生きてくれている、ただそれだけで。

藍沙

推しは、奇跡なんですよっ!!

 アイドル――Idol、という英単語には、もともと、『偶像』という意味がある。

 『偶像』とは、おもに『崇拝の対象とされるもの』という意味だ。

 地域と文脈によっては、『むやみに信仰している』という侮蔑とも取られることがあり、注意が必要なんだとか。

 とにかく、某大人気作品中で言われているかの有名なセリフはとても理にかなっているのである。まさに、「アイドルは偶像」なのだ。

 では、誰に崇拝されるのか。

 言うまでもなく、彼、彼女らのファンである。

 そう、わたしみたいな。



「待って?!今の歌声綺麗すぎ!いつも綺麗だけど!いや、今のハモリは全米が沸いたよ絶対!!尊い尊い尊い〜〜!!」


 都会の中の田舎とも呼べる地域に住んでいるごく普通の高校一年生、わたし こと三ツ沢みつざわ結芭ゆいははいつものごとく家のリビングで叫んでいる。

 その両手にはペンライト。ちゃんとメンバーカラーの色と数だけ用意。今はピンクのメンバーと緑のメンバーがハモっているから、両手でピンクのペンライトと緑のペンライトを持っている。

 わたしが釘付けになっている音楽番組では今、わたしの推しのグループが新曲をフルで披露中。

 普通の音楽番組では二番の歌詞が省かれがちだけど、今回は地上波初、省かずに披露ということだ。貴重。しかも生放送。リアタイ(リアルタイムで見ること)するしかない。

 画面の中の推したちは、全員かっこいい。

 スラリとしたスタイルに、整った顔立ち。

 ただ『イケメン』じゃ済まされない、比較に左右されない絶対的な価値を感じさせる存在。


 歌割りが変わり、メンバーカラーがオレンジの亜麻あまくんのソロになった。

 わたしはオレンジのペンライトに持ち替える。

 色素の少し薄い茶色がかった髪の毛がサラリと揺れて、きれいな二重の瞳がすっと細められ、こちらを――カメラの方を向く。

 ゆっくりとセンターに歩いてきた亜麻くんの口から、少し高めの声が発せられる。

 伸ばしが綺麗な亜麻くんの歌声は、聴いていて気持ちが良くなる。

 今日の披露曲は、大人っぽいラブソング。

 照明の色も少し妖艶で、メンバーは全員黒いスーツを模した衣装。

 今の推しができてから気づいたことだけど、アイドルの衣装って、同じグループは全員同じように見えてよく見ると全員違ったデザインになっている。

 ちなみに亜麻くんの衣装は、黒色の丈が少し短いジャケットの中に暗めの銀色のおしゃれな服を着ていて、下は長い黒色のズボン。


 歌い終わった亜麻くんがフォーメーションの後ろに戻ると同時に、『彼』が現れる。

 上質そうな生地でできた上下の黒色の服に身を包んだ『彼』――わたしの最推しがセンターで歌い出す。

 それに合わせてバックサウンドも一瞬静まり、『間』ができる。

 わたしの最推しの歌声は、低くて優しくて、それでいて曲によってギャップがある。

 大人っぽかったり無邪気だったり、応援歌ではがむしゃらな歌声。

 そういうところも好きなんだよなあ、思っていると、最推しがカメラの方を向いた。

 そして、一瞬ではあったけど、わたしの目を釘付けにする行動に出た。

 ウインクしたのだ。

 亜麻くんもだけど、最推しもとってもきれいな二重で、片目をつぶるその仕草は、大人の色っぽさがある。曲の雰囲気と合わせて考えると、もう耐えられない!

「ひゃあああああっ!」

 ハートの弓矢で射止められた少女漫画の乙女のごとく、わたしはしばしの間動けなくなった。


 他のメンバーは、時折鳴るバックサウンドに合わせて、息の合った動きをする。

 歌もダンスもさして得意ではないわたしから見ても、このパフォーマンスは、メンバー同士の仲が本当によくないとできないと思う。

 今回は曲の雰囲気が大人っぽく妖しげな感じだからないけれど、ポップな曲や『ザ・アイドル』なキラキラソングでは、メンバー同士がカメラの前でアドリブでファンサをくれたり、仲よさげに絡んでいるのが見れたりする。


 ラスサビ(一番最後のサビ)に入る直前、全ての時が止まったかのように、全員が動きを止めた。

 しん、と静まるその一瞬で、彼らは会場、そしてテレビの目の前の視聴者の視線を、空気をかっさらう。

 この瞬間が、わたしは大好きだ。

 自然と口角が上がる。

 カメラがメンバーに寄って、センターのメンバーの顔が画面に広がる。

 彼の口が開く。

 そして、一気に会場の空気が変わり、ラストのサビが盛り上がる。

 揃った動きと歌声、彼らから伝わる躍動感。

 『俺らの本気を見せてやる』という、真剣な雰囲気。時を忘れて見入ってしまう。

 あっという間に曲はアウトロへと移り、メンバーがステージの中央に横一列で並ぶ。

 照明が青色のかすかな光のみになり、その光が当たる場所に、黒くスラリとしたシルエットたちが真っ直ぐ投影された。

 アウトロの最後の一音が、余韻を残しながら消える。

 彼らのパフォーマンスが、終わった。

「ただいま披露いただいたのは――」

 名前のわからない司会の女性タレントの声とともに照明が明るくなって、彼らが体勢を直す。


「かっこいい……」


 もうこの曲のミュージックビデオを何十回も見ているというのに、毎回同じ言葉を漏らしてしまう。

 ペンライトをテーブルに置いて、メンバーのコメントを聴いた。

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