うーん、恋心、ではないんだけどなあ

 今日は学校行事のお泊まり会の一日目。

 朝からテンションMAX状態のわたしは、日中のレクやら散策やらが終わってやっとたどり着いたホテルで、なんと荷物を整理するよりも先に寝落ちしてしまった。

 夢の中では、昨日みた音楽番組のパフォーマンスをわたしが特等席で見ていた。

 メンバーが続々、現れてはわたしに確定ファンサをしていく。

 確定ファンサっていうのは、観客全体ではなく、ある特定のファンに対してウインクやらピースやらをすること。

 いつかライブに当選したら、会場で最推しから確定ファンサを貰えたらいいなあ、というのがわたしの夢。

 息つくまもなく入れ替わるフォーメーション、圧倒的なオーラ。

 最推しがセンターに歩いてきて、わたしの方を向いた。

 目が合う。

 真っ直ぐな黒い瞳には、わたしはどう映っているのだろう。

 そして、彼がわたしに向かって口を開き――、


「……ちゃん!結芭ちゃん!」

「……ん?」

「『ん?』じゃない!もう晩ごはんの時間だよ!」

 同じ部屋の皐月さつきちゃんに揺り起こされてしまった。

 最推し、なんて言おうとしてたんだろう。

 気になりながらも、眠い目をこすって皐月ちゃんたちについていく。

 あーあ、お泊まり会のせいで今日のバラエティー見れないじゃん。

 夢の中の最推しの輪郭が、急に遠く感じられた。


 学校の宿泊行事の夜に、素直に寝る人なんて絶滅危惧種レベルだ。

 わたしたちは無論 そんなレッドリストには載ってないから、悪びれず(もちろん小声で)おしゃべりタイムの真っ只中だった。


「ところでさ、結芭ちゃんたちは好きな人いないの?」


 皐月ちゃんがわたしたちにきいた。

「「「いない」」」

 秒速で三人の返事が重なる。

 いつも他の人の恋バナを聴く担当の人が四人集まった部屋だから、恋バナが出てくるわけがない。

 そう思っていたら、皐月ちゃんがわたしを見て目を丸くした。

「え、結芭ちゃんて、推しのこと好きなんじゃないの?」

「大好きだよ?……でも、わたし別にリアコじゃないし。アンチは全員▓したいくらいだけど」

「意外。てっきり推しに恋愛感情を抱いてるものと」

 祐月ゆづきちゃんも意外そうに言う。

「恋愛、じゃないんだけど……」

 じゃあなんなんだろう。

 自分でも、最推しに対するこの感情に整理がつかないまま二年弱、ペンライトを振り続けている。

 相手に見返りを求めるのが恋愛、求めないのが推しの感情なのだと何処かで聞いた。

 別に見返り――推しにリアルで恋愛感情を抱いてほしいわけではないし、むしろ『大勢のファンうちの一人』でありたい。

 応援したい。愛を叫びたい。大好き。その感情には紛れもない。でも、推しと付き合いたいとか、そういうふうには思わない。

 言うなれば――。

 二年前の記憶がよみがえる。

 白黒の世界で、息のできない深海のような場所で苦しくもがいていたわたしの目に突如として映り込んできた存在。

 彼らがいる画面の中は彩られていて。

 暗い暗い毎日に、光を照らしてくれた、希望を持つことを許してくれた存在。

 あんな輝きを持ってる人たちと、同じ世界には生きられない。

 だからわたしは推しに対して、恋愛感情なんて持っていない。

 そう、言うなれば、推しはわたしにとって――

「……救世主」

 ポツリとつぶやいたわたしの言葉に、皐月ちゃんが首をかしげる。

「ん?なんて言ったの?」

 わたしはハッとして、顔に笑みを浮かべた。

「なんでもないっ!いや、昨日も推しは最高だったなあーって思ってただけ。えへへ」

「高校でも彼氏は作らない予定?」

 瑚乃このちゃんが聞いてきた。

 この問いには迷わず答えられる。

「うん、推しが生きてくれてればいいかなって」

「おお、生きてくれてれば……」

 瑚乃ちゃんが苦笑した。

 うん、健康で幸せに生きてくれていればいい。それは、紛れもない本心だった。

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