第12話 私

赤黒いあざができた顔と、ボサボサになった髪の毛。

私が家に帰ってくると大騒ぎになった。


お母さんは泣き出すし、お父さんは怒っていた。

兄は複雑そうな顔で私を見ていた。


事情を問いただされ、話すと学校に連絡まで入れられてしまった。

大事にしたくはなかったけれど、私に拒否権はなかった。

病院にも連れて行かれ、自分が子どもなんだなと実感させられてしまった。


特に大きな怪我も見られず、自宅に帰ってくる。

長く感じられた一日が終わって、ようやくベッドで横になれた。

目を瞑ると、若槻ひろなの声が聞こえた。



――悲劇のヒロインぶってるくせに、妙に自分に自信持ってるよね?

――内心相手のこと見下してるのも透けて見えんだよ。

――言っとくけどこの世界にあんたの居場所なんてないから。

――みんながあんたの存在に迷惑してんの。



胃液が込み上げ、思わず吐いてしまう。

せめてゴミ箱に吐きたかったけど、間に合わなくてベッドに吐いた。


嫌な汗が流れ、呼吸が荒れて、動けなくなる。

まるでダンゴムシのように、私は膝を抱えて泣いた。


私が何したっていうんだ。

人を傷つけることを言ったり、暴力だって振るってない。

ただ普通に生きてただけじゃないのか。


何でこんな目に遭うのだろう。

何がいけなかったんだろう。


答えが見えない問いだけが、脳裏に浮かんでは消えていく。

分かっている。私は恵まれてるんだ。

近藤に助けてもらったし、家族も守ってくれている。

でもそんな庇護の外では、みんなが私を嫌っていた。

その事実を突きつけられて、ただひたすらに心が沈んだ。


私は配信ができなくなった。


 ◯


私の朝は夜に始まる。


十六歳。

高校一年生。

学校には行っていない。


起きて、天井を見上げて、お腹が減ったら御飯を食べて、眠たくなるまで横たわって、体が寝てくれるのをひたすら待っている。


起きている間は辛かった。

嫌な記憶とひどい言葉だけが何度も頭の中に浮かぶからだ。

自分が正しいと思っているやつらの声が、ただひたすらに私を責めるからだ。


配信だけが私に居場所と役割を与えてくれた。

その配信すらもできなくなった今の私に、なんの価値があるんだろう。

誰にも何も還元できていない。

家族に負担と迷惑ばかりかけている。



――言っとくけどこの世界にあんたの居場所なんてないから。

――みんながあんたの存在に迷惑してんの。



若槻ひろなの言葉は、事実だったんだ。

そんな風に思えてきた。


「私、死んだ方がいいのかな……」


言葉にすると、思想は現実味を帯びてきた。

そうすることが正しいことのように思える。

何より、死んで楽になりたかった。


そこにベルトがある。

ドアノブで首を吊れば簡単に死ねるだろう。

私が手を伸ばすと、ベッドの縁に置いてあったスマホが地面に落ちた。

画面が光り、全く確認していなかった通知が表示される。


「……DM?」


Xでダイレクトメール受信の通知が表示されていた。

気になって、私は画面を開く。


画面には『りん』と表示されていた。

ついさっき届いたものらしい。

メッセージボックスの中に、一行だけメッセージが表示されている。

『さーや、デビュー半年おめでとう』と書かれていた。


「そっか、配信始めて今日で半年なんだ……」


メッセージをタップして表示する。

そこには一枚の画像ファイルが添付されていた。

見覚えのある絵柄のイラストだ。


「これ……私?」


大きなケーキを持つ女の子が、ロウソクに照らされ、はにかむように笑みを浮かべている。

女の子は黒髪で、姫カットで、安っぽいデザインだ。

顔はどこか私の面影がある。

背景にはたくさんの小物や人形。

いずれも私が過去に触れたゲームのキャラや、雑談で好きだと言ったものばかりだ。


『さーや、デビュー半年おめでとう。少し恥ずかしいけど、お祝いイラストを描いたので送ります。これからも、さーやの配信楽しみにしてるね』


ささやかなメッセージ。

でもそこには、私への感謝と、愛が溢れていた。


「何で……どうして……」


何でそんなに受け入れてくれるんだ。

どうしてそんなにしてくれるんだ。


イラストを眺めていると、視界が滲んでくる。

気付かぬうちに、涙が溢れていた。

涙が頬を伝うと共に、嗚咽が漏れ出る。


大粒の涙が溢れて、鼻水が垂れて、みっともなく涙を流して。

私は声を上げて泣いた。

心の中にあったおりがこぼれ出るように、苦しみや、辛さが涙と共に流れていく。


この世界に自分の居場所なんてないんじゃないかって思っていた。

誰にも何もすることができず、生きている価値はないんじゃないかと思っていた。


でも。


私を肯定してくれる人がここにいる。

私を見てくれている人が確かにいる。


それだけで、救われた気がした。


配信をしていてよかった。

東雲さんに出会えてよかった。


深い感謝と共に、心からそう思った。


 ◯


ようやく涙が落ち着いた頃、洗面所で顔を洗った。

鏡に映った私はすっかり泣き腫らした後で、誰がどう見ても泣いたのが見て取れる。

ひどい顔だなと思った。

でも何だか今はそれでも良いと思える気がした。


「紗夜、ちょっといい?」


洗面所で鏡を見ていると、不意にお母さんが顔を出す。

泣き腫らした私の顔を見て目を丸くしていた。


「泣いてたの?」

「ううん、もう大丈夫。それより、何か用?」


私が尋ねると、お母さんは少しだけ深刻な顔をする。

一緒にリビングに行くと、お父さんと兄の尊がテーブルに座っていた。

妙な空気に、私も緊張する。

私が困惑していると、お母さんが口を開いた。


「お父さんと尊と話したの。それで、少し提案があるんだけど……」

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