第11話 決着と決別
公園の電灯に照らされ、嫌な笑みが浮かび上がる。
派手な化粧と髪色に、つり上がった細い目。
もう絶対に見たくない顔が目の前にあった。
私は思わず後ずさる。
「久しぶりじゃん、卑怯者」
「何で……」
私が思わず目を向けると「ごめん紗夜……」と恵那は呟いた。
「紗夜呼ばないと私を次の的にするって言われて……」
泣いている恵那の髪を、若槻ひろなは乱暴に掴む。
「痛い!」と恵那が声を上げ、顔を苦痛に歪めた。
「哀れだね白雪! こいつ、自分のためだったら親友を生贄にしても良いってさ!」
笑っていた若槻ひろなは、恵那を投げ飛ばすと急に真顔になって私を睨む。
「引きこもれば逃げられると思った? 逃がす訳ないじゃん」
若槻の後ろから、三人の女子が姿を現す。
三人ともよく知っている相手だ。
若槻と一緒に私を虐めていたクラスのやつら。
彼女たちはジリジリと私に近づいてくる。
「何でこんなことするの……。もう近藤とも連絡取ってないのに!」
「お前の存在がムカつくんだよ。特にその顔」
「顔……?」
何を言われているのか分からない。
「悲劇のヒロインぶってるくせに、妙に自分に自信持ってるよね? 私可愛いって思ってんでしょ? 内心相手のこと見下してるのも透けて見えんだよ。私、そういうやつ徹底的に潰さないと気がすまないから」
「そんなこと……」
ない、と言えればよかった。
でも言えなかった。
図星だったからだ。
配信を始めた時、私は自分の顔がある程度モテることを自覚していた。
リスナーのことをAIだと思って、コメントや投げ銭をする人間は異常者だと思っていた。
自分のことは肯定できないくせに。
私は無自覚に人を下に見ていたのだ。
きっとそれは、配信だけじゃなくて普段の私の生活にもにじみ出ていたんだろう。
『白雪紗夜は、嫌なやつだ』
気付いていないだけで、私は周囲にずっとそう思われていたのかもしれない。
近藤のことは発端に過ぎなくて、前々から気に食わないと思われていたのかも。
だから今日、徹底して私を追い詰めにきた。
そう思うと、若槻の発言をすぐに否定することができなかった。
薄暗い公園内にいるのは私たちだけだ。
助けを呼びたいけれど、周囲に人の姿もない。
春先の温い風が私の頬を撫でた。
私が口ごもっていると、若槻は一気にこちらに近づいてきて私の胸ぐらを摑んだ。
急なことに反応できず、そのまま足を引っ掛けられて地面に倒される。
抵抗する暇もなかった。
背中を強く打ち付けた私の首を腕で圧迫すると、若槻が私に顔を近づける。
「言っとくけどこの世界にあんたの居場所なんてないから。みんながあんたの存在に迷惑してんの。あんたが引きこもってることで親にも迷惑かけてんだよ? さっさと死ねよ。消えろ。呼吸すんなクソが」
私が黙ると「聞いてんのかよ」と言って若槻が私の頬をビンタする。
張られた頬がじんじんと傷んだ。
そのまま髪を掴まれ、何度も地面に後頭部をぶつけられる。
思わず手で頭をかばった。
学校で虐められていた光景が重なる。
恐怖で体が硬直して、動けなくなった。
歯を噛みしめると涙が出てくる。
殴られて痛いからか、自分が可哀想だからか、弱いことが悔しいからか。
どうして泣いているのか、自分でも分からなかった。
ケタケタクスクスとバカにしたような笑い声が聞こえる。
若槻が私を殴っているのを見て周りのやつらが笑っているんだ。
殴られすぎて意識が朦朧としてきた。
音が徐々に遠のいていく。
すると、不意に私を殴る若槻の手が止まった。
誰かが若槻の手を摑んでいる。
傍に誰か立っているが、街灯に照らされたせいで一瞬目が眩む。
目を細めると、徐々に視界が慣れてきてその人物の表情が見えてきた。
「やめろ」
立っていたのは近藤だった。
見たことがないくらい怖い顔をしている。
近藤を見た若槻はギョッとしていた。
「な、何であんたがここにいんだよ……」
そこで若槻は私を睨んだ。
「あんたが呼んだんだろ!? なぁ!? 卑怯者!」
「卑怯者はお前らだろ」
ヒートアップする若槻に水をかけるように、近藤は冷徹な声で言葉を被せる。
「白雪は関係ない。学校でお前らが話してんのが聞こえたんだ。嫌な予感がしてつけて来た」
近藤は悲しげに私に視線を向ける。
「そしたら……やっぱりだった」
若槻の腕を掴む近藤の手が震え、ぎりぎりと骨が軋む音がした。
相当強い力で腕を摑んでいるらしく、血管が浮かんでいる。
