第63話 レベル上げ厨、電話をシカトする


「ふぅ…………何とか勝てたな」


 レベルアップの快楽の余韻が過ぎて――俺は仰け反っていた姿勢を元に戻した。


 それから酷い筋肉痛みたいに痛む両腕を見下ろす。


 ビクビクと時折痙攣する腕は、その度に激痛を走らせ、力が入らない。骨は折れていないみたいだが……しばらくはまともに動かせないだろう。


 というかそもそも、剣が壊れてしまったので今日はもう帰るしかないか。


 そんなふうに考えていると、がしゃんっと、何かが床に落ちる音がした。


「ん?」


 音のした方に視線を向ける。


 すると、聖騎士がめり込んでいた壁の前に、何かが落ちていた。


 ちなみに聖騎士の姿は無数の光の粒と化して、すでに消えている。


「これは……魔石と……剣?」


 壁の方に近づいてみると、落ちていたのは聖騎士のドロップと思われる魔石と、装飾の施された鞘に収まった長剣だった。


 剣の方はたぶんだが、聖騎士が使っていた物と同じだろう。


 痛む腕で剣を拾い上げ、何とか鞘から引き抜いてみると、予想通り、白銀色の美しい剣身が姿を現した。


「いきなり死にかけたけど……これは、ラッキーと言って良いのか?」


 協会で鑑定依頼に出してみないと詳しい性能は分からないが、十中八九、俺が使っていた鋼鉄のロングソードよりは数段良い物だろう。


 この短期間に二度も剣を買い換える羽目になるかと思ったけど、代わりにこの剣を使えそうだ。


「うん、よし……2時間くらいここで休んで、腕が回復するようだったら周回を再開しよう」


 骨も折れていないし、筋肉が断裂したり腱が切れていたりもしていないはずだ。ならばしばらく休んでいれば、回復する可能性は高い。ダンジョンの中なら自己治癒能力も強化されているはずだからね。


 俺はそう決めると、魔石を拾って壁際に置いていたリュックのところまで移動し、休憩し始めた。


 それに時間的にもちょうど良いので、ついでに昼食も取る。


 ダンジョンに来る前にコンビニで買い込んだおにぎりやらサンドイッチやら惣菜パンやらを食いながら、スマホで動画を流し観ている――と、


「んあっ!?」


 いきなり電話が掛かってきたので、少し驚いた。


 スマホの画面を見ると、しかし、電話相手は登録していない番号のようだった。見知らぬ電話番号に、俺は顔をしかめる。


「こわ……出ないでおこう」


 特に迷うこともなく、俺は電話に出ないことに決めた。


 いや、だって最近は詐欺電話とか多いし、知らない番号からの電話って怖くない?


 なので基本、俺は知らない番号なら無視することにしている。


「……って、しつこいなこの人」


 しかし、今回の詐欺電話(仮)はしつこかった。もう1分以上も着信音が続いている。


 いい加減、こちらから切って着信拒否に設定しようかと思ったところで、ようやく切れた。


 どうやら、やっと諦めてくれたらしい。


 そう思って安堵し、ヨオチューブで動画鑑賞を再開しようとしたところ、それを遮るように、再び着信音が鳴り響く。


「――――っ!!?」


 だが、今度は先ほどの詐欺電話(仮)ではなく、きちんと電話帳に登録した相手だった。


 スマホの画面には「ヤクザニキ」と、電話相手が表示されている。


 俺はすぐに電話に出た。


「はい! もしもし! 武男っす!!」


『……どうして私の電話に出なかったのですか?』


「――え?」


 聞こえて来たのは、ヤクザニキのイケボではなかった。


 どこか怒りを秘めたような女性の声音。俺が記憶の中から声の主を探り出すまで、数秒くらいはかかっただろうか。


「…………もしかして、ミトさんですか?」


『もしかしなくてもそうです』


「えっと……もしかして、さっきの電話って……」


『もしかしなくても私です』


「あっはい……その、すみませんでした。ちょっと登録のない番号だったので、怖くて無視してしまいました」


 正直に告げて謝罪した。


『はぁ……まあ、それはもう良いです』


 と、ミトさんはため息を吐きながら許してくれた。


 しかし、ミトさんから俺に電話とは……いったい何の用だろう?


『ところで鮫島くん』


「はいっす」


『今、どこに居ますか?』


「ダンジョンの中です」


『新宿ダンジョン4層のモンスタールームの中ですか?』


「え、怖い……何で分かるんですか?」


『女の勘です』


 女性の勘こわい。


『ところで、モンスタールームの中で、何か異常はありませんでしたか?』


「異常、ですか……?」


 聞かれ、俺は考える。それから答えた。


「いえ、特には」


『……本当ですか? よく、記憶を思い返してみてください。何か異常があったでしょう?』


「んー……いやぁ、異常って言うほどのことは、特に?」


『んんっ……ほら、普通とは違うモンスターが出現したとか』


「おお! え? 何で分かるんですか? 確かに出ましたけど」


『……その前に、どうしてそれを隠そうとしたんですか?』


「それ? ……ああ、変なモンスターが出たことですか?」


『そうです』


「いや、隠そうとしたわけじゃなくて……異常とは思わなかったというか」


『……正気ですか? 頭がおかしいんですか? アレが異常でなかったら何だと思っていたのですか?』


「いや、シークレットモンスターかなって」


『……何ですか、それは?』


「特定の条件を満たすと出現する、レアなモンスター……っすかね? ほら、ゲームとかでもあるじゃないですか、そういうの。それかなって」


『…………』


「…………」


 何すか?


