは無駄でしょう。マスターは私たちの……というより、種を与えた者たちの言論を否定するどころか補強していますし、ここで改めてダンジョンは危険だなどと煽ったところで、効果は薄そうです。……しかしまさか、自ら望んで悪役の汚名を被るとは……そしてそれが彼にとって益になるとは」


「ぜったい変態だよこいつ! マゾだよマゾ!」


「マゾかどうかは分かりませんが……私たちのやった事の半分が無意味になってしまいましたね。本当に……厄介な。ただでさえなど、得体の知れない存在だというのに……」



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