若槻が「痛い痛い!」と叫び、近藤は投げ捨てるように若槻を解放した。
「お前ら恥ずかしくないんか。気に入らない相手を集団で囲んで、殴って、それで満足か」
「あんたには関係ないじゃん!」
「関係あんだろ」
近藤はじっと若槻を見つめる。
「お前、俺が原因で白雪と揉めたんだろ」
「何で……」
「最近になって野球部のやつらが話してたの聞いたんだ」
近藤の言葉に若槻はぐっと口ごもる。
自分の気持ちを知られたからか、腕を擦る若槻の顔は少し赤らんでいた。
「言っておくけど、俺はお前みたいなやつが一番嫌いだ」
その言葉を聞いた若槻は硬直した。
「お前みたいに卑怯で、徒党を組んで人を傷つけるようなやつが大嫌いだ。お前のせいで白雪は学校に来れなくなった。俺から友達を奪ったやつのことを一生許さない。お前を絶対に受け入れるつもりもない。こうして話すのも嫌だ」
「何でそんな酷いこと言うの……」
「お前がやったことに比べたら、こんなの酷いに入らないだろ。言われて当然のやつだよ、お前は」
若槻の瞳が潤み、唇を噛んで涙が浮かぶ。
しかし近藤は毅然としていた。
困惑したように、若槻の取り巻きが顔を見合わせている。
「行けよ。さっさと消えてくれ」
近藤が言うと、若槻は取り巻きに支えられながら去っていった。
去り際に睨まれたが、その視線を遮るように近藤が身を挟む。
呆然としてその姿を見送ると、近藤が手を差し出してくれた。
「立てるか?」
「うん、ありがとう」
手を取り立ち上がる。
安心したからか、思わず笑みがこぼれた。
「近藤がいなかったら、多分酷い目に遭ってた」
「もう十分遭ってるだろ」
「それからこの前のコンビニのこと、ごめん。関わりたくないとか言って傷つけた」
「気にすんな。あれは俺が悪い。当事者だったくせにお前のこと全然気付けてなかった。あのあと色んなやつに事情聞いて、ようやく事情を把握したんだ」
近藤は複雑な表情をしていた。
私の現状が自分のせいだと思っているのかもしれない。
「ごめん、紗夜。私、怖くて、逆らえなくて……」
私たちが話していると、恵那が泣きながら頭を下げる。
その姿勢は土下座に近かった。
恵那の肩に私はそっと手を置く。
「いいよ、謝らなくて。私も立場が逆だったらどうしてたか分からないし。ただ、もし申し訳ないと思うなら、一つだけお願いしていい?」
「お願い?」
私は頷く。
「恵那のこと許すのは無理。出来れば二度と会いたくない。だから、もし申し訳ないという気持ちが少しでもあるなら、今ここで私の連絡先を消して欲しい」
「それは……」
「それで全部帳消しにする。罪の意識を持たなくてもいいから、お願い。二度と私に関わらないようにして欲しい」
恵那はしばらく逡巡していたが、やがて諦めたようにスマホを取り出した。
一緒に画面を確認しながら、眼の前で連絡先を消させる。
「さよなら、恵那……」
それは明確な、私たちの決別の瞬間だった。
恵那が帰り、近藤と二人だけ残る。
どちらともなく目が合った。
「お前の家、近くか?」
「うん」
「じゃあ送るよ」
近藤に連れられて家へ向かう。
幸か不幸か、服は汚れていなかった。
でも顔にはアザができていたし、髪もくしゃくしゃだ。
帰ったら何があったか聞かれるだろう。
当分外出も禁止になりそうだ。
大事になるかもしれない。
近藤と歩く間、妙な沈黙があった。
気まずい静寂が流れる。
歩いていると家が見えてきた。
私は近藤に頭を下げる。
「ここで大丈夫。色々気にかけてくれて本当にありがとう。それと……私のこと、好きになってくれて嬉しかった」
近藤はしばらく黙ったあと、顔を上げる。
「なぁ。俺、まだお前のこと好きなんだけど」
その言葉が嬉しいと思うと同時に。
無理だと、心が叫んだ。
「……ごめん。近藤は悪くない。でも、どうしても学校のこと思い出しちゃって、正直今も怖い。だから、付き合ったりとか、恋愛とか、考えられないと思う」
近藤はしばらく私の言葉を噛みしめるように俯くと、やがて「分かった」と呟いた。
「お前も俺も別に悪くないだろ。だから謝んな」
「うん」
「元気でやれよ。もし学校に来れたら、そん時は普通に話そう」
「うん。……分からないけど」
「別にいいよ、それで」
少しだけ悲しげに、彼は笑みを浮かべた。
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