『……それを、異常というのです、普通は』


「おお……! なるほど」


 しかし、ミトさんのような高レベル探索者に常識を説かれるとは……そこはかとなく、納得いかないものを感じる。


『ふぅ……!! 良いですか? そういうモンスターが出現するのには、必ず理由があるものです。何か普段と違う行動を取っていたとか。……思い当たることが、ありますよね?』


「思い当たること……ああ!」


 シークレットモンスターの出現条件のことだろうか。


 もちろん、思い当たる節はある。何がきっかけでフラグが立ったのか、動画を観ながらもずっと考えていたからな。


「たぶん、周回しまくったことですかね? ずばり、モンスタールームを一定期間内に何百周とかすると、出現するんじゃないかって思うんですが」


『違います』


「え、マジっすか?」


『他に思い当たる節、ありますよね?』


「いや、それ以外は特にないっすね」


『…………魔石』


「え?」


『魔石は、ちゃんと拾っていましたか? 放置していませんでしたか?』


「お、おお……!! 何で分かるんですか? もしかして、見てたんですか?」


 俺はモンスタールーム内をきょろきょろ見回してみたが、もちろんミトさんの姿はない。


『見ていません。女の勘です』


 マジかよ。女性の勘というか、それってもはや超能力では?


『良いですか、鮫島くん。よく聞きなさい』


「はい」


『モンスタールーム内に魔石を放置してダンジョンに吸収させ続けると、あなたが今回遭遇したような、特殊なモンスターが生まれてしまうことがあるんです』


「へぇ! そうだったんですね!」


 びっくりだぜ。まさか魔石を放置していたことが原因だったとは。


 しかしそうなると、また魔石を放置して周回し続ければ、聖騎士と再戦できるってことだろうか?


 いや、別に戦いたくはないけど。


 確かにめちゃくちゃ経験値は多かったけど、手頃な強さのモンスターを複数狩った方が、レベル上げの効率は良いからな。


 ちなみに、聖騎士を倒して獲得した経験値は4万だった。


 これは《ゴブリンジェノサイダー》で2倍になっているはずだから、聖騎士本来の経験値は2万のはず。


 まあ、それでもとんでもない経験値なのだが……やはり倒した労力と入手した経験値が吊り合っているようには思えない。


 やっぱり再戦するのはできれば遠慮したいところだが……周回続けてると、必然的に再戦することになるような気もする。


 次に戦う時には、今回よりも楽に勝てるようになっているとは思うのだが……と、そんなふうに思考を巡らせていると、ミトさんが強い口調で言った。


『良いですか? そういうわけなので、今後は魔石を放置したりしないように』


「え?」


『間違っても再戦しようなどとは考えないでください』


「…………」


『出現するモンスターの種類や強さは固定ではありません。今回は運良く勝てたようですが、次もまた勝てるとは限りませんからね。あまり自惚れないことです。分かりましたか?』


「……はい、分かりました」


 マジ? 魔石放置しちゃダメなの?


 それだと周回の効率落ちるんだけど。


 ……いや、どうせバレないだろうし、今後も放置しても……。


『ちなみに、あなたがまた魔石を拾わず放置すれば、私には分かりますので。もし、言いつけを破って大量の魔石を放置するようなことがあれば……お仕置きですよ?』


 ひえっ!? ……今、背筋に悪寒が走りましたよ?


「……ちなみに、どうやって分かるのか、聞いても……?」


『女の勘です』


 ……《女の勘》っていうスキルかな?


 いや、さすがにそんなスキルはないだろうが。


『ふぅ……良いですか? あなたが私の忠告を無視して死ぬのはどうでも良いのです。しかし、あなたのせいで出現した特殊なモンスターが、モンスタールームの外に出たらどうなると思いますか?』


「……外に出るんですか、アレ?」


『出ます。だから言っているのです』


「なるほど……分かりました。もう、魔石を放置したりしません。約束します」


 俺はしっかりと頷いた。


 周回の効率は下がってしまうが、さすがに俺の身勝手な行為で他の探索者の方々を特大の危険に晒すわけにはいかない。それはあまりにも無責任というものだ。


『分かっていただけたようで、良かったです』


「いえ、こちらこそ、ご忠告ありがとうございます」


 何で聖騎士(仮)が現れたことを把握しているのかとか、色々謎は多いが……たぶん、聞いても答えてはくれないんだろうなぁ……。


『いえいえ。それと、鮫島くん、今回のことは他の探索者にも注意喚起が必要です』


「えーっと、他の探索者が俺と同じことをしないように、ですか?」


『はい、その通りです。なので、鮫島くんは今から地上に戻り、協会に今回のことを報告してください。その際、撮影している動画データの公開を求められるかと思いますが、拒否しないように。一応、こちらからも新宿協会支部には一報を入れておきますので』


 今からかぁ……ってことは、今日のレベル上げはもう終わりになりそうだな。


 ミトさんには聞こえないようにため息を吐き――俺は了承した。なぜかは知らんが、今日のミトさんは不機嫌そうで何か怖いし、ここは素直に従っておこう。


「分かりました。それじゃあ、今から地上に戻ります」


『ええ、よろしくお願いしますね。それでは』


 というわけで、この日はこれで活動を切り上げ、地上へ戻った。


 ダンジョンから戻ってゲートを通り抜けると、すでにミトさんから連絡があったのか、協会職員の人が待ち構えていたので、その人について行き、色々と事情を説明したり聞かれたりした。


 その時、ついでに聖騎士からドロップした長剣の鑑定も、今回のことに関わりがあるため優先的に行ってもらえたのだが……鑑定結果に新宿協会支部はちょっとした騒ぎとなった。


 いやー、まさか特殊なモンスターとはいえ、4層に出て来たモンスターが「ミスリルの聖剣」なんて代物をドロップするなんてね。びっくりだぜ!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る